新聞業界がNHKを「民業圧迫」と詰めても誰も得しない件について
有識者会議が終わるたびに出てくる新聞各紙の奇妙な記事
まず最初に書いておくと、私は決してNHKの味方のつもりはない。むしろおかしいと思ったらずけずけ批判的なことも書いてきた。
ただ、総務省の有識者会議が終わるたびに新聞各紙と通信社が同じ会議を傍聴したとは思えない記事を出すのをいつも奇妙に感じている。
6月30日(金)も15時から「公共放送ワーキンググループ(以下、WG)」が開催され、NHKのネット事業を必須業務化する件についての議論が行われた後、朝日新聞がこんな記事を出していた。
NHKはネットで「政治マガジン」という、政治について週刊誌の中吊り広告のような見せ方で解説するサイトを展開している。これも必須業務に入るかどうか、議論には出たがほんの一部に過ぎない。こんな各論を見出しにする意図は何だろう?そして気になったのが、記事中の「NHKが展開する様々なウェブメディアの中でもとりわけ人気の高いサイトなだけに」という部分。
「政治マガジン」がとりわけ人気が高いというのは、どんなエビデンスで書いているのだろう。そんなデータは見たことがないので、なんとなく印象で書いていると思われる。
こんな風に、NHKの話題になると社会の公器たる大新聞や通信社があやふやなことを断定的に書いたり、誤解を誘うような書き方を平気でする。新聞業界の皆さんはNHKに対して感情的とも言える強い反感を抱いているとしか思えない。インフォメーションヘルスが重視されると言われる中で、それを損なうような記事を発信するのは見ていて情けない。
新聞協会と民放連が長年言い続けるNHKの「民業圧迫」
30日の「公共放送WG」は新聞社の業界団体である日本新聞協会と、民放テレビ局の業界団体、日本民間放送連盟(民放連)が参加し、意見を提出し議論した。新聞協会の意見書は先日のNHKの「衛星放送の配信予算」がネット業務基準に反すると問題になったことを挙げて、兼ねてから彼らが主張する「NHKのガバナンス改革がネットの必須業務化の前提である」ことを強調した。さらに議論の中では「NHKのネット業務の必須業務化は民業圧迫になる」とあらためて主張した。
この「NHKの民業圧迫論」は2015年からの総務省有識者会議「放送を巡る諸課題に関する検討会」でも盛んに言われて議論が遅れた。主な議題だった「NHKのネットでの同時配信」が実施されると民放に対する「民業圧迫」になるというのだ。
長々と時間をかけた議論の末、NHKは2020年からアプリ「NHK+」での同時配信を始めた。果たしてそれは民業を圧迫しただろうか?2020年はコロナ禍で人々が巣ごもり生活を強いられテレビ放送の視聴率は全体に大きく上がった。だがその後は逆に視聴率があからさまに下がり続け、民放テレビの放送収入は大きく下がっている。巣ごもり生活でテレビをネットに繋いでYouTubeやNetflixを見る人が増えたからだ。
NHKにもキツい言い方になるが、NHK+は人々のメディア生活にさしたる影響を及ぼしてはいない。もともと高齢者中心にしか見られていないNHKがネットで同時配信したからと言って、急に若者が見るようになるはずがない。
「民業圧迫」は根拠のない迷信
現在の総務省有識者会議「公共放送WG」ではNHKのテキスト系ニュースが「民業圧迫」になっているので、必須業務化してもっと力を入れればさらに圧迫される、と新聞協会と民放連は主張している。NHKのテキストニュースが民業圧迫になるかというと、同時配信がそうだったようになるはずがない、と私は自分のメディア生活から考えている。日頃生活している中でネットで接するのは新聞社の記事や民放のニュースが主で、NHKのテキストニュースと接する機会もあるにはあるが圧倒的に少ない。
これはあくまで私の個人的な感覚で、ちゃんと議論するにはデータが必要だろう。ところが驚いたことに、新聞協会も民放連も、NHKのネット展開がどれだけ「民業圧迫」しているかのデータを示してこないのだ。
昨年12月の「公共放送WG」では、有識者からの民業圧迫を示す何らかのエビデンスはないかとの問いに、民放連は堂々とこんな回答を提示している。
この時私は、そっくり返って驚いた。「民業圧迫!」とNHKを責めておきながら、エビデンスはないと平気で言っている。その上、そっちで調査しろとまで言うとは!
民業圧迫と言うのなら、新聞社や民放のネットニュースからデータを出し、NHKのテキストニュースからもデータを出させ、それを比べることが第一歩だろう。どうして自分達もデータを出すからそっちも出してくれ、と言わないのか。
調査会社や研究所などに依頼するやり方もあるだろう。だが難しいのは、新聞やテレビのニュースはYahoo!ニュースやスマートニュースでの配信がかなり多く、そちらのデータも集めないと比較できないことだ。ニュースサイトからデータを出してもらうのはかなりハードルが高いだろう。
そしてここで言いたいことがある。そもそもニュースにおいて各社は競合関係だろうか。
例えば私は、紙で日本経済新聞を取っており、その延長でネットでも日経を読む。また朝日新聞デジタルも有料で読んでおり、よほどのことがない限り続けるだろう。
「公共放送WG」では「理解増進情報」という理解しにくい言い方で、ストレートニュースではない解説や特集記事でNHKは民業圧迫していると新聞協会などは主張するのだが、「理解増進情報」は一社読んだから他のがいらなくなる類のものではない。同じ事件について、あのメディアではこう書いているがNHKはどう書くか読み比べるものだ。私で言うと、日経、朝日、NHKがそれぞれ全く違うスタンスで書いてくれるので参考になる。NHKが詳しく解説しているから朝日や日経がいらなくなったりはしない。
NHKがどれだけ予算を投じてテキストニュース、理解増進情報を充実させたとしても、それだけでは人々は満足しないだろう。
新聞を支えてきた世代が今後いよいよ少なくなる
そして新聞協会と民放連に言いたいのは、NHKと同じ穴の狢の争いをしている場合なのかということだ。新聞も民放も、もう待ったなしだ。存在意義がこれからギリギリまで問われる。特に新聞は、購読を支えていた現在70代以上の人々が今後、急速にいなくなる。言い方は悪いが、これから新聞購読層は、この世からいなくなるのだ。
これは「新聞通信調査会」という団体が2021年に出した調査の中の世代別新聞購読率だ。70代以上が前年より上がって84.0%、それ以下の世代は60代も50代もぐんと下がっている。40代と10代が上がっているのは謎だが、総じて急減している。実際の部数も下がっていて以下のプレジデントオンラインの記事によると2022年10月の調査では前年に比べて218万部減って3084万部だったそうだ。
新聞通信調査会の世代別購読率を世代別の人口にざっくり掛け算すると70代以上がだいたい4割になる。高齢化社会というのは決してお年寄りが死なない社会ではない。新聞購読者の4割を占める70代以上はこれから少しずつ、というよりどんどん亡くなっていく。これは「多死社会」としてすでに社会問題化している。火葬場が予約でいっぱいでなかなかお葬式もできない、という悲惨な状況がすでに起こっており、今後さらに加速するのだ。
人口問題研究所の推計によると、2020年の70代以上は2779万人。同じ人たちが2030年には80代以上になるわけだが、1569万人に減る。実に約44%がこの世からいなくなるのだ。
新聞購読者の核である高齢者がこれから続々亡くなってしまう。大変悲しいことだが、推計として受け入れるしかない。そしていまの60代や50代が70代になったからと新聞を購読し始めたりはしない。新聞購読者はひたすら減るだけで決して増えることはないのだ。
新聞業界はニュースアプリと決別し、結束せよ
ただでさえ毎年200万部も減っている新聞部数がさらに加速して減っていくのはもはや逃れられない運命だ。そんな中で、NHKのネット必須業務化が民業圧迫だと、自分達の危機を他者のせいにしている場合ではないだろう。
本格的な危機を前に、新聞業界と民放界がやるべきことはNHKを責めることではなく、逆に一致団結してネットでの言論空間を新たに整えていくことではないか。紙の新聞は近い将来、発行できなくなる。それに備えていまのうちに絶対にやっておいた方がいいことがある。
Yahoo!ニュースやスマートニュースなど、ニュースアプリへの記事提供をやめることだ。そして新聞協会に参加している新聞社で新しいニュースサービスを開始する。「真っ当なニュースを読むならここですよ」という新しい居場所を作るのだ。なんならテレビ局も加わってもいいかもしれない。
Yahoo!がニュースに力を入れ、スマートニュースが登場した2010年代、どんなニュースも読めるプラットフォームには新時代を感じた。新聞社のちゃんとしたニュースから、新興ネットメディアの軽いニュース、そして個人のブログ、Yahoo!での個人の記事。それらが玉石混交で並ぶ姿は、ネットにおけるニュースのあり方を示した。面白かった。だがそれは2010年代までの話だ。
コロナ禍になり、さらにはロシアがウクライナに侵攻した今、真っ当なニュースといい加減なネットニュースの峻別が必要になっている。いい加減なニュースにはいい加減なりの存在意義はあるが一方で、記事を出すことに組織として責任を負う新聞やテレビ局のニュースは区別して読みたい。そんな空気がいますでにある。
Yahoo!ニュースやスマートニュースにPV数を頼り、その分どうにも不公平な料率で僅かな広告収入を受け取りそれなりの金額になる。嫌だなと思っていても、いつか脱却しなきゃと思っていても、麻薬のように逃れられない。そんな弱気と訣別するべき時が今きている。有識者たちに呆れられながらも会議でNHKに民業圧迫と迫る図太さがあるのなら、Yahoo!やスマニューに絶縁状を叩きつける潔さも持てるのではないか。
それをやるなら、いまだ。70代以上の人々がまだ経済的に支えてくれているうちにYahoo!とスマニューへの甘えと決別し、自分達のプラットフォームを構築するのだ。そして日本の人々に宣言せよ。信頼できるニュースを必ず提供します!
その上で、各紙の有料サービスへの入り口へも誘導する。全国紙は全国紙としての強みを。地方紙は地域を支える良さを。ユーザーに丁寧にアピールするのだ。必ず徐々に、着実に読者は増えるだろう。紙の新聞だってそうやって購読者を増やしてきたはずだ。同じことをネット上でやる、ということ。団結して本気でやればできないものでもない。
「あらたにす」で失敗したからと諦める必要はない。むしろいまこそ、本当の危機が足音を立ててすぐそばまで来ている2020年代前半のうちに、最後の生き残り戦略を実行しないといけない。そうしないと、日本から新聞というメディアは消えてしまうのだ。食い止める最後のチャンスを逃してはならない。
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