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花見酒:片の桜

 私の部屋には大きなベランダが在り、そこから立って外を見やると桜の木が見える。それで最近、主に夜、私はしょっちゅう窓から顔を出して暮らしている。日中では日差しが強くなりすぎてきたし、夕方ではあちこちから漂う晩御飯の匂いに胸がすんとなりすぎるから。けれどその習慣は一昨日で終わってしまった。先日の強い雨と強風が桜流しとなって、もうほとんど薄ピンクの名残がなくなってしまったから。

 ところで、私は花が好き。
生活の中で、だから花瓶に飾るための花をよく買う。花屋の前ではしょっちゅう足を止めてしまうし、道のわきなんかに咲いているのを見かけるとそれだけでうれしい。私の周りの人たちも花をめでている人が多くて、私の生活において花と言うものはなんとなく身近である。
 みんなきれいなものが好きでしょう。だからきっと花を好きな人はものすごく多いと思うのだけれど(日々買うほどではないにせよ)、桜ほど人に愛されている花はないように思う。もちろんものすごく美しい花ではある。けれど、桜と遜色なく美しい花だってたくさんあるのになんだか不思議。

 一説では、「人が手入れをしなければならないから、その労苦がなおいとおしさを抱かせるのだ」とか、「はかなく散ってしまうからこそよりいとおしいのだ」とかいろいろ聞くけれど、そんなことは後付けのような気がする。桜をみんなが好きなのは、たぶん花吹雪を起こすからではないかしら、と思う。
 花吹雪を起こしてくれる花なんてそうそうない。大抵の花は手入れをしてあげなければ育たないし、大体の場合割いてから散ってしまうまでなんてとても短い。それでも桜は今まさに花盛り、の時期でさえ、風が吹いたらざあざあと散って行ってしまう。他の花のように開ききって首をもたげ始めたり、花弁の先から色褪せ始め、やがてしおれていくのでもない。きれいな薄ピンク色そのままにどんどんどんどん散っていく。たぶんそうやって町中に降り注ぐのがすごくきれいなせいだと思う。

 まだ咲いたばかりなのに、まだぜんぜんきれいなのに。どんどん散って行ってしまって、でも散っていった花弁までまだきれい。そういうのが、心残りで後ろ髪を引っ張るのじゃないかしら。そして引っ張られ続けて次の春まで心待ちにしてしまうような気がする。きっと桜が春とともに芽吹くから、というのも、桜が愛される理由なんでしょうね。あたたかい春を心待ちにする気持ちと桜吹雪を待つ気持ちとが、ないまぜになって区別がつかなくなるのかも。

 ところで、私は花見というものを去年初めて体験した。
そのときは夜桜で、桜を見ながらお酒を飲んだ。すごくきれいで楽しくて、笑いながら上を向くので口の中に花弁が入ってしまいそうだった。花より団子と言うけれど、花と団子はセットだし、花とお酒もセットのような気がする。今年は家から十分に桜を見られたので、家の中で桜を見下ろしながらお酒を飲んだ。純米大吟醸、山野酒造さんの「かたの桜」というお酒。
 うすい不織布に包まれた、花弁のイラスト入りのラベル瓶が可愛くて一目ぼれしたのだけれど、味もべたつきなく舌触りもまるくてとてもおいしい。すごく甘いお酒が好きな人はあんまりかもしれないけれど、日本酒が好きな人ならきっと気に入る癖のない味。リンクを貼っておくのでよかったら飲んでみてください。

 
 窓から見えるのは今やほとんど葉桜になり、かすかに残ったピンク色と並ぶとちょっと桜餅みたい。
今もまだ風は冷たくて、だから花弁はどんどんどんどん落ちている。きっと今週末で見納めになるだろう。


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