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脚本断片

A  君だって夕方の空に浮かんだ雲くらい
     知ってるだろ?
B  うん?うん。
A  今馬であったものがたちまち崩れて、
     水に入れた水みたいに見分けがつかなくなる。
     それと同じで、ここでは私は私だけれど、
     目に見えるこの姿を留めることは出来ない。
B (最初キョトンとした顔、
     じき気がついて笑い出す)
A (笑う)
B おいおい、客を選ぶようなことを言うなよ。
A ここには俺とお前しかいない、
    客はお前だけだ。お前に伝わりゃ十分だろう。
B 弱ってるな、閣下。
A そりゃなイーロス。
B だいたいお前なぁ、
    アントニーと違って
    何に現を抜かしてる訳でもないだろうに。
    クレオパトラがいないのに
    ローマに帰らないのが可笑しいだろうか。
A いるいる、大学が恋人だ。
B この時間が無駄だと思わないか?
    なんでもいいから何かかけ。
A レポートが終わってない。
B 今レポートを書いてるか?
A いいや。
B それだよ。
    どうせレポートをしてない時間なんだから
    ここでアイデンティティの拡散を
    嘆いてないで掻き集めてみるんだな。
A その気力があれば
    レポートを書いてるって話だよ。
B はぁん。面倒な奴だな。
A みんなそうだろ。
B いいか、買ってない宝くじは当たらないんだ。
    なんで買う前に当たらない
    宝くじを嘆いてんだよお前は。
A 宝くじを買う金がないんだ。
B は、あほらし。お前ほど
    ギャンブラーに向かないやつもいないな。

*****

元にウィリアム・シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』の会話があるんですが、ニッチすぎて誰にも伝わらんやろと思うし供養しておきます。

以下元ネタ

アントニー お前も黄昏の印を見たことがあろう 真っ暗な夕方の輝く雲の舞台を.
イアロス はい,閣下.
アントニー 今,馬であったものが,たちまち 浮雲にかき消され,水の中の水のように, 見分けがつかなくなる.
イアロス その通りで,閣下.
アントニー なあ,イアロス,今のお前の主人 が正にそれだ.ここでは私はアントニーだ. だが,目に見えるこの姿を留めることは出来ぬ.

(「『アントニーとクレオパトラ』に於ける自殺: 土なるこの世から火と空気の永遠へ」、稲富健一郎、2007より)



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