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銭湯にもたれてふける 第5回大阪市桜川「ヘルシー温泉タテバ」実践、白目メソッド

朝の日差しを浴びても底冷えする部屋で一人毛布に包まる頃、私は年の暮れを感じながら、白湯をすすっていた。何時に寝ても寒さで起きられず、かといって前の晩に暖房のタイマーをセットする甲斐性もなく、また一つ歳を重ねる。我慢してベランダに出ると、気管支まで感じる澄んだ空気と、ほんの少しだけ身体に熱を与えてくれる太陽が、毛布の上をさらにコーティングする。未明のグラデーションの空は、年の端のためにせっせと白地に直して準備しているキャンバスのようだ。

心機一転、まだ何も描かれていない新年とは反対に、年の瀬は365日その日暮らしをしたせいでぐちゃぐちゃに荒れている。部屋の目のつかない箇所にはとりあえずゴミが、クローゼットの中はミックスされた春夏秋冬、なぜか扇風機の中に手袋が入っている。プライベートや仕事も同様に、新年という大義名分のもと、クリスマスに目掛けて一斉に皺寄せがやってくる。さらに年末特番や催し物がわんさか出てくるせいで、結局自分が何をしているのかわからない1ヶ月になるのが、師走と呼ばれる所以なのだろうか。

どうしても生で見たかった番組を犠牲にする代わりに、湯冷めするからとしばらく行っていなかった風呂に向かうことにした。年が明ける前に、少しでも心の掃除しておきたかった。とっ散らかった仕事を無理やり終え、大通りの電飾やどこか浮足立っている人たちをすり抜ける。イヤフォンからは少し寂しげでありながら、日常の幸せが溢れた曲が流れている。それに合わせたかのような住宅街の合間にポツンと現れた銭湯は、1階は駐車場、2階に浴場の構造をした大阪市は桜川の「ヘルシー温泉タテバ」であった。

中一階は下駄箱と券売機。金額は通常の銭湯とほとんど変わらない490円。サウナも込み込みで、タオルやシャンプーが付いた手ぶらセットはちょうど1000円。帰りも手ぶらをコンセプトにしたのか、お釣りが出ないよう工夫されている。入ってから数十秒、風呂好きに配慮した料金設定にもう感服してしまった。2階に上がり、番台でチケットと下駄箱の木札を渡す。少し前にあるサウナに行ったときに、髪は長いしメガネとマスクで顔が隠れてるしで、番台の方に

「じょ・・・男性・・・?ですよね・・・?」

と聞かれて狼狽えたのを思い出した。それからは気を遣って先に挨拶するようにしている。相手に声が届いているかどうかばかりが気になって、何か説明されても一つも入ってこないのが難点ではある。今回も同じ悩みを抱えてしまったせいで、タオルとサウナ専用鍵などもろもろのセットが置かれているのにうわの空になっていた。一瞬の間、何か言わなくちゃと、一言「行ってきます」。その言葉を番台へ置いてけぼりにして、相手の反応を伺うこともなくそそくさと左手の脱衣場へと向かう。

番台でのそそくさを継続する。誰にも迷惑にならないよう「ソソクサ」、若い5人グループが、体重を計りながらポーズを取っている。ボクシングが好きらしい。ツーブロック短髪ボクシング計量同好会を横目に、ソソクサソソクサと浴場へ入る。

場内中心部と左手には20席弱のカラン、右手前からなんと無料のスチームサウナ、炭酸泉、ジェットバスが並ぶ。内観はスタンダードなタイルをあしらった壁であるが、上部は光の三原色である赤、青、黄のタイルが本当に原色のまま装飾されている。まさにピエト・モンドリアンの絵画のようであった。いつものように身体を洗い、まずは炭酸泉へ。

温度が低いため、普段なら休憩がてら入ることが多い炭酸泉だが、ここではやや熱め。血流がキュっとなる、あの独特の感覚は残しつつ、普段の風呂に入っている気持ち。後から気づいたのだが、どの浴槽も少し深めであるのがまたよく、ちょこんと座ってじっくりと入ることもできるし、首まで沈めて短時間でさっぱりすることもできる。自分のリズムに合わせて、用途を変えられるのが、無意識のタテバの魅力の一つだと思う。

短時間で回数増やすのが今日のリズムだと炭酸泉で悟った私は、ジェットバスにじゃぶじゃぶと浸かると、瞬く間に奥の露天スペースへと流れた。擬似竹で仕切られたそこには、露天風呂とタテバ名物の水風呂、サウナがある。一番の特徴と言ってもいいであろう、タテバは北側浴室と南側浴室が交代制になっていて、通常の遠赤外線サウナと塩サウナが利用可能だ。前者は100度を超え、後者は室内に置かれた塩を身体に擦ることで途端に汗が吹き出す。今回は塩サウナの日であった。全身の水分を絞りとる塩たちが、ソソクサである私の前に立ちはだかっている。

とりあえず露天風呂へ。大きなサイズではないが、こちらも座り湯と深湯の構成になっていて、コンディションによって使い分けられる。人気銭湯であるから、サウナの出入りが非常に多い。利用客の割に、外気浴用の椅子は2脚しかないが、それぞれがタイミングを伺ってセットに入っている。それでもあぶれてしまって、浴槽の縁に腰掛けてまどろむ人も多い。ただ、全員が皆に対して配慮しているので、混沌状態になることはない。小さな露天スペースながら、言葉を発せずとも常に間の取り合いがなされているのを見て、今日もまたいい風呂に出会ってしまったと、口角が上がってしまう。ふと我に帰り、上がった口角をそれとなく隠し、お手製のソソクサでサウナに入る。

大抵の塩サウナは、塩を身体にまぶすことで発汗作用をもたらすことを目的としていて、湿度は高く、温度は低めに設定している場所が多い。そのため、時間をかけて徐々に楽しむのがお作法だと勘違いしていた。今までは遠赤外線サウナのような、高い温度でジリジリと焼ける皮膚を感じながら、その先にある快楽のために我慢するのがサウナであると、ますらおのような主張を持ち合わせていたため、好んで塩サウナに入ることは多くなかったのである。他人の目から逃げるように入った塩サウナは、その私の凝り固まった主張を正面から破壊したのであった。

室内中央に設置されている大きな塩釜のせいだろうか、はたまたタイル地の浴室であるからか、湿度が非常に低く、そして100度以上の室温である。湿度が低い分、多少マシではあるが、とにかく熱い。そして、サウナ室手前に設置されているスチロール製のマットとサンダルを履かないと、タイルから伝わる熱で火傷する。うっかり壁にもたれるとジュッと皮膚が焼ける。本当に気の抜けないハードサウナで、さらに全身に塩を塗りたくると、たちまち汗が吹き出すのだ。段に腰掛け、正面にはテレビ、背後はガラスで浴場内が見渡せるが、ガラスの向こうの人々に、今すぐにでも助けてくれと言いたくなるほどの灼熱。負けてたまるものか、これが私の男勝りよ!ええい!と初っ端から15分も居座る。空気は吸いやすく、意外と長く入っていられるため、より立ち向かってしまった。

出てすぐ左手のシャワーで全身を洗い流し、フラつきながら水風呂に入ると、今度は必要十分すぎる冷水が全身につきまとう。おそらく15度以下だろう。また、先ほど述べたように、浴槽全体が深く作られているから、いつもより身体が沈み込んでいくのが身をもって感じる。圧倒的な温度差にやられて、先ほどまでのソソクサの私がすっかり消えていき、この銭湯が自分のためだけにある場所のように感じられた。

そそくさと、とか、気を遣って、という言葉が時に気に食わないことがある。顔見知りくらいの関係性の人とのすれ違いざま、声をかけられると、気を遣って気づいていなかったフリをする。大人数の飲み会で、とりあえず盛り上がっていそうな場で、何も思っていないのに愛想笑いを繰り広げる。絶対に視界には入っているのに、グループは違うから、あとあと話しかけるタイミングを見計らって、わざと「おお〜久しぶり〜〜!最近どう〜〜?」ととあるフォーマットを用いる。

要は誰かに嫌われたくないという思いから発生した行為を指しているのだが、それらは私発信ではなく、他人からみた私というフィルターを通すことが多い。自分自身を通していないがために、たとえ太鼓持ちに徹したとしても、これらの行為で他者と親交を深めることは難しい。というか、経験上ほとんどない。なぜなら、そこには本音がないからだ。また、自分を守るために行った薄っぺらい気遣いが、さらに自己を疲弊させることがややある。極め付けには、上澄みだけでやりとりするものだから余計にこいつらは面白くないと錯覚する。さして興味のない話題に「ヘヘッ」っと笑うよりかは、失礼を承知で馬鹿正直に色々言っちゃった方が、なんでか盛り上がったり、意外と関係が続いたりする。自分が楽しいと思えることを、相手にも楽しいと思わせるのが気を遣うということなんじゃないかと、脱力しきってほとんど白目になった外気浴中に閃いた。

サウナ室には、専用の鍵を使って入る。多少コツがいるものだから、慣れていないとガタガタと扉を鳴らすだけで、利用客の視線を痛いほど感じるのである。それがさらに焦りを生み、いつまでも入れない客を何人も見た。常連は鍵を使わずに入る小技を会得していて、それがさらに初心者に対して圧をかけているようにも見える。カッコつけて小技を試す客もいたが、上手く出来ずに結局鍵使って入ってきたのもしっかり見た。自分の楽しいを遂行している常連はやっぱり気持ちよさそうに見えるし、初心者は背中が小さく見える。せっかく気持ちのいい銭湯に恥ずかしそうにしょんぼり入るよりかは、何も知らない自分を堂々と見せつけて入ってやったらいい。鍵が開けられなかったら「コツ、教えてください」と一言言えばいい。それがきっかけで関係が生まれることだってあるのに。

1年をかけてなんでかソソクサになっていた自分を、タテバで綺麗に洗い流して、出る頃にはふんぞり返って鼻息を吹き散らし、帰りのコンビニでお気に入りのビールを買い、レジの店員さんにこれでもかとしっかりはっきり、そして嬉しそうに「ありがとうございます、レシートはいらないです」と言って、キラキラと光るイルミネーションを横目に飲み歩いた。

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