9/29の夢

「君、お母さん似だよ」
私の唐突な一言はサァっと穏やかな波に流されていった。

海に居た。私達以外、誰も居ない。海に居た。
彼はその言葉を聞くや否や、どんどん沖へ進んでいってしまった。
私は彼がこのまま帰ってこないんじゃないか......と
言いようの無い不安に駆られ、すぐに追いかける。
瞬間、彼は私の手首を掴んで振り返った。
「心配しなくても死んだりなんかしないよ。」
あっけらかんと微笑む彼の真白な肌は、日光によく反射し神秘的であった。私にはそれが痛く眩しく思えた。

彼は孤児院で育った。
ある時、私は身寄りのない彼に瓜二つの女性の写真をみつけた。
写真の彼女もまた、今の彼の様に儚く笑う人であった。

「あ、ほら見て。さかな」
そんな事は梅雨知らず、彼は魚を眺めていた。
魚がその小さな尾を揺らめかせる度、水面がきらりと光った。
気がつくと先ほどまで青にも白にも見えた水面は、ただ一面朱色に立ち込めていた。夏と言えど湿った肌に触れる夕暮れの風は少し冷たく感じた。
そろそろ帰ろうか、そう言おうとした時
「ありがとね。」
彼がぽつりと呟いた。
ああ、やはりそうだったんだなと思った。

「お腹すいた!」
私は出来るだけ元気にそう言った。
「そうだね。なんか食べよっか。何食べたい?」
と彼が言う。
「海鮮丼が食べたいなぁ。」
「アンタのそういうとこ、嫌いじゃないよ。」
なんて笑い合いながら彼の隣を歩いた。
繋いだ手の温度に、彼は消えたりなんてしないと確信した。



あとがき
凄く綺麗でなんだか切ない夢を見ました。
今年は海に行けなかったから、夢の中で海に行けて嬉しかったです。

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