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幸せを手に入れる最後の方法 ~2年間のカウンセリング実録~ 27.カウンセラーを一人にするとき

 僕が感動のなかで卒業式を迎えている間も、咲笑ちゃんは戦いを続けていた。




「こんばんは。治しがいのないクライアントなもんで、控えていました。

病気になれたようです。

これで誰にも責められることなく、いなくなってあげられそうです。

ありがとうございました。」



「咲笑ちゃん、連絡ありがとう。
頑張ってたね。ちゃんと見てました。

でもカウンセラーを一人にするときは、幸せになった時だけだよ。」



「お返事ありがとう。
上手に、楽しそうにしていたと思います。

私を育てても、楽しいことはないよ。

3週間ほど下腹部が痛み、2日前から生理ではないのに出血しています。
世間はお盆休みです。病は気からとは本当です。


母には腹痛を報告しましたが、それよりも私が虐待をテーマにした映画を見たことが自分への当て付けに感じたようで、怒っています。

精神的な苦しみは軽んじられるので、肉体的なものとして表れたら分かってくれるかも、と期待しましたが、やはりそうはならないようです。


無駄な腹痛に苦しんでいますが、なんかもうここまでくるとどうでもいいです。

バロンのことだけが心配です。」




「僕は楽しい思いをするために咲笑ちゃんの話を聴いてるんじゃないよ。

育ててるんでもない。

僕をカウンセラーにしてくれたのが咲笑ちゃんだから、咲笑ちゃんが苦しくても他の誰かのことを考えられる人だから、寄り添いたいんだよ。


咲笑ちゃんは優しいね。お母さんとの関係を諦めずにいる。

咲笑ちゃん、今年の初めはあんなに幸せだったのに。きっと戻る方法があるよ。


バロンのためにも生きなきゃいけないけど、他にも生きる道は必ずあると思う。

僕はその方法を一緒に考えたいな。」




「母はまた怒っています。疲れました。

不倫も売春もドラッグも自殺もしてない私は本当に強いし偉いです。

まーくんに言っても仕方ないけど。私の努力は浮かばれないので、もうどうでもいいです。


母は自分がつらいということばかり主張します。子どもなんて生まなければ良かったのに、祖母の世間体のために私を生んだんです。」



そんな風に聞こえる。


お母さんも結局は他人だから、他人も過去も変えられない。

咲笑ちゃんにとって、本当に大事なことは何なんだろう?」




「そうです。ずっと前から。
ずっと。幼稚園の頃から。

私が死んでも、親より先に死んだ親不孝な娘を持った自分がかわいそう、と言うのだろうと思います。


無駄な命なら好きに生きてやろうと、なんとか前向きに、医療通訳の資格を取ろうと動き出したところでした。

一晩中、血が出ていたようで下腹部全体が痛いです。

これで死ねるかもという思いと、みんなに会えなくなる寂しさと、バロンへの心配とが、同時にあります。」



「そうか。幼稚園の頃からの思いが満たされてないから、未だにそのこだわりから離れられないんだね。


医療通訳って素敵だね。とってもいいと思う。

これでいいと思ってるのかもしれないけれど、身体は大事にしてね。




興味ないかもしれないけど、僕の話を少しさせてください。


僕も、親から愛されてないと思いながら生きてきて、結婚は自分の幸せな家庭を作るためのものでした。


ありがたいことに2人の子供に恵まれたけど、夫婦・家庭共に円満には程遠い状況。


単身赴任が終わってせっかく家族で暮らせるようになったのに、娘は妻から暴力を振るわれたと家出はするわ警察に行くわ。

妻も『結婚してから何一つ良いことがない。』って、いつも言ってる。」



「ほんとに?仲良しじゃなかったの?」



「ほんとだよ。ほとんど誰にも言ってないけど。仲良くしようと思って頑張っても、一時のことで、すぐに元通り。

妻が言うには、僕のことは嫌いだし娘のことも可愛いと思ったことがないらしい。

まあ、そこは本当は違うって信じてるけど。


でも、腹を割って話せば話すほど厳しい状況が明らかになっていく。

僕の頑張りなんて何の役にも立ってないらしい。

心理カウンセラーになっても、自分のことは全く駄目で嫌になる。


幸せな家庭で、家族が一緒に笑って食事をすることしか求めてないのに、そのハードルが凄く高い。

自分が求めているものって簡単そうで、実は手に入れるのは凄く難しいものなのかもって、最近よく思う。


でもね、僕はいま恵まれてると思ってる。心理学を学んで、いろんなことに気付いて、心理カウンセラーになって、たくさんの人の悩みを知ることができて、時にはその人の支えになれる。


あるもんじゃない。

だから、僕は目の前にある幸せに目を向けることにしたんだ。


これはひょっとすると、逃げてるのかもしれないね。

でも頑張るのに疲れたら、少しは逃げてもいいと思うんだ。

またいつか戻って頑張ろうって、そう思ってる。


咲笑ちゃんに僕の価値観を押し付けるつもりは全くありません。人によって生き方も大事なものも違うから。


そもそも、咲笑ちゃんが『お母さんとの関わりを持たないようにする。』って言った時に、『いろんな選択肢を持って欲しい。』って言ったのは僕だよね。


そんな咲笑ちゃんが苦しんでいるのは、僕の言葉が咲笑ちゃんに合ってなかったのかもしれないって、そんな風にも思って。


咲笑ちゃんに今、どんな言葉をかけたらいいのか、よく分からなかったので、少し自分の話をしてみました。

今つらいのは咲笑ちゃんなのに、勝手に長々と話してごめんね。」



「話してくれてありがとう。

数ヵ月前に思い付いたことなんだけど、選ばれた個体しか繁殖したら駄目なんだと思う。

人間が簡単に増殖しすぎてるんだと思う。


円満な家庭で育って大きな傷を負わずに生きてきた人は、探せば誰の周りにもそれなりにいるわけで。

そんな人だけが子どもを生んだらいいと思う。


頑張れば、勉強すればちゃんと親になれるっていうのは幻想で、私みたいな劣った個体は次の世代に劣った遺伝子を残すべきでないと。

そう考えてたら婦人科系の病気になった。


まーくん、つらい状況だったのね。

でも、娘さんにはまーくんがいてよかったね。

奥様の過去に何があったのかはわからないけど、奥様も何か傷があるんだろうね。


私の母も、私をかわいいと思ったことはないのかもしれないね、本当は。」




 咲笑ちゃんの苦しみは、これまで最大のものになっている様子で、この後に受け取ったメッセージでも、回復の気配は無かった。




「まーくん、先日はごめんね。気分を害されたことと思います。

これまで、人を不快にさせないように気を付けてきましたが、もうそこまで考えられなくなったようです。


まーくん、今までたくさん助けてくれたのに、犠牲者にしてしまってごめんね。

全部ありがとう。もう、私を助けようと思わなくていいよ。

役に立たないクライアントでごめんなさい。」



「咲笑ちゃん、大丈夫だよ。

僕は咲笑ちゃんのカウンセラーだから。

それと残念ながら、僕に出来るのは話を聴くことと、伝えることだけ。」



「ううん、もういいよ。ごめんねほんとに。
時間割いてくれたのに。」



「咲笑ちゃんが僕をいらないって言うのなら、僕にはなんにもできない。

でも僕は、いつまでも咲笑ちゃんのカウンセラーのつもりだから。


カウンセラーはね、人を救うことなんてできない。出来るのはお手伝い。

僕をカウンセラーにしてくれた咲笑ちゃんのお手伝いを僕は続けるよ。


カウンセラーとして僕を一人にしてくれる時まで、それは変わらないから。」










幸せを手に入れる最後の方法
~2年間のカウンセリング実録~



最後までお読みくださり、ありがとうございました。



心と身体は繋がっています。


心が不調なとき、ストレスが大きいときは、身体が頑張ってくれています。


だから、身体のケアをしっかりしないと、身体的な不調が顕れてくることもあります。


心が苦しい時には身体を、身体が不調な時には心を、そんなサポートを心がけたいものですね。




次回はまた明日更新します。
よろしければ是非おつきあいください。

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