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アリの道しるべ

小学校の教科書に、同タイトルの文章が載っていたことを記憶している。
アリはお尻から臭いのする物質を出して、それを地面につけながら進んでいく。
だからその臭いを辿って自分の巣に帰ることもできるし、仲間が合流することもできる。
そんな内容だったと思う。

寒い細かな雨が降る中、傘も差さずに買い物へ出掛けた。
歩いて隣町まで行くのだけど、見掛ける人は誰も傘を差していない。
――きっとやむだろう
私を含めた全員が皆同じ気持ちだったようだ。

大きな公園を通り過ぎて横断歩道を渡ったとき、お香の匂いがした。
――おばあちゃんの家のタンスの匂い
少し前に横断歩道ですれ違った年若い女性か、横断歩道を渡らずに道を曲がり坂を上っていった高齢の女性か、はたまた全くの別の人か。
軽い「犯人捜し」をしながら道なりに進んでいる最中も、匂いはし続けていた。
やがて雨と、空気と、風とに中和されたのか、その匂いも消えてしまう。

しかし高架下をくぐったとき、
――その高架は車道1本、歩道1本、上には線路、両サイドは壁で覆われている
ぶわっとお香の香りが再びしたのだ。
閉鎖的な高架下の空間で香りは濃く閉じ込められていたようで、高架を抜ければまた、匂いはしなくなってしまった。

私はアリの様に誰の物かもわからない道を辿り、それはちょっとした冒険を孕んでいて少しわくわくした。
雨の道はお香の道。
こうした天気の中、思いも寄らぬ出会いもあったものだ。

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