見出し画像

ミュージアムの中の人がこってり語る 「オリンピックに芸術競技が存在していたという衝撃の事実」

自己紹介はあらためて行いますが、いろいろな業界を見聞きした経験をもとに、現在関わっているミュージアム業界(そんな言葉ないw)についての(あまり知られていない)ことを中心にご紹介できればと思い、noteをスタートすることにしました。で、今回のネタは「オリンピックに芸術競技が存在していたという衝撃の事実」。ではどうぞ。


今回の緊急事態宣言の発令の際、SNSなどで語られていた言葉の中に違和感を禁じえなかった言葉がありました。それが「オリンピックのために文化施設が犠牲になるのは許せない」的なニュアンスの言葉、でした。


確かにこれまでの緊急事態宣言をめぐる様々な対応の、その背景のひとつとして、オリンピックに関わるいろいろな事象を意識したであろうことは、ほぼすべての日本国民がイメージできることでしょう。


まあ、だってこれまでに数年の歳月をかけていろいろな準備もしてきているし、開催できるんならしたいよね、というのはオリンピックに限らず、展覧会も同様のこと。オリンピック関係者の方々の気持ちはわかりますよ。


一方で、リアルタイムで継続中の第3回緊急事態宣言で、対象エリアの文化施設が臨時休館に追いやられてしまったのは、「まずは人流を減らしましょう」という観点で止むを得ないもの。個人的にはこの認識です。東京や大阪などの医療状況を考えても、感染拡大につながる大元の部分で協力できるのであれば、という考えです(だとすれば、もっと他に策はないのか、とも思うのですが)。


ちなみに、感染者も増え、医療状況的に厳しい段階にあるため「まずは人流を減らしましょう」という観点で緊急事態宣言が出て、文化施設にも休業要請が出た。この流れの中で「オリンピック」という要素は大きな鍵を握るものではないはずです。少なくとも私が所属するミュージアムの現場サイドでは「オリンピックのために臨時休館になった」という感覚はありません。もちろん、そういう感覚の方もいるとは思いますし、否定はしません。


ここからはそもそもの話になります。


そもそもの話①
現場的に、インバウンドはオリンピック頼み


もともと2020年の夏に東京オリンピック・パラリンピックが開催される予定でした。スポーツビジネス的な流れで言えば、

2019年|ラグビーワールドカップ
2020年|東京オリンピック・パラリンピック
2021年|ワールドマスターズゲームズ関西


と、大型スポーツイベントが1つの国で3年続くことは世界的に見てもレアなことから、「ゴールデン・スポーツイヤーズ」と名づけられ、スポーツだけでなくインバウンドを含めた観光、経済面でも注目される事象としてクローズアップされていました。


特に2020年は、文化庁も「日本博」と銘打って各地の文化施設で、インバウンドの取り込みに力を入れる政策が打ち出されました。残念ながら、コロナ禍で吹っ飛んでしまいましたが、首都圏中心に各地の文化施設でも派手目な展覧会が予定されていたのはそのような背景があってのこと。

事実、私が所属するミュージアムでも2020年の夏はインバウンドの取り込みを意識した展覧会スケジュールになっていました。


少なくとも今年の年始の時点では、なんとかオリンピックも開催されてインバウンドは難しくても国内での移動が元に戻るように、当然そこにはオリンピックも含めて…という期待もあったはずですが、残念ながら年明け早々に第2回緊急事態宣言が出て、今に至る、という軽い絶望的な感じの中にいます。だって年度の収支計画が…って話です。


そもそもの話②
スポーツも文化である

だって、昔はオリンピックに芸術競技が存在してた


中学校くらいからの部活を文化系、体育系に分ける傾向がよくないんだと思うんですが、どうも文化とスポーツを二元論的にとらえたがる、よくない風潮がありますよね。


そんな二元論原理主義者みたいなみなさんにぜひともご紹介したいのが、かつてオリンピックには芸術競技も存在していた、ということ。くわしくはリンク先を確認いただきたいのですが、

もともと近代オリンピックの父といわれるクーベルタン男爵は芸術にも明るく、1912年から1948年までの間、他のスポーツ競技同様にメダルを授与する芸術競技が行われた、と。だから、世界的な認識の中ではスポーツも文化のひとつなんですよ、と。そして、文化芸術とは相容れないもの、みたいな考え方ってそもそもおかしくないですか、という話です。まあ、残念ながら日本勢はメダル獲得までは行かなかったようですが。


もっとも1984年のロサンゼルス大会から「オリンピックの商業化(放映権料、スポンサー料、入場料、物販)」に舵をきってしまったがために、クーベルタン男爵の高邁な理想は、いまや見る影もないことは明らかな事実であり、これが故にもはや2020東京オリンピック・パラリンピックはどうしようもないところまで来てしまっているわけですが。


で、冒頭の言葉に戻るわけですが、仮にですよ、「東京オリンピック・パラリンピックを無事に開催させるために期間中はすべての文化施設は臨時休館で」とか「東京オリンピック・パラリンピックを開催しないから文化施設も休館で」っていわれたらそれはまさに「オリンピックのために文化施設が犠牲になるのは許せない」と大声で叫ぶわけですが、そうでもないこの状況下で「オリンピックのために文化施設が犠牲になるのは許せない」というのは個人的には違うよね、と感じざるを得ないわけです。


今の時点で言えるのは、医療状況も改善され、日本国内での移動はありな前提で既にチケット保有者のみの観戦ができる状態での縮小開催がベターなカタチだとは思います。だって上のような状況でありながらオリンピック・パラリンピックも開催できない状況って、国内の雰囲気的に相当ヤバいことが予想されるから。いや、もう、もたないでしょ。さらにいえば、そもそもワクチンだってどうなんだ、って話でしょ。


まあ、でも、キビしそうっすよね、現実的にはね。
なんかテンション下り目なので
Twitterでも話題になっていたこちらの動画をぜひ。
まさにスポーツは文化である、と。