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サウンドオブジェとしてのルーブ・ゴールドバーグ・マシンの機能、その音景観

 神戸市の神戸ハーバーランド;キャナルガーデンにはボールマシン(愛称「ディンドン」)が設置されている。ジョージ・ローズ(George Rhoads)が制作したもので、彼は多くの作品を様々な場所に残している。ルーブ・ゴールドバーグ・マシンはいわゆるピタゴラ装置(スイッチ)であるが、ボールマシンは中でもボールの運動に限定したピタゴラ装置であると解釈できる。
 外観はかなり人工的、機械的な印象を受ける。あるいは色合いや上部にある形状からカンディンスキーの抽象画を想起させるような様相である。アンバランスなその形は人々を惹きつける契機となっている。
 また、細かく見ていくと上昇したボールが上からゆっくりと下降する様子が見られる。遠回りにぐるぐると移動したり、軽く跳んでいったりと見る者を飽きさせない工夫が凝らされている。また下半分の動きと上半分の動きは繋がっていないため、両方を同時に見ることができない。それもまた長い間、人が思わず見てしまう理由になっている。色使いがカラフルで子供のみでなく、大人にも程よい刺激を与える。

 昼近くになると子供が集まってきた。このオブジェは見事にこのショッピング街の路上という空間に溶け込んでいた。いや、かなりの存在感を発揮していたものの人々に受け入れられていた。音に注目してみると、シャララランと透明度の高い楽音が時折聞こえること以外は比較的静かにポンと鳴る音や、キリキリと玉が上昇する際の音、移動するときのカラカラというような音が鳴っていた。シャララランというクリアな音も際立って聞こえるものの、比較的優しい音色であった。外観のユニークさや内部の入り組んだ構造は人を惹きつけ、音があることで魅力を増しながらも、人々にそっと寄り添っているようであった。ディンドン以外の周囲にある音も騒がしいものがないというのがこの空間の特徴である。さらにはショッピングモールという空間にこのオブジェが作られたということも無視できない。急いで服飾や雑貨を買いに来る人はあまりいない。そして無音ではないものの決して騒がしくない環境があるからこそゆったりとその音色や細部に注目することができるのである。癒しやちょっとした楽しみを与えるという点で、音景観に寄り添うことのできるオブジェになっていた。さらにその音空間には子供の声やその親の声が聞こえる。

 ディンドンのそばにいることは「ちょっとした幸福」の体験であり、自覚であった。多忙であったら静かに佇むそのオブジェに気づくことはない。すぐに通りすぎてしまうため不快に感じることも少ないはずである。しかし、ちょっと立ち止まってみると、オブジェそのものによる情感喚起をなされたり、その空間における音の効果を受け取ったり、それらによる癒しや娯楽を受け取ったりすることが可能である。

 ふと、音楽がどのように人に関与するのか、どうあるべきかを考えることがある。ディンドンとその周囲の空間を前に、音楽が人にとってどのような存在であるべきかその一例を提示されたような心地になった。傲慢に何か教訓めいたことを音楽は人にするのではない、そっと生活に寄り添うことでささやかながらもその人の心を豊かにするものであってほしいし、そういったものを作りたいという願望を抱くことができた。

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