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塀のない刑務所(大井造船作業場)①

 舎房の中は、昼間だというのに薄暗い。
流し台の前に立ち、手を洗いながら鉄格子の向こうに、何気に外に目をやると、五月の陽射しが中庭のアスファルトに照り返し、薄暗さに慣れ切った脳には眩しく、目を細めた。
 しかし陽射しは、舎房の中までは届かない。

 ここでは立ち上がり、外を眺めているだけで、刑務官に注意を受けるような場所である。
 私は、注意されるのも面倒くさいと思い、小さくため息をつきながら、自分の小机の前に座った。
 私が居住している舎房は、八畳一間に、私を含む七人の大の大人の男が詰め込まれている。そこは雑居房と呼ばれている。
 舎房の中は七人の体温や、吐き出された二酸化炭素、汗ばんだ体臭が、ヘドロのように、いつまでも澱んでいる。ジメジメと暑く、そして臭い。
 錆びついた鉄格子に囲われた窓ガラスは、全開なのに風はひと吹きさえも
はいってこない。おそらく、鉄格子の向こうにそびえ建つ、灰色の高い塀が風さえも遮断しているのだろう。

 土日、祝祭日は、免業日と名付けられ、刑務作業は休みとなり、一日中雑居房で過ごさなければならない。ゴールデンウィークなんて最悪である。
 そんな免業日は、綺麗すぎるほど綺麗に畳んだ寝具の前に各々の小机を出し、手紙を書く人、ノートに絵を描く人。(絵の上手さは服役年数に比例するのでは、と思うほど長く服役している人はかなり上手い。)
他には、官本や自分で購入した漫画や週刊誌を読んでいる人。皆何かしらやりながら、どうでもいいような雑談で、時間が通り過ぎるのを待っている。
 時間は有り余っている。塀の中の時間は、一般社会の時間の流れの十分の一ではないかと思うぐらいに、ゆっくりとしたスピードで流れている。
 時間が足りないと、忙しくしている一般社会の人達に、ましてや被害者の方に怒られると思うが、そういう忙しい人達に売れるものなら売りたいぐらいに時間は有り余っている。
 そんな事を思いながら、私も長い免業日の時間を持て余していた。
 ストレスを溜めながら、お互いに気を使い、狭い空間で生活する中で、全員の興味が一致するのが、唯一仮釈放の話題である。

 「洗濯工場のAが、釈前房に引き込んだってよ。」
すると「いいなぁ、俺も早く出たいよぉ。」と別の同囚が、声のボリュームを少し上げ、全員の気持ちを口にした。
 「仮釈どれぐらいもらえたんだろう?」
「6ピンらしいよ。」と誰の会話にも参加したがる、部屋一番のオシャベリ君が言った。
 なぜ他の舎房、他の工場の人と話をする機会もない、閉じ込められた世界の中で、6ピンとわかるのだろう?他の舎房や工場の人の話は、何処からの情報なんだろう?私はいつも不思議に思っていた。けれどそれを、問いただした事はない。
 「4ピンとか3ピンってもうないのかなぁ。」とまた誰かが呟く。
 法律では、刑期の三分の一を過ぎると仮釈の対象となるらしいが、実際にはそんな事はありえない。
 「6ピンだっていい方だろう。」
6ピンというのは、刑期の六分の一を残して出所する事である。
 続けてオシャベリ君が「炊場でも4ピンはないってよ。」
 炊場とは、刑務所に収監されている受刑者の食事を作る工場で、他の工場の刑務作業より、朝早く、終わる時間も遅いので、仮釈が優遇されているらしい。
 官本や、受刑者が購入した書籍や雑誌の管理をする図書係と炊場は、刑務所のエリートと呼ばれている。

 私はノートに、4ピンならいつ頃か、その時息子は何歳で、5ピンならいつ頃で、その時息子は何年生で、そんな計算を、同じ事を何度も繰り返し、何度もノートに書いていた。

 そんな仮釈の話題の中、50代で元地方銀行のシステムエンジニアの生業に就きながら、その知識と技術で、銀行のお金を横領したとして、詐欺罪で服役しているMさんが、「松山刑務所の造船所の職業訓練に行くと2ピンもあるらしいよ。」と言ってきた。すると全員が一斉に
「2ピンは言い過ぎだろ」
「2ピンって半分だぜ」「ないない、そんなの嘘、嘘」と
全員が否定した。
 私もどうせ刑務所特有のホラか知ったかぶりだろうと、思いながらも
無意識に、反射的に、「造船所の職業訓練ってどんな所?」と聞いていた。
 私は、その日から【松山刑務所の造船所】の事が、頭から離れなくなっていた。
 私はとにかく早く出たかった。私に限らずここに居る者は皆同じだろう。
だからこそ、ストレスを溜め込みながらも、何事もない様に、何事も起こさない様に、ただひたすら時が過ぎるのを待っているのだろう。

       今回はここまでですいません。
       次は1週間から10日ぐらいで投稿したいと思っています。
       頑張って書いていきますので
       よろしくお願いいたします。

              

     

拙い文章ですが、サポートしていただけたら幸いです。