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乳腺外来受診

木々の芽が膨らみ始めた頃に人間ドックで検診を受け、
結果が届いたのは桜の花びらが散りに散り、道を花びらで埋め尽くす頃だった。
結果を受けて数日後には病院の予約を入れている。
初めて受診する乳腺科に足を踏み入れた日も桜の花びらを踏みしめて歩いた。

予約を取った病院は、大病院ではないものの、しかし地元では大きな病院だ。
私はここで産まれ、ここで子を産み、ここで子どもを診てもらっている。
勝手知ったる病院であっても、乳腺外来は前を通り過ぎるだけの場所。
馴染みの科がこれでまた一つ増えるな、なんて気楽に構えていた。

予約時間から随分と経ってからようやく名前が呼ばれ、診察室の中へと入る。
中には黒く長い髪を後ろに束ね、黒縁眼鏡をかけた女性の医師と、部屋の隅に控えめに立つ看護師さんがいた。
さほど広くはない診察室には、PCモニタが3台乗った大きな机と、先生の後ろ側にはベットがある。
よく知っている内科と小児科と似たような構造だ。

「人間ドックを受けて、恐らく良性だろうけど、受診するように言われたんですね」
先生の言葉に、「良性」だなんて人間ドックの結果には書かれていなかったし、そんな話も耳にしたことはなかったと思ったが、とりあえず「はい」とうなずく。
血縁者にがん発症の人はいないかの確認や、飲んでいる薬の確認など、事前に書いた問診票の内容と同じことも、違うことも聞かれていく。
真面目な場面でふざけてしまう嫌いがあり、それを治したいと思っている私は、冷静に淡々と答えることに徹した。
先生に笑顔はない。
あまり感情を表に出すタイプではないのだろうか。
冷静かつスピーディに、しかし単調に話を進めていく。
過剰に騒ぐ人より楽でいいと感じた。

乳がんかどうかを判断するには、胸にできているしこりに針を刺し、組織を採る検査を受ける必要があるそうだ。
私のように小さいしこりの人は、3ヶ月毎に経過観察をして、しこりが大きくなったら検査をするか、
さっさと検査を受けて白黒はっきりさせるかの2択になるとのこと。
検査を受けるかどうかは本人の意思らしく、「どうしますか?」と聞かれて非常に困った。
乳がんかもしれないと状況で手ぶらで帰るのもなんだし、しかし針を刺すことに不安がないわけでもない。
なにより白黒させることは時に残酷で、曖昧であるからこそ安心して過ごせることもある。
どうせ良性と高を括っている私は、経過観察を選択した。
定期的に受診することで安心を得ることもできると判断したからだ。

先生にもその旨伝え、了承を得たものの、念の為超音波で私の胸の状況を確認しておきたいと言われる。
そこで私は上半身服を全部脱いでベッドへと横たわった。
胸にジェルを垂らし、画面のついた機械から伸びる器具を手に先生が私の胸を確認していく。
妊娠期を思い出すなぁと呑気に思っていたその時、
「これ、ちゃんと検査した方がいいな」
まるで独り言のような先生のこの一言で、私の生活は一変することとなった。

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