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学生 バイト日記

今日給料日の人おめでとう。コップンカーです。

皆さんご存知の通り、言うまでもなく、僕は銭湯で働いている。
そこはほどよい規模で、ほどよく清潔な施設だ。業務内容は、シャンプーの補充や軽い清掃、トラブルや困りごとが発生した際に対応する程度で、これらの作業はシフト時間の三分の一ほどを占めるのみ。
それ以外の時間は、従業員の休憩スペースでおしゃべりをしたり、お絵描きをしたりして過ごす。要するに、暇というわけだ。基本的には、21時から24時半までの遅番と呼ばれる時間帯に、一人か二人での勤務が多い。
さて、前置きはこれくらいにしておこう。

この間の話だ。
この夜は一人で勤務をしていた。
手持ち無沙汰で仕方がなかったので、ふと岩盤浴コーナーに置かれた漫画の巻数を順番通りに揃えるという暇つぶしを思いつき、静かにその場所へと足を運んだ。

雷鳴が響いていたせいか、館内はいつもより人影が少なかった。静まり返る中、順調に棚の端から漫画を揃えていると、ふと目に飛び込んできたのは、棚の上にぽつんと置かれた三冊の本だった。

どれどれ。

何気なく手に取ると、表紙には「学生  島耕作」と書かれている。知らないタイトルだな、と思いつつ、(雷もなっているもんだ)元の場所にそっと戻してやることにした。

そう思ったものの、元の居場所がなかなか見つからない。困ったものだ。「学生 島耕作」と睨めっこしながら、時折、本棚を探るように目をやるが、しっくりくる場所は見当たらない。まるで迷子になったかのように、本を手の中で持て余していた。

「学生」と書かれている割には、その本はずいぶんと年季が入っていた。角はすり減り、紙は色褪せて茶色く変わり果て、まるで時を重ねた古びた旅人のような風貌で、とても「学生」とは呼べないような姿をしていた。

空が三度ほど閃いた頃、ようやく背表紙に大きく「島耕作」と書かれた本を見つけた。静まり返った館内で、心が高鳴るのを感じながら足早に近づくと、そこには小さな字で「(学生 島耕作)~就活編~」と記されている。そんな馬鹿な、と戸惑いながら横に目をやると、「ヤング 島耕作」と書かれた本が鎮座していた。

次の瞬間、僕は絶望に打ちひしがれた。まるでウォール・マリアを見上げるエレンのように。

その棚には、「係長、課長、部長、取締役、常務、専務、社長、会長」と、島耕作の歴史がびっしりと、まるで積み上げられた壁のように並び連なっていたのだ。

(なんでこんなにシリーズあんねん...)

物思いに沈んでいると、突然インカムが鳴った。「脱衣所内で鍵の落し物がないか確認してください」という声が流れ、その音にハッと我に返った。そうして再び何事もなく、特筆すべきことのない一日が静かに幕を下ろした。

その出来事から二日後とかの話だ。

シフトが被った、一番親しいお兄さんに「この前、こんなことがあって~」と話すと、「俺も見たで!本棚の上に置かれてたやつやろ」と言われた。

どうやら、これには常習犯がいるらしい。お兄さんも何度かその場面に遭遇していて、決まって本を棚の上に放置していく常連がいるという。ちなみに前日にお兄さんが目撃したときは、「部長 島耕作」が棚の上で居場所を失っていたらしい。

それが客なのか、島耕作自身なのかは分からないが、とにかく彼は大出世を遂げていたのだ。まるで本棚の頂点へと登り詰めたかのように。

どんな人物がこのシリーズを読み進めているのかは分からないが、願わくばそれがききれいなお姉さんであってほしいと祈る。そうであれば、物語が一層ドラマチックに彩られるような気がするからだ。なんかキモいな。

果たして、その人が無事に会長の地位に辿り着けるかどうかは分からないが(恐らく辿り着けるだろう)、バイトの合間にその進展を見守りながら、静かに注目していこうと思う。

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