不老長寿の話。
おお、おお。
この地に人間がやって来たのは10年ぶりか。
わかっている。
君が何を求めて来たのか、私には分かっているぞ。
何を隠そう私自身、それを求め10年前にこの地へ来たのだ。
そして私はひとつの事実を授かった。
いいや、勿体ぶらずに話そう。
私は君にひとつの事実を伝えねばならぬ。
君が追い求め続けたものは、ない。
どこにも存在しない。
ああ。
そんなものは、ないんだ。
君がどれほど苦難に満ちた旅をして来たか私は知らないし知ろうとも思わない。
私にも私の旅があった、ここに至るまでのね。だが君はそれを知らないし知らなくて良い。
そもそも私ごときがぺらぺらと何を語ろうと、君の頭の中は私が今しがた告げた事実でいっぱいだろうし今はそれで十分だ。
そう。
ない。
君の旅路の答えは、ない。
……しかし、だ。
ここからが肝心だよ。
君は、追い求め続けることをやめてはいけない。
君はそれを追い続けるのだ、追い続けるべきなのだよ。
いいかね。
存在しないもの、絶対に手に入らないものを、いつまでも追い続けることはとても愚かしいことに思えるだろう。
けど愚かでいいんだ。
どのみち二度と帰れぬ旅に出てこんなところまで来てしまったのだから。愚かで良いのだよ。
一生を諦めと後悔の中に沈めてしまうより、追い求め続けることのほうが何倍も良いに違いないのだからね。
だから旅を続けなさい。
これからも今までとまったく同じものを探し続けなさい。
君のこれまでの旅路は決して切り捨ててはいけない有意義な道のりだ。
これからはもはや答えが見つかるかどうかではない。
追うことがすべてだ。
ただ求めることこそが君の生きる道。
諦めることは死ぬことだ。
決して諦めてはならない。
それがここまで辿り着いてしまった者の宿命だ。
よいな。ではな。
* * * * *
おお、おお。
人を見たのは実に30年ぶりだろうか。
わかっている。
お前が何を求めて来たのか、俺には分かっているぞ。
かく言う俺自身、それを求め30年前にこの地へ来たのだ。
そして俺は真実を知った。
知る勇気があるか。
俺はお前に冷酷な事実を告げねばならぬ。
お前が追い求め続けたものは、ない。
どこにも存在しない。
ああ。
そんなものは、ないんだ。
お前がどれほど苦難に満ちた旅をして来たか私は知らないが、その心中は察するに余りある。
私には私の旅があった、ここに至るまでのね。それを君は知らないだろうが同じように察してくれ。
私もひとりの探求者だったのだよ、見てくれ。ありもしないものを追い求め続けた人間の成れの果てだ。
そう。
なかった。
そんなものはない、というのは真実だったんだ。
……しかし、だ。
ここからが肝心だぞ。
君は、追い求め続けることをやめなくてはいけない。
存在しないもの、絶対に手に入らないものを、いつまでも追い続けることはとても愚かしいことに思えるだろう。
けどその愚かしい過ちを人は犯してしまうんだ。
どんな旅にも果てはない。例えこんなところまで来てしまったとしてもだな、引き返せるのが人生よ。
一生を渇望と挫折の中で終えるより、諦めて引き返すことのほうが何倍も良いに違いないのだから。
だから、追い求めることをやめなさい。
これからは今までとまったく違う旅路を歩みなさい。
君のこれまでの旅路は今や水泡に帰した。幻想は捨てよ。
これからはもはや答えが見つかるかどうかではない。
今見えている事実がすべてだ。
その中に生きることこそが君の道。
諦めることは生きることだ。
決して未練を持ってはならない。
それがここまで辿り着いてしまった者の宿命だ。
よいな。ではな。
* * * * *
僕は「不老長寿」の薬効のある素材を求める長い長い旅路の果て、人など居ようはずもない奥地で、1人の青年と出会った。
青年は僕同様、元々は不老長寿を求め旅立った人間だった。
若き日の青年が初めてそこへ辿り着いた時、それより何十年も前にそこに辿り着いたという老爺が既に居た。
そして青年に「そのようなものはない。それが真実だ」と告げたのだという。
どうしてそれが真実だと言えるのか、と青年が訊くと、老爺曰く、
「私の前にもやはり先人が居た。彼は私に諦めろと告げだ。私はそれに従い、追い求めることをやめた。ただ不老長寿のみを数十年と追い求め続けた私に、他の生きる道など無かった。本当に、他に何も無かったんだ。しかし私はある時、気が付いた。また私と同じように、ここへ不老長寿を求めやって来る旅人が現れるだろう。その者に『そのようなものはない』と告げることを私の新たな役目としようではないか、と。そして今、君が来た。改めて告げよう。不老長寿などというものは夢まぼろしに過ぎぬ。君が求めるものは、ない。」
若き日の青年はそれですっかり心が折れ、追い求めることをやめてしまった。青年は素直に諦めることが出来ず、現実の無情さへの怒りと悲嘆に明け暮れた。かといって青年は、もう敢えて再び何かを追い求めるほどの気力も持てなかった。
求めるか、諦めるか、どちらとも心を決めることの出来ぬまま、青年はその奥地でひとり、生きるでもなく死ぬでもなくただだらだらと迷い、過ごし続けた。
青年は言う。
「未だに不老長寿の薬効とやらは見つからない。だから帰ることも出来ない。かといって探す気力もない。こうしてかれこれ、500年も迷い続けている。私はどうすれば良いのだろう」
不老長寿の、話。
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