明るいこえを刻みたい。
誰もが行く末のわからない不安を抱えていた。
しかしそのことはみんなが互いにわかっていた。
無意識に残り時間を数えながらも、ゆるゆるとこの街にとどまり続ける僕らは、互いに互いを思いやり、励ましを言い合い、新しい住所を教えあい、一番の思い出を語り合った。
それはその声を、みんなの耳に刻むためだろう。
みんなの声を、その耳に刻みたいからだろう。
指定された刻限が近付くと、死にそうに淀んでいた街の空気はかえって嘘のように一掃された。
光り輝く初夏の朝風のように、すべてはまっさらにリセットされ、ゆるやかに滅びゆく街を吹き渡る。
見事なまでに、笑顔しかなかった。
そのことが、この街の存在した意義を雄弁に示している。
永遠に見納めとなるであろう家々や道、小さな花をいちいちカメラに残すことはできた。
けどみんなの笑い合うこえは、そこで交わされた言葉は、歌われた歌は、どうせ焼き付けることしか出来ないのだ。
だから嘘でも、明るいこえを刻みたい。
それはまたそれぞれの方向へ、この街を覚えている人がいる限り、風となってどこまでも運ばれるものだから。
今、ひとつの街が、ゆるやかに、滅びを迎えようとしていた。
● 朗読・音声作品用台本としてご利用いただけます。
● 詳しくは以下リンク先の「利用規約」をご一読ください。https://note.mu/oshikado_9/n/nd0eedc01e6b6