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【ショートショート】壁と花


ちょっと、ちょっと。少し話を聞いてくれないか。
お、振り返ってくれたね。

僕?僕は君たちの言葉で言うとこのタンポポ。

なぜ話せるか、だって?
そんなの僕にもわからないさ。というか、みんなと違うのは君のほうなのかもよ?僕はずっとここで、通りがかかる人に呼びかけたけど、誰も振り返ったことなんてないんだから。君も毎日ここを通ってたから、おかしいのは今日という日かもしれないけど。

で、話しても、いいかな?少しお願いがあるんだ。、なに、大した話じゃない。

…そうか、ありがとう。

じゃあ、お願いの前に、少し身の上話を。
いいだろう?なんせ会話なんて初めてなんだから。

僕、変なとこに生えているだろう。

僕の根元を見てくれ。古寺の土壁の漆喰が捲れた部分なんだ。つまりは、壁さ。
こんなところになんで、と思うだろうが、それは僕も一緒だ。
僕の「親」ーー君たちの言葉で言うとそれが近いだろうーーは、この街の中心部の、コンクリートの隙間で育った。栄養はないし地面は硬いしで、ずいぶん苦労したらしい。

だから、そんな世界からなるべく遠く離れられるよう、風の強い日に綿毛の僕らを放ってくれたよ。(知らなかったろう?タイミングはある程度選べるんだよ、あれ)

でも、所詮は街の中から出るほどのことはできず、町外れの古寺止まりさ。まあ、ここまで育てただけ運がいいんだろうけど。

さて、前置きが長くなったね。ここからがお願いだ。

僕ももうそろそろ綿毛を飛ばす時期だ。
しばらく日が経ったら、僕もふわふわの綿毛でいっぱいになっているから、そうしたら君に吹いてほしいんだ。できれば風の強い日、街の外に向かって風が吹いている日がいいけど、そこまでわがままは言わない。好きな日でいいよ。

むしろ、わがままを言えるなら、綿毛を2回に分けて吹いてくれないか。

まず半分を、街の外に向けて吹いてほしい。「親」の願いだった、外の暮らしってのを、僕がなんとか叶えてあげたいんだよ。

それで、残りの半分は…恥ずかしいんだけど、この壁に向かって吹いてほしい。

僕、実はこの壁暮らし、少し気に入ってるんだ。
今となっては、なかなか面白い暮らしだったと思ってる、と言えばいいかな。普通に地面に生えてるより、眺めは良かったしね。

それに、今は使っていない土蔵だから抜かれたりしないし、わりと歴史ある建物らしいから、取り壊しなんてことにもならなそうだしね。それに、壁に花がたくさん咲いている古寺なんて、ちょっと素敵だろう?それが見慣れたたんぽぽでもさ。

まあ、できればでいいから、頼むよ。
…うん、ありがとう。恩に着る。

何もお礼はできないけど、君も今の暮らしを後で振り返って、なかなか面白かったと思えるように、願っておくよ。それじゃあね。


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