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雑記 2022.7.8

塾講のバイトは
子供相手に仮面をかぶる悲しさ
1,080円の時給で雇われるぼくを子供たちは
センセイ、センセイって慕う

ぼくが子供のころに慕っていたセンセイは
今のぼくより
ずっと時給が安かったろうと想像した
令和四年

ありきたりな言い方すれば
ぼくの頭を押さえつける罪悪感
負け組のぼくが
未来ある子供たちの人生を左右出来る倒錯した心地よさと
むしろ何も背負いたくない面倒くささ
逃げ出したさ

誰も この子たちに
ほんとうのことをいちいち教えたりはしないし
ぼくも
教わってこなかったことの多さを知る

知らない

誰も知らないこの世界のヒミツ
それを知るYouTuber
そこから又聞きした世界の真相を得意気に語る塾長
赤ベコほどウンウン頷いて聞いてる事務のおばさん

誰も
ほんとうのことを教わらないまま生きている
生きていけている
ほんとうのことを教わっていない人たちに相対する
ほんとうのことを教わっていない人たち

  人は
  知らないなりに
  何かを教え伝えなければならないのです
  社会を維持することができないのです

  教えなければならないのです
  私よりも少し知識の足りないあなたのために


 お伝えします


 昼
 政治家が銃で撃たれ

 夕方
 亡くなりました


アパートの部屋に帰って
ぼくは仮面を床におく
きみは
テレビに齧り付いていたね

だらしない下着姿で
ニュースを見て
興奮した様子で顛末をぼくに語って
そのあいだ
何度も何度も
画面からの銃声を浴びていた
なんども なんども
短い場面が
リピートで流れされて
記者の動揺で画面は激しく揺れて
きみは
画面の中へ

「ただいま。薬局行こっか」

きみが行ってしまいそうに見えた

「待って」

着替え始めるきみ
似合わないツインテール
三白眼
漏れる声すこし幼げ

「なんで、高校のブレザーなんか着てんの」
「JK見たでしょ?」
「なんの」
「目撃者の。可愛かったよね?」

「……それで着たくなっちゃったの?」
「そう。JKがね、銃の話してたよ」

開くドア
自転車置き場
しずかな街

「……よく持ってきてたね、制服。アパートに」
「うん。いつかくる非日常の日のために持ってきてた」

非日常のうわつきは
心の中に鎮めるのが正しいよ

きみと
同じハンドルを握り

誰もいない真っ暗な道は
信号の灯りで赤くなったり青くなったり

政治とカルチャーの浅い話
高校の頃とは話題が違う

仕事の話はできないし
きみはもう紅茶を淹れなくなってしまったし
オレンジの香りの
あれ 好きだったのにな
小人のスプーン


雲に隠れたおぼろな月が
古いアメリカのベッドルームみたいな住宅街に
控えめな間接照明を垂らしている夜
ぬるい空気

ぼくときみは
ゆるゆると歩いた

銃のない街

令和の和は 平和の和


ぼくは
覚えているよ

きみが
あの小さなカフェを去年畳んで

まるで調律を失ったピアノで弾くドビュッシーみたいに
明るさと暗さでぐちゃぐちゃになった心を持って
ぼくの部屋に
荷物を運んで来たとき
きみは
まだ
大人の話し方をしていた

そのときにはもう
本当のきみは
すでに大人ではいられなかったのかもしれないけど
きみは
まだ
大人でいようと
頑張っていたよね


薬局のソファでも
テレビをじっと見ているきみ

ニュースはまた銃声のシーン
明るい薬局の中で初めて気付いた
きみ少し髪色変えたね?

あと
心なしか

笑ってるね?

ねえ
微笑んでない?

非日常でうわついてんの
それとも羨ましがってんの

大切な人を置いて
死ぬことに

ちょっと
憧れてたりすんの?


「○○さーん」

初対面の背の低い美人の女性薬剤師が(非日常)
やたらぼくに話し掛けてくる(非日常)

「こういう日は、なるべくスマホを切って、情報から身を守るようにしてくださいね?情報は感情に毒ですから。ああもうSNSなんて一番よくないですからね。いろんな人の意見が。あとニュースも」

「それぼくに言ってます?……飲むのは彼女のほうなんですけど」

「えっ?この量……お1人分ですか?」

ぼくは笑う

「処方箋ってそういうものでしょ?お医者さんが余計な量出すはずないじゃないですか」

いや 知ってるけどね
家族に処方された眠剤飲んでる人とか
まあ普通にいるけど
ぼくらまだ
家族じゃないし


「かーえーろ?」
「うーん」
「何。どしたの。テレビ見てるの?」
「うーん、んー」
「やめてよ子供みたいな話し方。バイト思い出しちゃうじゃん」
「んー」

そっか
もう
日常は嫌になっちゃった?

半壊した社会は嫌い?

非日常のほうが好き?


「ねぇ、おくすり」
「あげない。今日明日の分だけ」
「なぁんで」
「飲んじゃうでしょ」
「やーだ、ね、飲まないから、ね?」

きみの抗議を聞き流し
ぼくは涼しい顔をして

これはだめだ
ネギ鍋にしようと思ってたけど
簡単に作って早く寝かしちまおう
とか考えていた

上弦の月が
落ち着かないのだろう
そう思うことにした

ぼくも
落ち着かなかった

救えないもの
救えなかったこと

閉店したカフェの前を通る
電線はたるみ
自転車が倒れている

きみは夜空に中指を突き立てて
その指先でくるくると月を弄んだ

「あたし、世界を回してる」
「何言ってんの急に」

まろやかに青いのは
ずっとむこうのスカイツリーの
回転する照明
くるくる
自転車のタイヤ
カゴに積んだネギとキャベツ



そこに選挙カー、どーん!!!!!!!!
「この国を、救います!!!」
「この国を、豊かにします!!!」
「◎×△◇に、皆様の一票を!!!」
「私が皆様を助けます!!!」
SNS、だらだらだらだらーっ。
「民主主義への冒涜!!!」
「民主主義こそ唯一無二の価値観!!!」
「言論で戦えない奴は卑怯!!!」
「すべての人々がわかり会える社会の実現!!!」
「正義!!!正義!!!正義以外許さん!!!」
「ハッシュタグ私たちは正義の行動を支持します!!!」
youtube、ぐちゃーっ。
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ真実真実真実真実チャンネル登録登録お願いお願いお願いお願い収益お願いお願いお願い


ぱーん。

夜。

毒。

きみ。

夏。


犬みたいにわんわん這いつくばって泣きたいときでも
なぜか歩けているのは
きみがハンドルを片方持ってくれてるから

きみが持ってきた自転車を支えに
ぼくは


何もわからなかった


月はまだらな雲を着て
気まぐれおぼろに見え隠れ
ぼくらに何も教えてはくれない
無慈悲な女王

階段上がった記憶ない
気がついたら部屋の中
きみに
よりかかってた

そしたら
またテレビを見ていたね

銃声のシーン

銃声なんて
世界で一番似合わなかった
高校生の頃のきみに

何発も 何発も
画面から
鼠色の銃声が浴びせられる

ああ
黒いブレザーは

喪服の代わりか


どうして


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#詩  #小説 #のようなもの