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80代のおばあ様と、人生初のガーターベルト


私ごとだけど、昨日35歳になった。
いわゆるハッピーなバースデーだが、30歳を境に、正直なところ、そんなにハッピーな気分もない。

8歳の娘が、毎年嬉しそうにするたびに
「私にもそんな時期があったな」と、思い直すほどだ。
もう、30歳も40歳も変わらないんじゃないだろうか?見た目年齢が、全ての年齢を決める気がする。

朝から家族に地味に祝ってもらったのに、なんだか晴れない気分のままだった。
それもこれも夫との噛み合わせが悪いせいなのだが、それでも今日は大丈夫なのだ。
これから、知り合いのカフェに飲みに行くことに決めてたから。
行けば楽しい話ができる、と、自信を持って言える場所なのだから。

行くまでの駅で事件は起きた。

暑さに負けて、のんびり歩いていたら、横断歩道を渡りきれなかった。信号が赤になってしまった。
そんな日もあるよね、と、仕方なく、横にあったエレベーターで地下に降りて、地下鉄に乗ることにしたのだ。

エレベーターが来るのを待つ間、グレーヘアのおばあ様が横に並んだ。
上品そうな出立ち。
パッと見て、高価なものを持っているわけじゃないが、絶対美人だったであろう造形。
シワを引かずとも、美人の片鱗が見え隠れする。
意志の強そうな大きな目と、儚げな小柄な体躯。
ほんのり曲がった背中が、彼女の人生を物語っているようだった。

「なんか素敵な人」

そんな直感だけが働いた。

一緒にエレベーターに乗った瞬間に、話しかけられるなんて思いもしなかった。

「ねぇちゃん、若いなぁ。足、涼しげでいいわ」

36度もある大阪。
あまりに暑くて、今日は、黒のミニワンピースで武装していた。
確かに、太ももの半分までしか、スカートがないのは事実だったし、暑すぎて、ストッキングではなく、初のガーターベルトだった。
足は綺麗に見せたいが、高校生のようにストッキングなしの素足で歩く勇気はない。
だからといって、ストッキング(薄いタイツ)を履くと、かなり暑いのだ。実のところ、蒸れるのだ。苦肉の策で、人生初のガーターベルトに手を出した。そんな日だった。

おっ、これは涼しい。お腹周りが締め付けられないし、蒸れないって、なんて快適なんだろう、と意気揚々としていた瞬間なのだ。

それを見透かしたように、おばあ様に声をかけられ、居た堪れなくなった。
ましてや誕生日。重ねたくもない年齢も、ひとつ重ねた瞬間だった。もう若いって呼べる歳じゃない。
四捨五入して30なのか、40なのかの境目は大きな大きな溝なのだ。

「いやぁ……ありがとうございます、なんですが、35歳なんですよ?小5の息子も居ますしね」

と、切り返した。
これで静かになるだろう。

会話を楽しむのも一興だが、今日はそんな余裕はない。若くないと実感した日である。
しかも、こっそり履いてるガーターベルトがバレたのではないか、とあたふたしてしまう。
こんなにドキドキしたエレベーターは初めてだ。

「80すぎてる私から見たら、30代は若いやんか!わたしゃだめやな。そんな時代もあったのにと思って、あんたの脚、見てしもうたわ」

と、とても楽しそうに切り返してきたのだ。

これぞ、大阪。
北海道出身の私にはない技術である。

きっと私なら
「いや、35に見えないですよ、お綺麗ですね」と返すだろうか。
「小5のお子さんがいらっしゃるんですね。我が家も小5なんです。きれいなママで、お子さんも嬉しいですね」
と返すかもしれない。
いや、話しかけて欲しくなさそうなら「あっ、そうなんですね。若く見えたので話しかけちゃいました。ごめんなさいね!」かな。

第一印象は見事に外れて、気品よりも、元気あふれるおばあ様は、エレベーター到着の後も会話が止まらない。

「男も引っかけれるで!私も話しかけたしな!」

それは……褒められてるのか?

決して美脚と呼ばれる脚ではない。
カモシカのように細くすらりとした形でもなければ、モデルのようなスタイルでもない。よく言えば中肉中背。
しかし、良く言われるのは【バランスの良い体】である。手足の長さと骨格のバランスは、親からの遺伝子のおかげさまなのだ。ありがたい。
普段なら実はモヤモヤする。
本当にそうなのか?と疑問しかないから、微妙な顔になる。

でも、誕生日の今日くらい、褒められてることにしよう。バチは当たらないはずだ。

足で男を引っかけれるかは、さておき、話しかけてもらえたことで、私も元気になれた。
笑顔になれた。
大いに笑わせてもらった。

だから大阪という街が好きなのだ。
こんなに晴れやかな気分で、飲みに行けるとは思わなかった。

今日は、日本酒がいつもよ。美味しく飲める。
そんな気がした。

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