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どうしようもない人生の曲なんてもう歌われないかと思っていた

珍しくCDを買った。
先日発売したヨルシカの『盗作』。
『エルマ』の発売後にレンタルで知って、たいそう気に入ったから、発売が楽しみだった。

先行公開のPVは声や歌い方の雰囲気が大きく変わって、
どうなるのかと思っていたけれど、基本はこれまでと同じ。

歌われるのは、夏の終わり、思い出、別れ、夜、欠けた心。
最初の曲「カトレア」に詰まったエッセンスがそのまま、
『盗作』で壮年期の主人公へと拡大されていた。

金の話が増えて、ジュブナイルっぽさが減り、
記憶は薄れ、花が残って、夜を待っている。
「レプリカント」がかっこよかった。


言い訳すると、僕は音楽メディアは山中さわおのインタビューくらいしか読まないんだ。
だから公式の発言や来歴を追っている熱心なヨルシカファンにはデタラメに思える内容かもしれない。これから書くのは畑違いの人間から見た、畑違いの感想だ。


ワクワクしながらパソコン机に腰掛け、
CDを入れ、iTunesを起動して、
その瞬間最高にブチあがったのが4曲目の「爆弾魔」。

フルアルバムの前に出た2枚のミニアルバムのうち、
2枚目の『負け犬にアンコールはいらない』に収録の、僕のお気に入りの曲がまさかのリミックス。

疾走感と激しいサウンドに乗る高音のボーカルが、
妙にアニソンっぽい所も気に入っているけど、
特段好きな理由としては、この曲が「ギガブレイク」だからだ。

ありったけの全てがこの一曲に込められ炸裂する。
全力全てを出し切り燃え尽きる。そういう覚悟がある曲だ。
纏っている情念にただただ圧倒される。それが心地いい。

新作発売にかこつけて『負け犬』の話をしようと思っていたので、これは嬉しい誤算だった。


アルバム表題曲「負け犬にアンコールはいらない」を聴いたとき、
それこそ稲妻に打たれたような衝撃が走ったんだ。

もう一回、もう一歩だって歩いたら負けだ

これ、わかりますか? 『死に至る病』だよ。
本物だと思った。深淵を見た者の歌だって。そういうアルバムなんだと。
そのくせしてYoutubeでPVが上がっている収録曲単体で聴くと、
すっかり若者向けの曲に聞こえてしまう。そのズルい売り方に感心する。


インストを除いた1曲目で深淵を感じた後でなだれ込むように続くのが「爆弾魔」だ。
情念の強さに呆然となったところで続く「ヒッチコック」は単体だと十代の曲。
なーんだオッサンは用無しかと少し寂しく聞き続けると、
歌詞ありであは最後の曲の「冬眠」で救いの手が。

仕事も学校も全部やめにしよう

ああ! このアルバムはオッサンが聴いてもいいんだ!
オッサンが共感してもいいんだ!
と、公式に許しを貰ったような、救われるような感覚。
これでまた聞きたくなる。


待てよ?
何故10代を歌った歌詞に三十路の情念が乗るんだろう。
そのヒントはきっと、ヨルシカの歌う夏にある。


ヨルシカの歌う夏は存在しない。

輝く太陽、青い空、白い雲。流れる風は心地よく、花は鮮やかに揺れる。

これは夏だ。紛れもない夏だ。アニメや写真で見る美しい夏だ。
そして存在しない夏だ。
ウンザリするような陽炎の立つ熱さも、ギラギラと肌を焼く太陽も、そこにはない。
ただ奇麗なだけの、リアリティのない夏。まるで水中から見ているような。
それがヨルシカの夏だ。


10代を青春と呼ぶなら、その次に来る20代の季節は夏だろう。
ウェイウェイ騒ぐ大学生も、金を稼ぎ始めた新入社員も、ほら夏っぽい。
外回り中の若手営業職がハンカチで顔の汗を拭う姿が思い浮かぶ。彼らには夏がよく似合う。

ヨルシカに共鳴している人たちの人生は、多分そういうのじゃない。
もしくは、道の先にそれがないと分かっているか。
心のあり方が世間の求める形をしていない、居心地の悪さで日々そわそわしている人たち。心の空白。

悩める若者も、諦めに入ったもう若くない世代も、渇望の先にあるのは夏の亡霊だ。
将来への不安。進行形の疎外感。世界が美しかった時代への追慕。
それらがヨルシカの夏に集う。世代間の人生が交錯する。


ここで思ったんだ。
これは「かがみのとびら」だ、って。


『テリーのワンダーランド』をプレイした子供時代、
年齢は子供テリーに近いのに、悪に堕ち無様に敗北した青年テリーの眼を通して、テキストが語る夜明けを見ていた。

そうか。
僕は今、大人のテリーなんだ。
人生がダメになってしまった。
ヘルクラウド城の冷たい床に這いつくばって、まだ希望があったあの頃の世界を見ている。

反対側では悩める次世代が、
魔法の鏡面越しに不安げな顔でおそるおそる世界を見ている。

これがヨルシカの夏だ。歪な人生を無限回追悼する灯篭流しをやっている。
存在しないから僕たちはそこへ集うことができる。
この世にはない虚ろな輝きを見に来られる。


ニューアルバムの『盗作』ではオッサンが主人公だ。
今度は逆に若者が、オッサンの哀愁を胸に楽曲を聴くことだろう。
かがみのとびらで青年のテリーと向き合った、子供時代のテリーのように。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。