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桃の実すぐりとお茶請け話。急に身近になった後継ぎ問題。

 4月から桃畑で初めての農業バイトを始めたのだけれど、今はその作業が佳境に入っている。
 今は仕上げ摘果といって、各枝に生る実の数を枝の長さ毎に1〜3・4個ほどに減らす作業をしている。
 この作業は「実すぐり」ともいって、本来は蕾や花の段階から数回に分けて位置や向きの適正な実だけを残す(=すぐる)ものなのだが、受粉後何もしていない桃の枝はこうなる。

皆で「ブドウみたいだね」と笑った桃の枝

 本当なら蕾や花の段階でもっと間引いているはずなのだが、人手不足で作業が追いつかなかったからなのか、はたまたのんびりやっていたからなのか、全部の木ではないのだが一部がこのようになっていた。実の大きさは今の時点で梅くらいある。間引くだけなら簡単なようにも思えるが、一般的な売り物としての桃のサイズになった時のことを想像しながらある程度の間隔を空けつつ、病気やキズの有無を確認しながら良さそうな実だけを選んで残すのは思ったよりも手間がかかるし、想像力を要する。しかも既にここまで実も葉も生い茂ってしまったあとだとその作業もなかなか困難を極める。
 6月になると硬核期といって、種を硬くするのに全てのエネルギーが使われるため摘果や枝を切るなどの作業は控える時期になるそうなので、今のうちに最終形態に近いところまで摘果を済ませておく必要があるのだという。

 とはいえ、私がお手伝いしている畑の主は他にも仕事を持っているためそこまでスケジュールにシビアではなく、できる時に皆で楽しくわいわいやろうというスタンスなので、作業に不慣れな初心者の私でもそこまで気負わずにいられるのがありがたい。
 摘果中はそれぞれの家庭の夫婦喧嘩や親族間の揉め事、掛け持ちしている他の職場の事情など、ざっくばらんな話が繰り広げられるので面白い。また、農家の人はお昼休み以外にも10時と15時に必ず一服休憩を挟むのだが、この時には先代のおっかさんやおっとさんを中心に昔話や地元ならではの話が聞けたりするのでそれもまた面白い。ただ残念なことに、このあたりの人(特に高齢者)は少し離れた市街地に比べるとやはり訛りや方言が色濃いため、標準語育ちの私には正直半分くらい聞き取れない所がある。しかも私は人の話を聞きながら頭の中で考え事を深めてしまうクセがあるため、聞き逃しのレベルが半端ない。ちゃんと聞こうと思ったらボイスレコーダー必須なのだが、お茶菓子を囲んで皆で和やかに話しているところへそんな物騒なものを持ち出すわけにはなかなかいかないのが実情である。

 農家とはもともと何の縁もゆかりもない首都圏育ちの私が彼らの話を聞いていて最近とくに気になっているのが、農家の長男独身問題と、かつてそういう所へあてがわれていた外国人妻の存在だ。この小さな町にもそういう国際結婚を斡旋するブローカーのような人がいたらしい。このあたりでは決して珍しくない話らしいが、両親が大学の音楽サークルで知り合って恋愛結婚したようなごくフツーの日本人家庭で育った私にとっては全く知らない世界であり、非常に興味深いのである。
 私にとって農家の後継ぎ問題とか長男信仰といったものは2chで見かける程度の都市伝説的な位置付けでしかなかったのだが、ここへ来て急にそれらが身近なものになった。自分事というほどではないが、すぐ隣にあるご近所事ぐらいの感覚にはなっている。それは長男「信仰」などという思想めいたものではなく、土地の継承や地域産業の存続に関わる現実的で切実な問題として感じられる。農地法の規制により、農地は農業従事者にしか売れないなどといった特殊な事情や、跡取りのために孫を養子に入れたはいいけれど(成人時に本人同意の上)、その孫が都会で働く嫁と結婚したまま帰ってこないなどの事例を身近に聞いてしまうと、決して他人事とは思えなくなってしまう。少子高齢化のこのご時世、行政サービスの効率化を考えると人の生活圏は都市部に集約すべきといったコンパクトシティ化の流れは必然なのかもしれないけれど、その一方で生活と産業とが紐づいた農家の人たちの暮らしはどうなってしまうのだろうとか、その人たちが守ってきた田畑や里山といった日本の原風景が失われていってしまうのを何とかすることはできないかとか、農業の衰退はそのまま食料自給率の低下につながり、ひいては国力の低下を招いているのではないかといった、自分とは遠い世界のように感じていた社会問題にまで意識が及んでくる。だが学生時代、美術と音楽と語学以外は真面目に勉強してこなかった私には到底解決策すらも浮かばないそれらの課題と向き合うにはあまりに多くの知識と考察を要するので、とりあえず身近な所で何ができるのかという所から始めると、やはり今やっているように自分で実際に農作業を手伝ってみながらその人たちの話を聞く、という所に落ち着くのである。
 というわけで今は地域の代表的な作物である桃の作り方を学びつつ、この土地の人の考え方や日常を垣間見る日々を積み重ねている。それらを少しずつ書き溜めたい。

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