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爛漫1 織末彬義【創作BL小説・18禁】

第一章

「ね、兄弟?」
「兄弟っぽいよね」
 二人はそっくりではないが、兄弟と判るくらいは似ている。
 どちらも高級スーツを着ている。
 兄の晃は英国製のかっちりしたスーツ、弟の逞はイタリア製のボディに沿った立体的カットのスーツ、それぞれの個性を際立たせ魅力的に引き立てている。
 一人でも目立つのに、それが二人揃っていた。
 どこにいてもその場にいる周囲の好奇心を煽って、密かな注目を集めている。
 今日は覇彦はひこと蓮司のクリスマスプレゼントを探しに都心にある高級ショッピング街に来ていた。
 たくまは兄と二人きりに上機嫌だ。
 逢った早々、イタリアンを食べて、ショッピングを再開する。
 蓮司のリクエストは六人全員お揃いのパジャマでクリスマスはパジャマパーティーをしたい。
 それと戦隊もののおもちゃと、ま、小二らしい。 
 覇彦は顕微鏡と望遠鏡が欲しいとなんだか観たい対象が極端な希望だ。
 おもちゃ、顕微鏡類はネットで買ったが。
 パジャマは逞が見て選びたいと言う。
 それに晃は宝来に逞は椿へ、夫々それぞれのパートナーにプレゼントを買いたかった。
 いつも買ってもらうばかりでクリスマスくらいはと思う。
 相手のプレゼントを一緒の時には買えない。
 それで二人の利害が一致していた。
 歩いて、先刻の声の主から離れはしたが。
 気になる店の前に立ち止まると、また声がする。
「あらステキ」
 その声に逞は密かに気を良くする。
 逞は椿と付き合うまで、それなりにハンサムだと自負していたが、こうあからさまに誉められたことがない。
 それが椿と暮らして半年過ぎた辺りから、遠巻きに見られたり、褒める声が耳に入ったりするようになった。
 兄と居るともっとそうだ。 
 囁き声がすると逞は、耳をダンボにしてつい聞き入ってしまう。
 兄は聞いているのか、聞いていないのか。
 表情も態度も変わらず、逞にも判らない。
 こう言われたよと伝えれば、叱られるだけなのは兄の性格を知っている逞は容易に察しがついた。
 だから、この件で兄弟が話したことはない。
 これまで言われたことがないのは彼自身が自分の魅力を半分以下にする誤った自己プロデュースをし続けて来たからだ。
 そんな逞に比べ、絶対に兄の方が言われ慣れている筈だ。
「兄弟だよね。」
 また、違う声がした。
 こういう街の声は、相手に聞こえないと思って話している人と、聞こえるように話して、それに反応をしてくれればあわよくばお話したい、知り合いになりたいと思ってしている人がいる。
 どこの誰とも判らない相手と無闇矢鱈(むやみやたら)に話すのは、相応のリスクがあり、逞は今更ながら椿に知らない人と話してはいけないと禁止されていた。
 逞は椿に言われたことはちゃんと守る。
 だから、聴き耳は立てていても、態度では反応を示さない。
「背が高い方がお兄さんかな」
 思わず、目線を動かし、兄を視た。
 あ、聞いてた。
 逞は兄がピクリと反応するのを見逃さない。
 柳眉を逆立て機嫌を悪くしている。
 この年の差で逆に間違われるのは、凄いことだと思うが。
 逞が兄なら、嬉しいと思うのに‥。
 それを言えば、逆鱗に触れてしまう。
 わざわざ火中の栗を拾いに行くほど逞もバカじゃない。
 さて、どう話題を転化したものか。
 当たり障りなく話の矛先を変えようと周囲を見回す。
「あ、椿」
 椿を観た途端、何もかもが吹っ飛び逞は走り出す。
「きゃっ」
「へ」
「わっ」
 運動神経のいい逞が誰かにぶつかる訳でもないが、脇を走り抜ける人物に驚く声が幾つもする。
 背後で「逞」と呼び止める慌てた兄の声がするが、もう遅い。
 椿は手慣れた動作で、無邪気に走り寄る逞を抱き留め、一瞬、軽々と抱き上げた。
 気付いて観ている人々から感嘆の溜め息が漏れる。
 外国の恋人同士みたいだ。
「早かったね~。宝来は」
「宝来の方が一足遅かった。もうそろそろだろ」
 話している、その横を晃が通り過ぎる。
 晃が向かう先を二人で観れば、宝来がいる。
 晃がぴたっと宝来に密着していた。
 いつもは人前で甘えない晃の豹変に宝来は口元を弛めながら、椿と逞を見る。
 パーティーから帰って来てからは、積極的に兄に会わせてくれる宝来は逞の【敵】認定から外された。
 宝来を目の敵にしていたら、兄が逢ってくれなくなる。
 逞は目で宝来に後でと告げる。
 宝来も目で合図した。
「買い物は済んだのか?」
 椿に尋ねられ、逞は曖昧に首を傾げた。
 そんな仕草も可愛くて仕方がない。
「半分?パジャマはまだ、椿達が歩いて来た向こうにある店なんだけど」
 椿に腰を抱かれて歩き出す。
 ゆっくりと宝来達に近づく。
 晃はスーツの内側に入り込み、宝来のワイシャツに直に触れていた。  
宝来の脇の下に潜り込んでいる。
 スーツの上衣の下で俯(うつむ)いていた。
 くやしい。
 立ち居振る舞いを大人として常々心配りし、常識的であることを常々心がけているのに。
 あんな自由に振る舞う弟の下に思われるのは心底、心外だ。
 晃は自信を喪失している。
 誰にも見られたくなくて、宝来の半身に密着していた。
 そのままで肩を抱かれて歩くよう誘導される。


第二章 

 合流した四人は晃に合わせ、ゆったりした歩調で寝具専門店に入る。 
 海外も含め、取り扱いメーカーが多彩だ。
 親子パジャマもサイズ豊富に揃っている。
 希望を聞いた店員がサイズのある候補をベッドの上に並べてくれた。
 四人での買い物が楽しい。
 デザインがおそろいで色違いのパジャマに決める。
 駐車場クロークに荷物を預けるポーターサービスを頼む。
 晃はショックのあまり外部を完全に遮断していた。
 そんな姿をこれまで観たことがない。
 高三で出ていく迄、家での兄は年齢差もあり、逞にとっていつも冷静な印象しかない。
 それは宝来あってのことだったのだと気付く。
 当時のイメージと、それを思い返す椿と暮らして気が付いた今の逞の目線は変わった。
 過去の記憶が紐解かれていく。
 母は共働きで、四人の子育てをした。 
 兄弟が多いのもあるが、母は性格的にクールだ。
 それでも子供の頃を思い出せば、末っ子の逞は兄よりは甘くされた記憶が断片的にある。
 不足する時間や、限られた手の状況で、晃に我慢を強(し)いる場面が多かった。
 兄は、目の前の男が毎日、家に誘うから宝来の家で半分育てられたようなものだ。
 だから自宅で理不尽な我慢ばかりを強いられても落ち着いていられたのだろう。
 ショックを受けた兄が迷いなく宝来に頼り、甘えられた宝来がそれは優しく受け止めている。
 宝来の態度が、それはそれは嬉しそうで、以前ならジェラシーで憤死できただろうが。
 今は違う。
 逞は隣の椿を見上げる。
 椿はそれを待っていて、優しく背を撫でてくれた。
 逞は椿に甘えて受け止めて貰って充足する。

 

第三章

 すっかりといじけてしまった晃は憮然とした表情でもう宝来しか見てない。
 宝来が珈琲タイムにしようと提案する。
 椿がショッピング街に隣接したホテルの名をあげ、そこにしようと宝来と椿が即決する。
 逞は兄の知らなかった一面を知り、兄が宝来の家に入り浸っていた真意を理解する。
 春夏冬休みは、殆ど寝にしか帰って来ない。
 泊らないのがある種のけじめで、兄弟の母は手がかかる子供が一人減り、助かったスタンスでそれを許していた。
 長期休み以外は、宝来の家に遊びに行っても夕飯前には帰っていたし、兄弟の交流も兄が高校卒業間際までは保たれていた。
 兄が宝来家に去り、それでも目の前にある家だし、逢えるだろうと楽観視して見送った二人の後ろ姿が逞のトラウマになった。
 それきり二度と逢えなかったからだ。
 
 宝来と兄の晃。

 二人の余りに凄い良い仲の良さというのは、疎外されている側の方がそれを強く感じるものだ。
 宝来の一途な愛情は兄にしか向けられず、逞は、宝来に兄を盗られる緊迫感が半端なく、子供心に危機感を感じていた。
 逞は宝来に強烈な反発心を持っていた。
 だからとても酷い悪戯をした。
 それで宝来家を出入り禁止になったことも鮮明に思い出した。
 あの時はせずにおられなかったが。
 逞は出入り禁止の儘となり兄と逢えなくなった。
 今は原因とそれによる結果が理解できる。
 それは過ぎたことだ。
 椿が隣にいてくれて、兄とも再会し、こうしてともに過ごせることが出来る。
 それは逞には素晴らしい世界だ。
「どうした?」
 逞が前に来るから椿は歩をゆるめる。
 見上げる逞の瞳が潤んで唇が小さく開かれた。
 キスをせがんで誘う。
 椿は微笑み、周囲から隠すように抱き締め熱烈にくちづける。
 雑踏にあって一瞬だが、余韻は強烈だ。
 そして、うっとりした逞の背を抱いて歩き出す。

 ホテルロビーフロアにあるカフェでソファ席に案内される。
 メニューを開き、検討する。
 海老のカクテル、ソーセージの盛り合わせ、カナッペやクラブハウスサンドイッチなどシェアするのをあれこれ注文する。
 それぞれ好きな飲み物を選ぶ。
 宝来はブランデー、椿はワイン、逞は最初にシャンパンを頼んでいたが、ドイツフェアのソーセージとアイスバインが注文されると、黒ビールに趣旨替えする。
 晃だけノンアルコールのポットで紅茶を頼む。
 砂時計付きで運ばれてきた。
 晃は砂時計が落ちる時間を待って、優雅な仕草でカップに注ぐ。
 紅茶を口にして、吐息をひとつ。
 兄の呼吸がゆったりとしているのに気付いて逞が視線を上げると、いつもの兄だ。
 向かいに座っていた逞はグラス片手に移動して、兄の隣に座ろうとする。
「狭いだろ、向こうに戻れ」
 晃は冷たく言い放つ。
 それはいつもの兄でもあるから逞は平気だ。
 ムリにでも隣に座ろうとする。
「お待たせ致しました。あら、仲のよろしいことで、お兄様は大変ですわね。」
 黒のロングスカート、白のリボンブラウスの接客係はカートを押して料理を運んでくる。
 彼女の言葉は晃に向けられている。
 一瞬、全体が静まり返った。
「あら、私」
 場の雰囲気に間違えたのかと焦る。
「いや、大丈夫だ。」
 見間違えたかと困り出した接客担当者を、宝来が間違えていないと、ちゃんとねぎらう。
 まだ逞から正しい事情は聴けてないが、晃の様子から、なんとはなしに察しがついた。
 逞を向かいの席に返そうとしていた晃はようやく兄気質を取り戻す。
 宝来側にズレ、座れるスペースを空けてやる。
「やった」
 逞はちゃっかり兄に抱きついて、叱られている。
 やんちゃな弟と兄の攻防をにこやかに微笑んで、接客係はプロの手際で配膳していく。
 椿はそれが逞なりの兄に対する気遣いとわかって好きにさせていた。
  初めて、クリスマスと正月を一緒に過ごすことにしており、その計画について色々と話すことはたくさんあった。

 

第四章

 覇彦と蓮司は祖父母にそれぞれ手を引かれ、空港を歩いていた。
 チケットやちょっとしたものを詰めた覇彦は背に背負う斜め掛けのバッグ、それより荷物が多い蓮司は背中全体サイズのリュックを背負っている。
「覇彦、蓮司に絶対チケットを持たせないでね」
 祖母が心配そうに念押しをする。
 電車のチケットは再発行が効かない。
 何度無くさないで、無くすから持ったらダメと言い聞かせても聞かずに手に持っては無くしてしまう前科持ちの蓮司だ。
 彼らにとってのママが本当のママになった。
 幼過ぎて何があったか記憶にないが兄弟はママに会いたいという気持ちがない。
 母を想い、恋い慕い泣くこともなかった。
 祖父母が目一杯愛情をこめて育ててくれている。
 なに不自由なく、私立の幼稚園の時は皆同じだと思っていたが、公立の小学校に通い始めると、色んな環境があると肌身で感じるようになった。
 それでも彼らは昔、心のネグレストを受けていて、そのキズは厳然とあった。
 だから今も逢いたいとは思わない。
 会う勇気はないが、遺伝子上のママがこの世から居なくなれば良いとまでは考えていなかった。
 ママが工事の穴に落ちて怪我をしたと聞いた時。
 ざまぁみろ、天罰だと思うべきだったのかもしれないが。
 彼らに生じたのは心配だった。
 蓮司はママにかなり似ているが、そっくりではない、ママの凛とした他の追随を許さない美しすぎる容姿は子供の目にも完璧に映る。
 子供だからこそ、純粋な目で人の容姿を容赦なく見ていることもある。
 宝来の家に生まれて、ママが晃だということは、凄く特別なことだとすぐ理解できた。
 最初は写真でもママを見れば泣いていたらしいが。
 暫らく見ないと幼児の記憶力は短い。
 忘れてしまった頭で写真を観ると、その玲瓏さに目を奪われた。
 この綺麗な人が自分達のママだと彼らは知っている。
 怪我をしたが、生きていてくれて嬉しかった。
 そのママが来ると聞いて、会いたいと思った。
 もう二度と会えないかもと思った双子は‥。
 遠くで観るだけで良いから会いたいと祖母にせがんだ。
 不意打ちでパパとママが居るところへ行った。
 ママは記憶が無いと云い、覚えてなくてごめんと謝った。
 双子が素直に抱きつくと、抱き締めてくれた。
 ハイテンションになってママに纏わりついて離れられなかった。
 一緒にごはんを食べて、まだ戸惑いのあった双子は、一方はまた来てと別れの挨拶をし、一方は寝落ちしていた。
 帰って一晩寝た後のほうが興奮の坩堝(るつぼ)になった。
 ママに逢った時のことを繰り返し、何百回と双子は話し合い続けた。
 双子は、ママに抱き締められた瞬間を忘れない。
 嬉しさでドキドキと心臓が暴れて死にそうだったと同じ感想を持っていた。
 それから、頻繁に九州に来てくれるようになった。
 ママの弟、逞お兄さんにも会った。
 それも不意打ちの一泊だけで、蓮司は朝見送れず、泣いた。
 なんで起こしてくれなかったと逞が帰った翌朝、床に突っ伏し涙が地図を描くほど泣いた。
 親達はよくもそんなに涙があるものだと驚く。
 朝、昼とハンストをした。
 そんな嘆く蓮司をママが膝に抱いて、クリスマスを一緒に過ごそうと言ってくれた。
 覇彦も蓮司を慰めるママにくっついていて一緒に嬉しすぎる提案を聞いた。
 ママと、逞お兄ちゃんと過ごせるクリスマスが嬉しくて、この素敵な魔法が解けたりしたら生きていけないと双子は思っていた。
 電話がかかって来ると、お仕事で駄目になったと言われるのではと恐怖し、顔が蒼白になる。
 電話は明日来るとか、クリスマスの打ち合わせで兄弟はどんどん幸せになっていった。
 クリスマスから、お正月までパパとママと過ごす。
 ジータとバータは別の親戚達とゴルフと温泉のある旅行に行くそうだ。
 バータがゴルフは久しぶりだと笑っていた。
 そんな祖父母に空港の受付けで明るく送り出され、航空会社の地上職員に飛行機に乗るまで案内してもらう。
 平日の朝の空港は閑散期だ。
 窓から見える、働く車の説明をしてくれたり、欲しいものがないか尋ねられたりしながら搭乗口まで案内された。
 ゲートが開くまで地上職員がついていてくれる。
 時間が来ると、赤ちゃん連れや、車椅子の方など、お手伝いが必要な小二の二人だけの小さな旅行者は最優先組だ。
 チケットを通し、進むと違う人が案内してくれる。
「ありがとうお姉さん」
 今まで送ってくれたお姉さんに笑顔で手を振る。
「良い旅を」
 お姉さんも兄弟に手を振る。
 通路を通り、席に案内された。
 覇彦が弟の蓮司に窓際を薦めた。
 蓮司は窓際に座り、窓から外を見る。
 覇彦は挨拶をした客室乗務員にまだ使えると聞き、ジジとババ、パパとママに飛行機に乗ったとメールしている。
 蓮司はまだ扱えない。
 ゲームはできるが、メールは覚える気がない。

「覇ちゃん、皆にメールしたと」
 蓮司は尋ねながら、兄のシートに座る。
 覇彦は慣れた動作で場所を開けた。
 まだ大人の座面の広さだと少し前後し、譲り合うと二人で座れた。
 双子の居る場所は静かだが、どんどん人が乗っているアナウンスが聞こえている。
 くっついて遊んでいるのはいつものことで、二人は機内でも動じず、ゆったりとくつろいでいた。


第五章

 「宝来様」
 1シートに収まってる小さな兄弟に客室乗務員が困った顔をしている。
「そろそろシートベルトを」
「はい」
「よかよ、どじょ」
 二人は前後してベルトがしやすいよう座り直して素直に応じる。
 蓮司がシートベルトを見つけた。
 客室乗務員に、ニコッと手渡そうとする。
 確かに長さを調節すれば二人を固定できる。
「すみません。安全の問題がありますので、離着陸は1シート1名様でお願いします。」
「ベルト締まると。かまわんとね。これで良かとに」
 蓮司はふくれっ面で立ち、渋々と席を移る。
 言いながらも、ちゃんと移動する蓮司に客室乗務員は笑顔だ。
 覇彦は、そんな蓮司の肩を叩き慰める。
 仲の良い双子に優しくお礼を言い、トランプと飛行機のフィギュアをくれた。
 飛行機は定刻に飛び立ち、シートベルトのサインが消える。
 陶器の食器で朝食が出される。
 渡されたメニューを見て、これ花椿おじちゃんの会社と客室乗務員に話す。
 宝来の子ならば、その会社が親戚なのもさもありなんと配膳した客室乗務員は真剣に応じてくれた。
 それは本格的な和食で、蓮司はつつき回すだけで食べられない。
 兄弟の様子を観ていた客室係は人数分はない隠しで持っているサンドイッチを出してくれた。
「あ、サンドイッチ」
「召し上がれますか?」
「食べられると、良かと?」
 メニューになかったのは蓮司にも判る。
「それと、お蕎麦か、うどん召し上がりますか?」
「蕎麦がいい」
 横から、覇彦が嬉しそうに注文する。
 蓮司に比べたら正式な和食を食べられたが、メニューにない蕎麦に覇彦も興味を引かれる。
「俺、うどんがよか」
「すぐご用意します。」
 サイドメニューのカップ蕎麦とうどんを双子達は機嫌よく食べる。
 間の小さなスペースにドリンクを置き、テーブルが畳まれる。
 そうなると蓮司は当然と兄のシートに座る。
 子供二人が見る度に座る配置が変わっているが、仲良く静かに遊んでいる。
 派手な叫びを上げたり、通路をうろうろしたりもしない。
 珍しく、とても良い子供のお客様だ。
 何よりタイプは違うが、綺麗な整った顔立ちをした子供二人のお世話は苦にならない。
 食後、暫らくすると蓮司が寝入り、覇彦に呼ばれる。窓際の席をリクライニングして、客室乗務員が蓮司を抱いて移動させた。
 そっと寝かせつけて毛布をかける。
「ありがとう」
 兄に丁寧にお礼された。
 安定飛行に入るとモバイルを使えるので、覇彦は使っていた。
 着陸前も蓮司は起きず、座席を完全には立たせず、対応する。
 飛行機が着陸し、眠そうな蓮司の手を引いた覇彦が飛行機を降りると地上職員が待機していた。
 待ち合わせの出口まで送られる。

「あ、逞お兄ちゃんだ」
 寝起きでよろよろ歩いていた蓮司は現金なものだ。
 逞を見た途端、スキップする。
 自分もいまだ走って椿に飛びつく逞は慣れたもので飛び込んで来る蓮司を抱き上げ大歓迎した。
 二人で派手にくるくる回る。
「逞、転ぶな」
 大イベント前に、逞と蓮司が怪我をしたら大変だ。
 晃は強めに注意する。
「ハハッ これくらい大丈夫、大丈夫」
 逞は笑い、釣られて蓮司も笑う。
 家族の迎えを確認した地上職員は挨拶して、立ち去る。

「ママ、お迎えありがとう」
 覇彦が周囲を見回してから、晃の手首に触れて小さな声で挨拶した。「覇彦、間(あいだ)という漢字習った?」
「? 習った。」
「間(ま)と読めるな」
「‥そうと」
 覇彦はママの顔を見ていた。
 誰が何と言おうと、自身のママは晃だ。
 遠慮がちに手の甲に触れた覇彦の手を晃は優しく握った。
「俺はお前達と一緒の時の徒名あだな間間あいだあいだで、間々田ままだから、これからは堂々と呼んでいいぞ」
「ママぁ!」
 ぶわ~っと一瞬で覇彦の涙腺が決壊する。
「ど、どしたと、覇ちゃん」
 慌てて蓮司は逞から降ろして貰う。
 号泣している兄に血相を変え、蓮司が駆け寄る。
 晃は駆けて来た蓮司にも同じ説明をする。

間々ママ~、ママぁ」
 蓮司もうわ~んと空を見上げ同じく号泣する。
 兄の晃がする蓮司への説明を共に聞いていた逞は感動し、泣いている蓮司を抱き上げた。
 抱いて運んでやろうと思ったが。
 これは思ったより重い。
「宝来」
「‥パパ‥間々がぁ‥ママァ」
  後ろから来た宝来がひょいと逞が抱いている蓮司を受け取り抱いた。
  蓮司は号泣して父親にしがみつく。
  宝来はすっかり慣れた手つきで蓮司の背を叩く。
  振り返ると椿が覇彦を抱いてやっている。
  こちらもしゃくりあげている。

  晃は大泣きするほど喜ばれ、嬉しいけど困ったなと困惑の表情で双子を観ていた。
  宝来と椿はどちらもこの先の休暇に向け、会社で最終調整をしていた。
  先に晃と逞を双子の迎えに行かせていた。

「出迎え間に合ったな」
  宝来が椿を見て、話す。
「どうにか」
  宝来も多忙だが、食品関係の椿は更に掻き入れ時だ。


第六章

「いこうか」
 空港の車乗り場へ向かう。
 泣き止んだ覇彦は途中で降り、自身で歩いたが。
 蓮司は降りず、遠慮もなく次々と指名して代わる代わる大人に抱き運ばれた。
 距離が短ければ、逞も抱いて運べた。
 空港から運転手付き車で、宝来の本宅に向かう。

 それはクリスマスパジャマパーティーの会場だ。
 会場は宝来の大学近くのマンションや、椿のマンションでも良いが、九州移住まで双子が住んでいた本宅が良いだろうとなっていた。
 双子は本宅のことを何も覚えてない。
 暮らしていたのは、それくらい小さな時のことだ。
 広さや規模も九州の邸宅と変わらず、双子はすぐに家に馴染む。
 高校から十年間の記憶がない晃も、自身が双子と暮らした記憶は無い。
 退院後は生活の中心がマンションでも必要に応じ、本宅も行き来している。
 一番、縁がないのは逞だ。
 物珍しそうに辺りを眺め回した。

「わぁクリスマスの木だ!」
 大きなクリスマスツリー用の木がリビングの窓際にある。
 蓮司がそれに走り寄る。
「これ本物と。」
「もみの木?」
 双子が木の周りをぐるぐる回る。

「そうだ、覇彦と蓮司は飾り付けを頼む」
「はーい」
「これ、好きに飾ってよかと?」
「いいぞ」
 新品箱入りのオーナメントが積まれていた。
 双子が箱を並べあれこれと相談し始める。
 パーティー飾り付けは逞と、双子達だ。
 逞がそばについて手伝うことにする。
 料理は宝来と椿がそれぞれ分担して作る。
 晃は料理の手伝いについた。
 頼まれた品を出したり、火加減を見たりと完全に助手役だ。
 双子を迎え、昼過ぎに本宅に到着。
 クリスマス準備を双子達に経験させようと、どれも準備に留めておいた。
 準備に、やることはたくさんあった。
 踏み台も使い、かなり高い所まで双子が飾り付けられた。
「おわったと」
「できた~」
「おわったらケーキをデコレーションするか?」
「すると」
 子供達をテーブルに呼ぶ。
 スポンジ台は前もって焼いて置いた。
 ケーキのデコレーションは子供達にさせる。
 ケーキ台に半分に分けたスポンジを乗せる。
「うわ、この台回る」
「これ楽しい~」
 まず、双子が好きなフルーツを並べていく。
 その隙間に生クリームをたっぷり塗る。
 上にスポンジを乗せ、全体を生クリームで真っ白にする。
 それが終わってから、生クリームを搾り器に入れ、飾りクリームとフルーツを飾る。
 出来上がったケーキはガラスの蓋をして冷蔵庫にしまう。
「クッキーを作るか」
「クッキー?」
 冷蔵庫から逞がクッキー種を出して来る。
「これを好きな形にして、この上に並べとけ」
 そのままの生地の白とココアで色づけした黒と、いろんな飾り材を出して貰う。
 双子に好きなものを作らせてくれる。
 立体的な車や、怪獣や、なんだかわからないものを並べた。
 分厚いものを焼くと、外側はカリ、中はふわとなって焼きたてを食べるとすごく美味しい。
「蓮ちゃん、クッキーが一番日持ちするから」
「夜はパーティーだから。」
「鶏の丸焼きとかあるから」
 何度も言われるのに、蓮司は頷きながら、どうしても行動が裏腹になる。
 両手いっぱいに自分が捏ねて仕上げたクッキーを鷲掴む。
 聞いているようで聞いておらず、本能に忠実だ。
「これ超うまか」
 蓮司の一番好きなクッキーになる。


第七章

 夜はご馳走だと言われるのに、目の前のクッキーにどうしても手がのびる。
 見兼ねた逞にパジャマになる前の入浴タイムだと連れ出される。
 その間にクッキーは高い場所に隠された。
 湯上り後はパーティーの始まりだ。
 丸鶏と七面鳥は自宅で焼いたほうが美味しい。
 手料理が美味しくなるものは作り、ケータリングも手配していた。

 双子がいるから、夕方からパーティー開始だ。
 シャンパンと、子供達もスパークリングジュースをグラスに乾杯する。
 まずは冷菜から取り分けられた。
「蓮司、今日は苦手なもの残していいから、いらないいらない騒ぐな。」
 宝来が取り分けながら釘を刺す。
「パパ、残して良かね」
「今日はいいぞ」
「うれしか」
 父の許可をもらい蓮司はうれしそうだ。
 パーティーメニューは蓮司の好きなものが多い。
 話しに花を咲かせながら、美味しい料理を食べる。
 和やかな空気に満たされる。
「ジータがね。」
 蓮司が、ふと思い出したように話し出す。
「家はぶっきょうとやけん、さんたはこんて言うと」
 蓮司のお喋りはなぜか、全部ひらがなで聞こえる。
「それでサンタは来ないのか?」
 逞が尋ねる。
「バータがね、サンタさんはミルクティが好きだから、窓際に置いておきましょうねって、窓のところにテーブルを運んで用意したと」
「そうするとサンタさんミルクティ飲みに来たと」
 蓮司は兄に同意を求める。
 覇彦は大きく頷いた。
「来る、仏教徒だからか、お手紙で頼んだものがなかなか来ないけどね」
 覇彦の性質はクールだ。
 蓮司がそれに反応して、見当違いなサンタさんのこれまでの行状を並び立て始めた。
 椿と逞、晃は真剣に聞いているが、宝来は席を外し、立ち去ってしまう。
 それに気がついた晃が後を追う。
 リビングの扉を閉じれば防音はしっかりしている。
 キッチンまで行けば完全にどちらの声も聞こえなくなる。
 宝来はキッチンで高らかに大笑いしている。
 晃が追ってきたのを知ると抱き締めて、髪にキスをする。
「蓮司の奴め、あれは自業自得ってやつだ」
 宝来と祖父母は、双子がサンタさんへお願いしたプレゼントのリサーチでこれまで悪戦苦闘していた経緯を晃に説明する。
 双子がサンタへ欲しいプレゼントを書いた手紙を書くが、これが解読できない。
 特に蓮司の手紙が難解だ。
 あの手この手で聞き出そうとするが、サンタさんの手紙は誰にも言ってはいけないと思い込んでいて口がかたいと云う。
「今年はやっと判ったからな、大丈夫だろう」
 双子はサンタクロースを信じていて、サンタさんからのプレゼントと、それぞれ大人達からのプレゼントが貰える。

 晃は宝来がキッチンに姿を消した理由がわかって一緒に微笑み笑った。
 なんとも蓮司らしい。
「双子が作ったケーキを持って行くか」
 やっと笑い終えた宝来は冷蔵庫からケーキを出す。
 皿や、ケーキナイフなどをカートに乗せて運ぶ。
「あ、俺達の作ったケーキと」
 蓮司が運ばれてきたケーキに興奮する。
 クッキーを食べた分、食べられないかと心配したが、広いリビングをずっと元気に駆け回り、蓮司は旺盛な食欲を発揮していた。
 自分達で生クリームを塗り、上も飾りつけをしたケーキは特別だ。
 目を輝かせている。
 記念写真を撮ってから、カットしてもらう。
「俺、このメロンがいい」
「覇彦は」
葡萄ぶどう
「じゃここな」
 双子が希望するカッティングをし、大人はサイズ申告だ。
 双子が飾り付けしたケーキだから、甘いものが苦手な大人も自立できない薄さでも受け取る。
 絶妙な甘さ控えめに仕上げてあり食べられた。
「ううっ たっ 楽しかっ」 
 ケーキを口にした蓮司が長く溜めをしてぷるぷる震えて叫ぶ。
「また、すると?」
 ケーキを食べながら泣き出す。
「来年もするし、蓮司、次はすぐ正月だ」
「正月はつまらんと、栗きんとんしか楽しみがなかとよ」
 蓮司は正月に愛着がなかった。
 お節の重箱の中に他にお正月だから食べられるものがない。
 覇彦は喋らないが、ほぼ同感だ。
 自分達が大きくなっているのもあるのだろうが、初めて自分達だけで飛行機に乗って、ツリーを飾りつけたり、ケーキやクッキーを作らせてもらったり、初めての経験が盛りだくさんで楽しい。

 これが最初の一日目で来て良かったと心底思っていた。
 皆でケーキを食べ終えると、リビングのソファ席で逞が持ってきた人生ゲームを始めた。
 他の大人たちはまったく思い至らず、逞が送ってきた大きな段ボールの中の威力に驚嘆する。
 中には、トランプ、かるた、ボードゲーム、麻雀、凧、ボール、バトミントン、リモコンカーと子供達と遊ぶ気満々の道具が満載になっていた。
 これは宝来達が、まったく気が付かないでいた。
 人生ゲームをしていて、ふと見ると珍しく覇彦が先に眠っている。

「覇彦が寝てる、めずらしいな」
 双子は同年齢であるが、兄として蓮司を引率して来るのは、かなりの緊張だったのだろう。
「覇ちゃん寝てる、俺も眠かと」
 それに気付いた蓮司もころんと横になる。
 なると同時に寝息を立てた。



第八章

 宝来と椿がそれぞれの子供を抱き上げる。
 晃と逞も一緒についていく。
 宝来と晃が元々使っている寝室の隣に双子の部屋を用意した。
 事故後はほとんど使っておらず、今の晃には馴染みがない寝室だが、記憶のない部分も含めて生きていく覚悟はしていた。
 その隣にある使われていないベビーベッドが運び出され、新たに二人が好きないろんな動物の絵が描かれた壁紙が貼られ、小学生の子供がいるらしい部屋に改装された。

 子供達から二段ベッドの希望があったが。
 二段にしたら、上に蓮司が寝るという。
 何度もそこそこ高い所から飛び降りて怪我をしている蓮司が寝惚けて何をするか判らない懸念があった。
 蓮司を知り尽くすバータなどは寝惚けていなくても、ハシゴで降りるのが面倒だと、絶対に起きていて飛び降りる筈だと言って二段ベットを反対する。

 邸宅としては他に空いた広い部屋もあるが。
 小学生の間なのと、こうして休みのタイミングが合えば遊びに来るくらいだから、この部屋で良いだろうと宝来が判断し、改装した。
 二段ほど高さはないが、高い方のベッドに低い方のベッドが重ねられるベッドにした。

 片付ければ、一台分のスペースで済む。
 壁際に勉強机が二台並ぶ。
 今回がクリスマスから、正月二日の帰宅。
 今後も一週間か十日くらいの訪問があるだろう。
 激的に多忙であり、双子との交流はこれくらいのペースがベストだ。
 祖父母も双子を手離す気はない。
 宝来は晃が拒否すれば、迷いなく、子より晃を選ぶ。
 実際にそうして来た。
 以前の晃の気持ちも解らなくもない。
 どちらも晃なのだが、事故後の晃に対して宝来の愛情は未だに厚くなるばかりだ。
 覇彦と蓮司をベッドに寝かせつけ、四人で子供部屋を出る。
 先に部屋を出た逞が椿に飛び上がり抱きついている。
 晃はクリスマスだからという目線で椿に抱き運ばれる逞を注意せず無言で見ていた。
「ヒッ」
 本気で思いも寄らなかったようだ。
 抱き上げる宝来に必死にしがみついた。
「驚いた」
 軽く宝来の肩にコツンと額を当てる。
「晃」
 宝来は溺愛する晃に甘く笑う。
 弟の逞連れだが、双子の迎えに空港まで足を運び、自然と双子達に接している。
 双子はママへの思慕が全開にできて心底嬉しそうだ。
 宝来と椿は愛する者を抱き、リビングへ戻る。

 これからは大人のクリスマスだ。

 四人でクリスマスツリーに子供達のプレゼントを置き、食べ終えた皿を片付け、ゲームを箱にしまう。

 手分けすればあっという間だ。

 椿がシャンパンタイムにぴったりの摘まみを準備する。
「キャビアだ」
 晃がグラスに盛られたキャビアの前に自然と陣取る。
「お兄ちゃん」
 逞がその隣に座る。
「逞、別のグラス出すから」
 椿に声をかけられ、手を止めた。
 危うく、ちょっと一口とキャビアを貰おうとするところだった。「う、うん」
 いつもと違う雰囲気の兄を逞は目で追いる。
 輝く瞳がキャビアから離せなくなっていた。
 未遂に終わったが、逞が横から食べようとしたのも気付いてない。
 それほど集中して視野が狭くなっている。
 とても綺麗だが、真摯さが孤高感を滲ませた。
 これは手を出したらいつもの叱責で済まなかっただろう。
 子供の頃も何度か兄の地雷を踏み、しばらく口もきいてくれなくなったことを思い出す。
 ぷるっと逞は小さく背を震わせた。
 晃は全員が揃うのを待つ。


第九章

 四人はシャンパンで明るく乾杯をする。
 こちらの喧騒で子供達が起きる心配はない。
 晃はロゼシャンパンをこくりと一度嚥下すると、待ち兼ねたようにキャビアをスプーンですくう。
 逞は椿に別に用意して貰ったグラスのキャビアをスプーンですくい兄の真似をする。
「ふ~ん」
 全般のお酒に強い逞はシャンパンを飲む。
 悪くはない。
 頬を薔薇色に染め、じっくりとキャビアを愉しむ兄ほどは感動できない。
 兄の好きなものを味見出来て満足する。
 カナッペにツナとコーンが乗っているのを手にし口へ放り込む。
 マヨネーズがアクセントのツナコーンが美味い。
「逞」
 椿が新しい皿を前に置いてくれた。
 白い短冊の上に、黄金色の羊羹みたいのが乗っている。
「?」
 逞は椿を見上げた。
「それにはこっちが合う」
 日本酒を用意してくれた。
 出されたのは何かピンと来ないが、日本酒は好きだ。
 今はシャンパンより好きになっているかもしれない。
「わ、ありがとう」
「強いな」
 宝来は逞が残りのシャンパンを飲み干しているのを見て言う。
「俺、酒好き、前はビールとか洋酒派だったんだけど。今は椿に美味しい日本酒教えて貰ってから、そっちがお気に入り。」
 黒塗りのぼんに並ぶ杯(さかずき)から好きなのを選ぶ。
「ん、ナニこれ?」
 白は大根、上は羊羹じゃない。
 ねっとりしていて独特な味覚。
 日本酒を口に入れると、馥郁と味が複雑に絡んでいく。
「これうっま~い」 
 もう一口、日本酒と摘まみを交互に戴く。
「からすみ食べたことないか」
「えっパスタで食べたことあるけど、スモーキーでくさみがあって、これは別物だ」
 逞の記憶にある、からすみはそれくらいだ。
 それで敬遠してしまっていた。
「このからすみは美味い」
 キャビアみたいに重々しくずっと余韻が無くて、逞の舌にはこちらが合った。
 食べている時はこちらも魚卵だが、日本酒で洗うとさらりと消えていく。
「大根と合わすのは凄く合うな」
 宝来も口にして感心する。
 晃は宝来に寄りかかり、キャビアタイムだ。
 貝殻のスプーンでちょっとづつ味わう。
「ふぅ」
 大きな溜め息をついて、暫らく余韻に浸る。
 周りの声も聞こえてはいるが、キャビアは晃には別格で食べる間の集中が自身にもどうにもならない。
「これ、いつもの品種だけど、当たりだった」
「それは良かった。個体差があるからな」
 椿はにこやかに話す。
 キャビアの老舗でトップブランドの特別品だ。
 もう何度か宝来の依頼で手に入れているが、今回はメーカーから自信満々にいつもより素晴らしいと言われていた。
「そっちも食べてみたいが、まだもうちょっと後で」
「今日はどっちもまだまだ用意がある」
 椿はまだキャビアが欲しければ用意できると伝える。
 晃は強く惹かれるが自制した。
 飽きて食べられなくなるのは困る。
「今日のキャビアはもう充分、凄く濃厚で感動した」
 晃はシャンパンを嚥下する。
 四人の中で一番お酒に弱い。
 喉が上下するが、グラスのラインの減りは少ない。
 ちびりとゆっくり嗜(たしな)むようにしていた。
 チーズや、ハム、ナッツなどお酒に合うものがあり、それらを摘まみつつ、会話が弾む。
 逞が兄を見た。
 からすみが美味しくてハイペースに呑んでいた。
 これ以上経つと酔っぱらってしまう。
「お兄ちゃん、俺が」
 小声で兄に話しかける。
 兄弟で目配せをする。
 晃が立ち上がる。
 逞も立ち、テレビボードに近づき、それぞれの引き出しを開けた。

「メリークリスマス」
 二人はそれぞれのパートナーにプレゼントを渡す。
「晃」
 宝来は熱く晃を見詰める。
「きっと似合うと思う」
 宝来は渡されたプレゼントを開封した。
「わっ凄ェかっけぇ」
 結局、一緒に買い物した時は買いたい品物が見つからず、兄弟は別々に買い物をしていた。

 逞は宝来が開封した腕時計を一目見て歓声を上げる。
「これは‥晃」
 宝来が絶句する。
「気に入ってくれた?凄く似合うと思う」
 秘書として給料が支払われているのに、毎日宝来と過ごす晃にお金を遣う機会はない。
 事故前からそうであり、通帳を記帳して驚く。
 宝来への心からの気持ちとして、心置きなく品を選ぶことが出来た。
 宝来は腕時計をはめると、晃を力強く抱き締めて、口づける。


第十章

「えへへ、俺金遣い荒いからさ」
 逞は頭を掻く。
 兄が宝来にプレゼントした品の格は一目でわかる。
「ごめんね」
 そう言って渡された包みを椿が開封すると鰐革の財布だ。
 古来からの製法である瑪瑙の石で磨き上げられた逸品だと椿はすぐに判る。
「こういうの椿が持ってるとかっこいいって思って」
 椿はにっこりと微笑み、逞を引き寄せた。
 逞には何もかも買ってやりたいと思っているが。
 相変わらず給与が入るとお気に入りの店をハシゴして好きな衣類を手にしてくるのが止められない。
 それが逞の楽しみだし、椿は止めずにいた。
 生活全般はみて当たり前だと椿は考えていた。
 別日に逞を買い物に連れ出して、そこでも欲しいものを買い与えている。
 逞は着道楽だ。
 それが自分のものになった時の無邪気な逞の喜ぶ様子を見たくて、椿はあれこれとショッピングする機会を増やしていた。
 そんな逞のプレゼントは切った身銭の比率からしたら、兄のプレゼントより重いだろう。
「ありがとう、逞、凄く気に入った」
「本当? この紫見たら絶対これって思った」
 逞が照れる。
 濃紫で光の加減では黒にも見える色だ。
 俺には高かったけどと耳元で囁かれた。

 椿は逞を抱き上げた。
「客室に引き上げさせて貰う。」
 逞は椿の肩に顔を埋めている。
 人の恋路を邪魔する無粋はしない。
 晃は宝来に寄りかかり、からすみに手を伸ばす。
 これを味見しないでベッドに行けば後悔する。
「ぁありがと」
 宝来は自身が呑んでいる杯を渡してくれた。
「‥ん、これも美味しいけど 俺はキャビアだな」
 ふわ~っとした余韻も大根で洗われて跡形もない。
 からすみは日本酒との組み合わせが最良か。
 晃はキャビア、シャンパンの組み合わせに軍配を上げる。

 からすみはひとつ食べれば充分だ。
 宝来は一目で晃の気分を看破する。
 先に立ち上がり、晃に手を貸す。
 晃は立つと、宝来と腕を組む。
 マンションだったら抱き上げられただろうが。

 本宅では、晃は宝来と並んで歩きたかった。
 記憶のあるまでの本宅は楽しい思い出しかない。
 晃が宝来を拒絶し、失われた年月にここでの暮しが確実にあった。

 双子の存在も知らなかった。
 濃厚な十年に圧倒されるのか、どうにも落ち着けない。
「大丈夫か?」
 宝来が晃に優しく尋ねる。
 晃を宝来に迎えてから、ずっと伴に過ごして来た寝室前で立ち止まる。
 屋敷の規模が広大な為に、通いのお手伝いさんが三人おり、来客も多い。
 事故後の晃は約十年の記憶が欠落し、この本宅にいちじるしい気後れを感じている。
 宝来は愛する晃を気遣い、退院以降は大学時代のマンションに移り住み、専ら本宅は迎賓館のような扱いにしていた。
 今回、双子とクリスマスパーティをするにあたり、場所に悩んだ。
 ホテルも検討したが。
 先行きを考えれば、本宅を使うことは増える。
 大学時代のマンションだと双子と添い寝になる。
 それは宝来が嫌だった。
 一泊までなら譲歩するが、それ以上の日数があるなら寝室は別室じゃないなら無理だ。
 ホテルだって完全に二人になるのはむずかしい。
 宝来は部屋の改装で気分を一新させようと試みた。
 放置していたベビールームを今の双子の年齢用に改装。
 二人の寝室は晃の好みに改装することにする。
 事故前にも、何度か、改装しており、寝室についての改装は初めてじゃない。
 壁紙から何もかもすべてを晃に選ばせる。
 横で見ていると、晃は無尽蔵な候補の中から以前二者択一まで選んでいた、選ばなかった方を今回は選んでいたりする。
 記憶がないことは事実であるが、やはり晃は晃であることを宝来は実感を深くしていた。
 それを話して意識させてしまうのは酷でしかない。
 記憶がない晃を愛しており、それを責めるつもりは
 まるでない。
 宝来としては、事故前も事故で記憶が欠落しても晃は晃である、それだけだ。
 宝来は晃の気の迷いを判っている。
 扉を開かずに晃を凝視し佇(たたず)んだ。
 晃はそれがありがたかった。
 扉が開かれて平気かもしれないが。
 何らかのショックを感じるかもしれない。
 我ながらまだるっこしいが性格だから仕方ない。
 宝来はそんな晃を本人以上に知り尽くしている。
 何もかも新たに自分の好みでしつらえられた寝室だ。
 宝来を見上げて頷く。
 ゆっくりとノブを押し下げて宝来が扉を開いた。
 頭の中に描かれた寝室と、現実の寝室が一致する。
 もうあの時を渡る奇跡は起こらない。
 晃はここで宝来と生きていくと確信しているが、時々不安になることもある。
 もう二度とあちらへは戻りたくないが、もし、戻るならあちらの宝来に謝りに行こうと心に決めている。
 謝ったとして、結果は期待しないが、そうしたかった。
 晃が寝室に入ると、宝来が続く。
 宝来がカチリと後ろ手に扉の鍵をかけていた。

 これで完全に二人きりになれる。


第十一章

 晃の腰に腕を回しベッドへ誘う。
 その腕で晃の身体を浮かせ、膝の上に座らせた。
 晃は愛する男を見る。
 こうして膝の上に乗せられているのが嬉しい。
 瞬きつつ宝来から目が離せない。
 優雅な黒く長い睫毛が際立つ瞬きは晃の美麗な貌を凄艶に生かした。
 目の動きが艶めいて色香を感じさせ秀逸だ。
 宝来は飽きることなく晃を見詰める。
 晃はちらりと宝来を見るがずっと直視できない。
 瞳が揺れ、自然と伏し目になってしまう。
 当たり前の事が当たり前じゃないと肌身に滲みるほど思い知らされた向こうの世界。
 あとから自分も宝来が好きだと自覚した。
 若さ故か愛されることに横着で、対等でないことが不満だった。
 なんと愚かしいことをしたものか。
 その後悔は永遠に続いていた。
 悔いた瞬間に戻れ、世界は一変した。
 記憶がないという代償はあっても晃は宝来に頼りきることが出来て、とても幸せだ。
 言葉にならない感情を秘め一途な目線を向けた。
 宝来とて今の晃には感謝と愛情以外ない。
 以前だったら双子とクリスマスなんて絶対にない。
 逞がこの屋敷内に居るというのも奇跡だ。
「キャビアありがとう」
 晃はすべての気持ちをキャビアに集約する。
 本当にこれだけ好きなものを偶然見つけてやれて良かった。
「今日の、お世話になると椿からのお礼だ。」
 立場がほぼ同等で、母同士が仲の良い姉妹だから時々に接点があったが、今が一番近しくなっていた。
 逞のブラコンはあれも永遠だからこれから変わりなく続くだろう。宝来は受け止めるだけでなく、晃を力強く抱き締めた。
 晃を抱いている至福感が宝来を満たす。
 ベッドに組み敷いていく。
 下から見上げる気品ある晃の顔に見惚れた。
 とても綺麗で宝来の心が躍る。
 唇に触れると応えてくる。
 生きている実感が宝来の心に火をけた。なめらかな肌を撫で宝来は晃のボディラインを手で感じる。

 それだけでも晃の美しい柔肌が描く稜線の連なりに宝来は男がたぎっていくのがわかる。
 唇を滑らせても、舌で味わっても良い香りがして、淫らな反応をするまで求めてしまう。
 清楚な晃の肌が桜色に染まり、潤んだ瞳で誘われれば宝来すら一溜まりも無い。
 宝来はすべてを脱がせず、必要なところだけ開放させた。
 それがなんとも艶(なまめ)めかしい。
 晃が身悶えシーツに波紋を描いていく。
 乱れた黒髪が揺れて宝来の視線を誘った。
 膝に手をかけ宙に浮かせる。
「‥ッ た 伯彦―っ 」
 すがめた視線で宝来を見遣る。
 幾度繰り返しても支配される瞬間は得も言えない。
 背筋に旋律が走り抜けていく。
 秘花に圧し当てられた宝来は野太い。
 懸命に息を抜いて受け入れようとする。
「‥ん  ッ  んぅ あっ アッ」
 吸うよりも吐く息を意識して、宝来はそのリズムに合わせて進ませていく。
 這入られる感覚に晃はゾワリとなって喉を震わせた。
 受動の快楽は奥深い。
 完全に根元まで呑み込んで抱き締められた。
 内側でピクピクと宝来が動いている。
「あぁぁ っ んんッ ハッ」
 動かないと宝来の存在が大きくなっていき晃は乱れた。
 惑乱して焦点の合わない瞳で宝来を見る。
 潤んで光りをたくさん反射した瞳は宝石だ。
 宝来には晃しかない。
 彼を幸せにする為ならなんでもできた。
 耳にキスをすると、感応して晃が跳ねる。
 ゆっくりと頬に滑らせ、唇の半分にキスしながら腰をグラインドさせていく。
 全て奪ってしまいたい誘惑に駆られるが、そうすると晃は呼吸困難で失神してしまう。
 それも時にはありだが。
 明日からを考えれば、泣いて怒るに違いない。
 宝来は名残惜しいが、双子が居る時は拒否にならないよう慎重に自身を抑制する。
 このベッドルームには浴室がついている。
「風呂に入ってから寝ようか」
 まだ肩で息をしている晃は声も出ず、頷いた。
 堂々とお姫様だっこで、浴室に向かう。
 動きが緩慢な晃を大切にフォローして面倒をみる。
 そうされたら怒るだろうに、まだ物足りなさが感じられ晃は終始ぼんやりとしていた。
 宝来に愛された余韻で全身がけだるい。
 湯船の中で宝来が全身をマッサージしてくれる。
 それがとても気持ちが良い。
あき
 宝来が満足気に甘く名を呼ぶ。
 充足して宝来は上機嫌だ。
 くったりした晃の重さが宝来には心地よくずっとそうしていたくなる。
 のんびりと温まり、うっとりとリラックスしている晃を抱き上げベッドに運ぶ。
 レースのアンダーに、タントップを着せ、パジャマを着せた。
 好みなドレスアップは、しばらくはお預けだ。
 晃は宝来が着せるパンティに眉根を寄せるが、他のラインナップを観て、譲歩する。
 これを観られるのは宝来だけだから。
 くったりしている晃を着替えさせ、軽く抱き上げベッドの定位置に寝かせつける。
「寝酒?」
 晃の面倒を見終えてから、宝来は着替える。
「ストレートの紅茶がいい」
「わかった」
 二人きりのいつもなら宝来の寝酒の相伴をするが。
 明日も元気な逞と双子がいる。
 良く寝て英気を養わないとならない。
 宝来はトレイに自身の寝酒とティカップと小さなグラスを持って来た。
「ありがと」
 小さなグラスに入った薬用酒を先に呑む。
 苦いが風邪を引きそうな時や、疲れた時は翌日の目覚めが違う。宝来は毎日と薦めるが、味が苦手だ。
 二人は明日に備えて、宝来が晃を腕枕して眠りに就く。


第十二章
 
 逞は椿に抱えられ、廊下を通っていた。
 長身の椿は細身に見えて筋肉質だ。
 いつでも軽々と逞を扱うが、それは優しいから逞は安心して椿に全身を預けた。
 抱き上げられて子供みたいに扱われても、椿が逞を大切にしているからと知っている。
 逞は椿の腕の中でなついて甘えていた。
 
 子供の頃、宝来は兄を毎日毎日招くのに、弟の自分は絶対に家に入れてくれなかった。
 子供特有の短絡さと勝手さで、宝来を嫌い憎みさえしていたが‥。
 逞は初っ端に出入り禁止になるイタズラをしていた。
 それを最近になって鮮明に思い出した。
 思い出せば、逞も宝来の決断が英断だと賛同する。
 あの頃の逞は叱られて許され、居れて貰っていたら、懲りずに繰り返したと思う。
 それは二人の仲に入れない疎外感で報われることは永遠に無かったからだ。
 冷静になれたのは椿のお陰だ。
 気長にずっと見守ってくれていた椿の逞への愛は揺るがない。
 慈愛の目線で椿は逞を囚えて離さない。
 それに身も心も包まれ実感することができて逞は今の境地へ導かれていた。
 椿と暮らし始めて逞はいろんなことに気が付けた。
 性格的に深く考えるのは苦手だし、これからも椿に愛されて導かれれば幸せだろうとそれは判る。
 渋々連れられて行ったパーティで兄に再会できた。
 それからは兄に頻繁に逢えるようになった。
 今年はクリスマスとお正月を共に過ごせる。
「椿だぁぁぁい好きぃ」
 逞は椿に腕を絡め、派手にキスをしてくる。
 情熱的に何度も繰り返す逞のキスに完璧に応えてやるのは歩きながらでは、ちとむずかしい。
 椿は場所だけ教えられている客間が遠いなと思う。
 逞は酔っ払って、とても上機嫌だ。
「椿大好き」と「今日の楽しかったこと」を交互にお喋りする。
 明日になれば覚えてないかもしれない。
 それでも酔っているからこその本音もある。
 椿は逞が無邪気に喜べているのが嬉しい。
 愛しい逞がより幸せであって欲しい。
 宝来の本宅に招待され、逞は心底嬉しそうにしていた。
 周りを物珍しそうに見回し、兄を見、椿を見る。
 可愛らしい逞の様子をずっと見ていた椿は逞と目が合えば甘く笑いかける。
 つられて逞は椿に微笑み返す。
 逞は椿のアイコンタクトで愛情をチャージし元気を取り戻す。
 それは幼児(おさなご)のように天真爛漫で愛らしく椿の愛情は底なしに引き出され、溢れて止められない。
 特に念願だった本宅に上がれて昔が思い出されるのか幼さが如実になっている。
 そして、再度じっくりと周囲を見回すのだ。
「俺がここに居られるなんて夢みたいだ」
 椿に抱き運ばれている逞は周囲を見回す。
 視覚から今の幸せが拓真の全身に染み渡る。
 椿がいなければ、無かった世界だ。
「あ、ここ?」
 椿が、逞を抱きながら扉を開こうとしているのに気づく。
「俺が開けるね。」
 手を伸ばして扉を開く。
「逞、鍵をかけてくれ」
 二人で室内に入る。
「了解。」
 逞は扉を閉めて、鍵をかけた。
 双子に宝来は晃が遺伝子上の母であることも、二人の関係も隠さない。
 それが現実だからだ。
 椿と逞の関係もそうだ。
 大人の関係を知るのと、濡れ場を見せるのは別次元の問題だ。
 いずれ成長の暁に知らなければならないことでもあるが、今はまだ早い。
 大人四人の意見は一致している。
 寝室の鍵をかけるのは大人としての心遣いだ。
「風呂があるな。」
 宝来家の本宅だ。
 完全な客室仕様になっている。
 部屋に入って気づく。
「俺ヨッパ~だし、ちび達とふやけるほど入った。
 あっちは銭湯みたいに広かった」
「そうだったな」
 椿は優しく笑う。
 クリスマス準備を彼らなりには手伝っていたが、最終段階の頃合いには非戦力メンバー達は段々邪魔になってきた。
 火や包丁を使うのに 、子供は平気で真横に居たりする。
 子供達の行動パターンが読めず、ヒヤリドキリが連続する。
 子供達と逞としては手伝うつもりで悪気はない。
 無いだけに大人側は叱れずに、双子と監督として逞に風呂行きを命じた。
 風呂に行かせると、どきっとしなくて良くなり、ますます準備がはかどった。
 ならば迷わず椿は逞を抱えてベッドに飛び込む。
「うわっ」
 マットレスが二人を受け止めバウンドさせた。
 身体が大きく跳ねる。
「うひょぉ」
 段々と、跳ねが少なくなり、離れず抱き合っていた二人は互いの首の動きで唇を重ねる。
 椿がこれまでの情熱のお返しと狂おしく唇を圧し、舌を縦横無尽に使う。
 逞が夢中になりすぎて口を閉じないように、人差し指を逞の歯に触れていた。
 歯を椿の指にゆるゆると擦られるだけで背筋が熱を帯びてくる。
 歯にこんな官能があるなんて、体感に衝撃を受ける。
「はひ」
 口が閉じられず、不明瞭な吐息を漏らす。
「可愛い 逞」
 椿は唇から指を離し、上向かせておっとりと唇を重ねる。
「‥っ」
 ピクンと逞が胴震いする。
 乳首を指先で弾かれて感じてしまう。椿はキスのリズムを乱すように逞のピンク色した乳首を爪弾いていく。
「ィ っいくぅ」
 涙目で逞が訴える。
 あらゆる刺激が腰椎に集中して溜まらない。
 四肢の先まで痺れて放電していた。
 腰を揺すり身悶えた。
「いい子だ」
 椿は逞を甘やかす。
 可愛くて淫らな子に煽られ愛撫を深めていった。
「アッ ‥んんんぅ」
 どうしてギリギリまで我慢するのか。
 唇を噛み締めてのたうち逞は気を遣る。
 どくんどくんと先端から白い蜜が溢れていく。
「今日は俺がヤルノ」
 何度かくずおれながら逞が身を起こす。
「いつも椿がしてくれるから、今日は俺がね」
 起き上がると、椿を仰向けにする。
 もう椿は臨戦態勢に入っていた。
 酔っていても運動神経も良く、逞は身軽に動いて椿に跨った。
「逞」
 椿の腰の位置にしゃがんだ逞の脚の角度がやばい。
 受け入れるには腰を浮かさなければならない。
 狂悪な媚態に椿は頭がクラクラする。
 クリスマスの奇跡。
 とても止める気にはならない。
 一挙手一投足を記憶に留めようと頑見する。
 お尻の丸いラインが見える。
 そこの中心に自身がいきり立っている。
 逞は何度も失敗する。
 彼の秘花は締まりが良い。
「んもぉ」
 逞は指を舐めると椿に跨ったままで自身の秘花に指を挿し入れる。「ア ‥ッ あぁ  ん ア」
 腰をくねらせてちゅくちゅくと蕾を開花させる。
 至近距離のオ〇ニーショーに椿は全体が充血して太くなっていくのを意識した。
「ッア‥―あっ 大きい 椿」
 逞の蕾に先端が当たった。
 入りきらなければ反れるが、もう待てない。
 椿は逞の腰を掴み逃がさない。
 逞の喉を悲鳴が上がった。
 もう止まれない、強靭な腹筋で身を起こし、自身は動かず、逞の腰を手で上下させる。
 毎夜のこと衝撃はあっただろうが。
 傷はつけていない。
 粘膜の掻き混ぜられる淫蕩な音が響く。
「い‥ッ や―ぁ なんか ちが ぁ」
 逞は狂乱して首を振り乱す。
 椿が動くのと感じ方が違う。
 受動して愛される歓びに溢れていく。
 溶けて自分の境界と、椿の境界が融解していく感覚と違っている。
 自分で動いている、今となっては動かされているのは気持ちいいが凄まじ過ぎた。
 逞が降参して啜り泣くと、椿はゆっくり引き抜く。
「赤ちゃんは無理しなくて良いんだよ」
 髪を撫で、目尻にキスをする。
 そうして椿はいつもの正常位で逞を貫いていく。
「あ コレ これが 好い」
 潤んだ瞳で逞は愛らしく叫ぶ。
 椿の背に腕を回して、官能に耽溺している。
 馴染んだこれがやはり最高だ。
 椿を歓ばせたくて頑張ってみたが、まだまだ未熟だ。
「‥ん っ 椿ぃ イイッ ぁ 逝く」
 椿に従って逞も再び絶頂を極めた。
 事後に抱き締められるのが好きだ。
 甘えてふにゃふにゃと言葉にならない声で甘える。
 椿に優しくあやされて、明日はまたいつもの逞になるのだ。
 椿の前でだけ無防備になれた。
 どんな虚飾もいらない、逞が愛しい椿である。

 

                 続

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