見出し画像

【女子高生エッセイ】『あなたの期待は誰かを呪う⛓️』

「あなたに期待なんてしていない」

母は私に向かってまっすぐに言った。

それは私が周りに期待されていることにプレッシャーを感じていると知っていたから。

母の意図とは裏腹に私は深く傷ついた。

私は気づけば涙が流れていた。

着用していた水色のシャツの襟もとがずぶ濡れになって紺に変色したのを見た。

母はそのまま続けた。

「無理して変わらなくていいし、そのままでいいっていうこと」

私にとって親に期待されないことは私の価値の死を意味していた。


小さな時から周りから期待されていた。

誰かに期待をすることは呪うことだ。

憧れの的として虚像が出来上がる。

必死に期待に応えようと虚像が生み出した呪縛と一緒に生きてきた。

何事も簡単にこなせた子供時代。

たまにぶつかる壁は自分の人間味を引き出すのにちょうどいいくらいに思えていた。

教師やクラスメイトに期待されて成長していった分、自分が誰かの憧れで理想像でいなくてはならないという強迫観念のようなものがあった。

誰から見ても褒められなければならなかった。

理想の自分とかけ離れた部分があれば強く自分を責めた。

物心ついた時から重度の完璧主義者だった。

なぜこんなこともできないのか。

どうして人前でこんな下手なことをしたのか。

その思考がぐるぐると回りひどいときは熱を出した。


高校二年生に進級してからはそれが酷かった。

生徒会活動や部活動、学業、習い事。

各々に全力投球していたが故に完璧にこなせない辛さがあった。

どれかを優先してしまうと他のハマっていたピースが欠損していくのは目に見えていた。

そんな忙しくやることがつまりに詰まった生活の中で体調を崩してしまった。

原因は教師からの嫌がらせ。

心に余裕がない状態の私は外部からの小さな針で破裂してしまった。


一週間ほど続いた体の脱力感は食べることも歩くことも許してくれなかった。

久しぶりに登校した学校でクラスメイトに吐かれた一言がとどめの一撃だった。

「そんな賢いのに体調第一ってのは知らんかったんや、勉強教えてあげれるから分からんかったら言ってな」

どうしようもない不甲斐なさと悔しさがこみ上げて心臓がギューッときつく締まった。

友人から勉強を教えてもらうことは私にとっては屈辱的なことでしかなかった。


本心ではない感謝を笑い声に混ぜた後、人生で初めて”心がしんどい”という理由で学校を早退した。


ふらつきながら歩き続けなんとか電車に乗り込んだ。

最寄り駅の名前もよく思い出せなかった。

車両がガタガタ揺れるのに共鳴して心臓も不規則に血液を送り出すだけだった。

体中がやけどを負ったようにじんじん痛くて熱かった。

心臓が一番燃えていた。

このまま燃え尽きて私なんていなくなればいいのにと思った。


終点のアナウンスが流れて知らない駅で停車した。

急なブレーキに合わせて私の体は激しく揺れた。

事故かと思ったがそういうわけではなさそうだった。

その時には私の体から重みのようなものが抜け落ちていた。

電車を降りてから重い頭を持ち上げて駅名の確認をした。

立ち止まった私を迷惑そうに押しのけて歩くサラリーマンは当たり前に知らない顔をしていた。

さっきとは打って変わって心臓は冷えた血液を送り出した。

周りの人間が自分に無関心なことに怖さと安心を覚えた。



うん、誰も私を知らないところで逝くのも悪くない。

しばらく線路を見つめて考えた。

沈んでいく頭の中にひとつだけ死を免れる言い訳を見つけた。

「知らない街で手足がぐちゃぐちゃに消し飛ぶのは気分が悪い。」

私という存在の証明は身体しかない。



逆方面の列車に乗り込むと特売デーでギュウギュウに詰められた魚の気分になった。

帰宅ラッシュに巻き込まれて息もろくに吸えない環境に放り込まれてしまった。

車両はさっきとは別人のように静かに揺れるだけだった。

私のガタついた心は変わらなくて気持ち悪さが自宅へのお土産になった。

早退してから何時間もの時間が流れて最寄り駅に着いた頃にはすっかり夜になっていた。



私の核は曇って月も見えない夜空へふわっと飛び立っていった。

そして躊躇もなくパリンと割れた。


私の時間はあの時から完全に止まってしまった。

あの時割れたのは砂時計だったんだと思う。

一人目の私が死を迎えるタイムリミット。

ひっくり返そうと持ち上げると手が滑って失敗した。

ただそれだけ。

二人目の私がいるかはその時は知らなかった。


そこからは思い出せず気が付いた時には自分の部屋で朝を迎えていた。

机の上にあるメモに学校の休み連絡をしたという旨とひどい熱だから薬を服用するようにと記されていた。



それにしても一世一代の大事なタイミングで砂時計を割ってしまうなんて。

穿った見方をするなら、大事なところでミスをする私は”人間らしい人間”として完璧で最高傑作だけど。


一人目の私が『完璧な主人公』なら二人目の私はなんだろう。

呪縛から解放された第二の私は自由。

その事実が何よりも心を締め付け、自由ほど不自由なことはないと知った。

何故か誰にも愛されていないという空虚な心だけが残った。


第二の私。

名前も忘れられるようなサブキャラクター。

顔さえ描かれない通行人。

物語にすら登場できない大衆のひとり。

それでもいいから。

誰でもいいから。

もう一回、私に期待して欲しかった。

サポートしてくださるととても嬉しいです!サポートしていただいたお金は創作活動に使用させていただきます。