たぬきと越冬する話
最近急に寒くなってきた。サッカー部の活動を終えて親友と帰宅していると、「さむい、さむい」と彼は言い止まない。
私は今日手袋を新調していた。今つけてるのは内側がもこもこしているニット製のやつで、着け心地も防寒もバッチリだ。
「いいな~それ。俺にも片方貸してくれよ」
「貸した方の手が寒くなるだろ。ヤだよ」
彼はちぇっ、と顔をそらした。
「人間は動物と違って『毛』がないからな。
こういうときはうちの”もなか”がうらやましいぜ」
もなかというのはうちの飼い犬だ。耳が茶色、胴体が黒っぽいコーギーなのでもなかという名前を付けた。
「それありだな。その案採用する」
そういうと彼は周囲をきょろきょろと見回す。何をしているのだろうと思うと周囲に目をそらした瞬間、視線を戻すとそこには一匹のタヌキがいた。
親友はどこに行ったのだろう、と探そうとするとそのタヌキが話しかけてきた。
「俺はここだよ」
「うわ、タヌキがしゃべった」
「さっきまでここにいただろうが。あ、わりい。今度なにか奢るから俺がさっきまで着てた服持っていってくれね?」
仕方なく私は彼がさっきまで来ていたジャージを適当に畳みわきに抱える。タヌキは勉強用具が入った自分のカバンをうまいこと背負って走り出した。
「なあ」
はあっはあっ、と白い息を吐きながら彼に聞いてみる。
「ん?」
「普通こういうのって、ずっと正体は隠して人間生活に溶け込むようなもんじゃないのか」
「別にお前にバレたって問題ないだろ。誰かに言いふらすか?
俺はそんなことよりも今寒くない方が重要なの」
タヌキは普段通っているアスファルトの道路ではなく、ちょっとした山道を走っていく。こっちの方が近道なのだと以前彼は言っていた。
傍から見たら私は童心に帰って、野生動物と戯れているようにも見えるかもしれない。
親友の家に着くとタヌキは言った。
「やっぱ、タヌキの方がいいな。冬は俺たち自然の毛皮のコート着てるみたいなもんだし、なにより人間は冬は着るもんが多くて身体が縛られてるような感じがする」
「そういうものなのか」
「そういうもんなのよ。あ~俺もほかのやつらと一緒にタヌキのままで越冬しようかねえ」
このままだと、彼とは半年近くは会えなくなってしまうだろう。それはちょっと困る。
「来月、サッカーの公式試合があるだろ。それはどうるんだよ」
「あ~まあそれはそうだな……」
「お前のマイペースさをタヌキさ加減まで振り切ったら、本当に人里に戻ってこなくなりそうだ。早く人間に戻ってくれ」
そういうもんかねえ、と彼は仕方なく人間に戻った。素っ裸の姿で。
服を着なおしながら、彼は
「人間の方が歩幅がデカいから走っていて気持ちいいけど。やっぱり何重にも服を着るのはめんどいなあ」
と相変わらずぼやいている。
「そんなこといわれても……動物っていうのはみなそんなものなのか?」
そういうもんなんだよ。彼はそう言ってジャージのファスナーを閉める。
「じゃ、また明日」
そう言って彼は玄関から家に入っていった。彼の家が洞穴とかじゃなくてちょっとだけホッとした。
私も自分の家に戻る。おかえりと母の出迎える声が聞こえてきた。
リビングの方を見やると、もなかがこちらにハッハッと鼻息を鳴らしながら寄ってきた。もなかは普段見たことのない、緑と白のボーダーのタンクトップを着ていた。
「最近寒いでしょ。もなかにも何か着せてあげようとおもって」
私はもなかの服を脱がしてやる。もなかはされるがままになっていた。
「その……こういうのって動物にとっては身体が窮屈になるみたいだから。それにもなか、自分の毛皮があるんだからこんな服いらないでしょ」
「そういうものなの」
「そういうもんだよ」
俺の親友が言うから間違いない、そう付け加えると母は怪訝そうな顔をしていた。もなかの服を脱がし終える。
もなかはブフォ、と喜んでいるのかよくわからない鼻息を鳴らした。
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