![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/140953841/rectangle_large_type_2_89f449b42d692f00e885db9ab46b7167.jpg?width=800)
ジグソーパズルを飾れなかった話。
平日の昼。
静かな部屋。
ひきこもりニートの罪悪感を(自分としては慣れたようなつもりの手つきで)かなぐり捨てて、ジグソーパズルに手をつけた。
ちょうど小学校の給食が終わって校庭がしっちゃかめっちゃかになる頃。
約1,000のピースたちを畳の上に散らばして、ガチャガチャと動き回した。
古い畳の、乾いた匂いがした。
昔行った京都の禅寺を思い出した。
あの「どこでもない」感じ。
限りなく社会科学的で、人為的な宗教観のない感じ。
長時間の「何もしない」に対して、何の評価も意味も付与せずただただ許してくれそうな無の空間。
僕はそれらを、ほのかに甘やかな印象のうちに思い出していることに気付いた。
では、このパズルはきっとその修行の代わりなのだ。
しかも修行することではなく「修行をしている自分」を欲している。
ただただ何かに没頭するという姿勢を見せたい。
誰に?
誰もいないのに?
空気に?
視線など持たない空気に?
いいや、空気の中に確かに「お前は何かをしろ」という圧力を感じる。ずっと。追い詰められた自意識がそう感じさせている。
5月の爽やかな外気が部屋をかけぬけて「出かけろ、出かけろ」と促してくる。
それを無視するために、僕は労力も時間も惜しまない。
子供たちの下校する声が聞こえてきて、日も陰った。
パズルは完成に近づいた。
もうすっかり池の睡蓮だった。
ふと残りのピースを数えた。
1つ余る。
ちゃんと最後までやってみた。
やはり、1つ余った。
別のパズルのピースが紛れ込んでいた。
指でつまんで、じっと見た。
達成感も何もなかった。
少し肌寒く感じた。
音はやはり静かだった。
僕はばかみたいに、その1ピースに心奪われて、何分もぼうっとしていた。
ちょうど小学校の給食が終わって校庭がしっちゃかめっちゃかになる頃。
約1,000のピースたちは畳の上に躍り出て、ガチャガチャと動き回っていた。
1つだけ「余り」が出るなんて夢にも思わず。
だって工場を出る時に言われたのだ、
「あなたたちは、みんなで協力して、互いと手と手を組み合い、ひとつの、おおきな、美しい世界を構成するのですよ」
けれど畳に盛られたピースの山が減ってゆくにつれ、うすうす勘付くやつが現れる。
どうやら、ぼくは、ちがう、と。
箱の中でみんな一緒に夢見てきた、美しい睡蓮の完成図に、自分が嵌れる場所が明らかにない。
そして周りはそのことに誰も気付いていない。
そう悟った瞬間から、余り者の1ピースの心は何もかも変化してしまう。
協調を望むピュアな心は、協調を装う後ろめたい心へ。
期待は「どうしたら捨てられずに済むか」へ。
小さくなってゆくピースの山に紛れて、残りの他者を見て、自分との違いに震えている。
「ぼく、居ても、いいですよね?」
「邪魔はしませんし」
「みなさんと一緒に居るだけなら、構わないでしょう?」
「居させてもらえませんか?」
「ぼくたち、ちょっとしか違わないんだから」
「お願い」
他のピースだって「君はやっぱり違うからここから消えてくれ」とまでは言えない。
けどジグソーパズルの世界に、誤封入されたピースに「君は君のままでいい」と声をかけるような文化も無い。
世界はどんどん「完成されたジグソーパズル」に近づいてゆく。
純化されてゆく。
それがピースたちの願いで、箱を開けた人間の目的でもあった。
運命を決めるのはパズルの箱を開いた僕。
ピースたちにとっての不条理の神。
僕につまみ上げられ、ピースは『1つのジグソーパズル』になったものを見下ろす。
もはや何の言い逃れも出来ない。
自分さえ居なければ、このパズルの完成は心からおめでたい瞬間だったはずなのに、自分が存在したせいで、今は何もかもが台無しになってしまった。
数時間前までは何も知らなかった。
自分を呪いたい、呪ったところでもう遅い。
ピースはしくしく泣いている。
命乞いしている。
……そんな痛々しいピースを、どうして捨てたりできようか。
パズルを額に入れて飾るのは、もう諦めるしかなかった。
見るたびにいちいち思い出してしまうだろうから。
僕はむしろ謝りたい気持ちだった。
とても、可哀想なことをした。
箱の中で、夢の中で眠らせておけばよかったのだろうか?
僕はこんな目に遭わすつもりで君たちを買ったんじゃない。
ただ自分の持て余した時間を潰したくて買ってしまっただけなのに。
創造主。
あなたのなさることは、ときどき、被造物たちにとってはとても不条理に思える。
まったく、不思議なこと。
けれど、あなたは、まったく余り物のピースをこの世界から摘み取って、この世界をただただ美しく、純化された、完成されたジグソーパズルになさろうともされない。