カメムシと香水
半年ほど前に,バイト仲間で焼肉屋に行った。
深夜1時を過ぎていた。食後の一服タイム,雨が降っていたので喫煙習慣のない自分一人だけが軒下にボケーっと佇んでいたのだ。
荷物の重みで左肩からずり落ちそうなトートバックを掛け直そうと肩のあたりに右手をやったら,何か硬いものに触れた。その時は,長さを調節する金具だろうと思った。
しばらくして,また肩に手をかけた。また硬いものに触れたが,金属特有のヒンヤリ感が無かった。しかも,それは,掴むことができるものだった。恐る恐る指先で掴んだものの正体を確かめる私。
カメムシだった。
ていっとそこら辺の濡れたアスファルトに投げつけた。あっけなくカメムシは宙に投げ出され夜の路面に紛れた。
「すみません,肩にカメムシ乗っていたので帰りは臭いと思います」
心にもない「すみません」だったが,人の運転で連れてきてもらったので同乗者には前もって断りを入れておく必要があろう。
「くっさ!」「近寄るなよ」申告するなり同い年の二人はふざけて遠ざかっていった。
実際帰りの車内はカメムシ臭が漂った。予め窓を開けておいたのに,発進してから臭いは存在感を増していった。
それまで特にカメムシの話には触れなかった先輩が,後ろも振り向かずにこう尋ねてきた。
「ぴあじぇは,香水つけないの?」
休憩時間に廊下でドルガバを熱唱しているような男性だ。普段そんなこと言われたらこの人ちょっと私に気があるんじゃないかと思うだろう。
否。この状況下だ。暗にお前カメムシ臭いと訴えているのだ。
「そうですね,つけないですね。そもそも持っていません」
このとき,なんとなく,前のバイト先にいた人のことを思い出した。
年上で,背が高くて,顔もスタイルも良くて(本人曰く読者モデルの経験があるらしい)自称メンヘラと処女ばかりに言い寄られる,ちょっと病み気味の人だった。
彼が出勤したタイミングに居合わせると,いつもタバコの匂いがした。スーツにこびりついたその匂いを上書きするように,香水を満遍なくふりかけていた。目の当たりにするとちょっと多過ぎやしないかと毎度思っていたが,キツめの香水が,その人の印象として定着していた。
辞めるとき,散々惜しまれ,二人で飲みに行こう,と誘われたのに,連絡先も交換したのに,私は自分から連絡を絶った。
理由はなんとなく。ちょうどその時期にコロナが流行し始めたというのもあったかもしれない。
先日の初夢には彼が出てきた。今更だが連絡すべきだろうか。
私も香水を買って,少しふりかけて行くべきか。
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