見出し画像

戯曲「死ぬほどたのしい夢をみた」 『青春ヘラver.1』掲載作品

 この戯曲は先日「文学フリマ大阪」で頒布された、大阪大学感傷マゾ研究会の会誌『青春ヘラver.1』に寄稿した作品です。
 全体で四つの場に別れる劇の第一場~第三場までを今回公開致します。
 青春ヘラという新しい言葉の理解の一助には、ならないかもしれませんが、お楽しみ頂ければ幸いです。

  織沢実


『死ぬほどたのしい夢をみた』全四場

 人物
・青治
・感傷マゾヒスト(暴漢)
・一〇年代の亡霊
・教頭(父)
・女生徒1(母)
・女生徒2(大塚製薬社中1)
・女生徒3(大塚製薬社中2)
・女生徒4(大塚製薬社中3)
 
・二〇二〇年代初頭


第一場 終業式
 舞台には特に道具は置かれていない。暗転した舞台の中央から「青春ってなんだ?」という声が小さく、次第に大きくなりながら聞こえてくる。舞台中央に光が入り、大きな杖(仕込み杖)を片手に膝立ちしている男が現れる。

暴漢  青春ってなんだ?

 暴漢が言葉を繰り返していると、舞台全体が明るくなる。暴漢を取り囲むように制服を着た生徒たちが佇み暴漢を不審そうに眺めている。空は夏晴れで、抜けるような青空に入道雲が上がっている。

暴漢  青春ってなんだ!

 暴漢が突如叫びだし、立ち上がって杖を振り回す。生徒たちは薙ぎ倒され、女生徒たちは悲鳴を挙げる。教頭が下手から登場。

教頭  ちょっと! 待ちなさい! 大事な終業式なのに、困るよ!

  暴漢が教頭を殴る。教頭死ぬ。暴漢は周りにいる生徒も「青春ってなんだ!」と叫びながら殴り殺し、切り殺していく。全員が死ぬと死体の山を置いて暴漢は下手に退場。この間終始「青春ってなんだ?」と呟いている。
 暴漢が去ると空の雲が動き、舞台に薄く影をつくり、また流れて日が差す。日が差し始めると、倒れていた生徒の一人(青治)が立ち上がり、空を眺める。

青治  さて、夏休みなにしよう。積んでるゲームをやるか? 毎日プライムで映画を見るか。

 青治の父親に変身した教頭が立ち上がる。

父(教頭)
  青治、おまえ夏休みはどう過ごすつもりだ?

青治
  (父を顧みて)別に父さんには関係ないけど、ゲームやったり、映画見たり、本を読んだりするつもりだよ。

  そうか。お前も高校二年生だから、いちいち「あれしろこれしろ」言わないけどな、なるべく健康的に過ごした方が良いぞ。

青治
  はあ。

 青治、また空を眺める。

  朝は学校のある時間ほどじゃなくても早起きした方が良いし、夜は余り夜更かししない方が良い。健康的な生活習慣を保たないと、自律神経が乱れて、体調を崩すからな。分かったか、青治?

青治
 (空を眺めたまま)分かってるよ。外に出て遊んだり、ボランティア活動したりして、入試のネタを集めろってことでしょ?

  そこまでしろとは言わないけど、そういうことだ。健康的な生活が一番だからな。

 母親に変身した女生徒が立ち上がる。

母(女生徒)   
外に出るなんてダメよ!(青治と父、母の方を顧みる) 外は危険なのよ。放射線が降り注いでいるし、殺人的な暑さだし、線状降水帯による豪雨で地盤が緩んでいるし、水難事故だって起こるし、ソシャゲに魂を奪われたり蒙昧と恍惚の状態にある運転手たちが貴方に狙いを定めているかも知れない。外に出ちゃだめよ、青治!

  そう、母さんの言う通り。外に出るのは危険だ! 家で大人しくしていなさい。分かってるよね、青治?

青治
  (また夏空を眺めて)分かってるよ。危険な外には出ない。

 父と母が互いに歩み寄り、舞台中央で抱きしめ合って青治を睨む。

  かと言って生活習慣を乱すのもダメだぞ。

  健康的な生活を送るのが一番よ。

父と母
  何と言っても自律神経が乱れるんだから。

 空は眩く明るいが、舞台は暗くなり、父と母は見えなくなる。

青治
  綺麗な夏空だな。ジブリみたい。

 青治がスマホをかざして写真を撮る。その言葉を契機に、青治の周りの死んだ生徒たちが一、二人ずつ立ち上がり、写真を撮って左右に消えていく。

青治
  エモい空、照り付ける陽射し、暑い夏。楽しい夏。楽しい夏休み。安心安全な夏休み。危険のない平穏な夏休み……暑い夏? 楽しい夏? 思い出に残る夏? 安心安全で危険のない平穏な夏休み? 本当にそうか? ぼくは本当に夏休みを楽しみにしていたのか?

 生徒たちが全員舞台から消えて、夏空と青治だけが舞台に浮かび上がる。

青治
  夜更かしもせずに、どう夏休みを過ごしたら良いのだろう? 外へも出ずに、どう夏休みを過ごしたら良いのだろう?

 空は曇りゴウゴウと風が吹き始める。

青治
  寒い……夏なのに。クーラーが効き過ぎているのかな? リモコンどこに置いたっけ? 寒い……

 青治が地面に横たわって体を丸くする。暗転。

 舞台中央だけに明りが灯ると、感傷マゾヒストが立っていて、観客に向いながら、自分自身に語り掛けているように話し出す。後方には青治が未だうずくまっている。

感マゾ
  僕がその夏十三本目のガリガリ君ソーダ味を嚙み砕いた時、インターフォンが鳴った。僕にはインターフォンを押した人間が誰だか分かってた。そう、同じクラスの「彼女」だ。
彼女は家に上がり込むなり「暑っい! 地獄みたいに暑い。君ん家は本当に涼しくて助かるよ」とクーラーの真下に陣取って、僕がこの後読むはずだったジャンプを勝手に読みだした。僕はジャンプを読めない間、テレビでゲームをした。そのうちゲーム音に誘われて彼女も僕の隣でコントローラーを握った。日向に二人並んでいた。
日が暮れて、夕飯の時間になった。親たちはまだ戻らない。彼女が「今日はカレーで良いよね?」と僕に聞いて、台所に立った。僕はその夏、七回カレーを夕飯に食べた。七回とも彼女が僕の家で作ってくれたものだ。
彼女が「サラダ用のキュウリ切ってよ」と僕を呼ぶ。僕は彼女より台所に立つ機会が少ないから包丁で指を切ってしまう。「絆創膏、絆創膏」と僕が探そうとしたら、彼女は僕の手を取って、傷ついた指を口に含んだ。
なぞられた傷口はヒリッと痛かったけど、心に重い負荷が掛かるようなドキッという感覚は魔法のように傷の痛みを取ってしまった。その時の重い負荷が掛かる感覚は、今でも昨日の出来事のように思い出される。
(薄笑いを浮かべて)まぁ、全部妄想なんですけどね。

 感傷マゾヒストが満足したように後方を向くと青治が寒さに凍えいいる。

感マゾ
  青治くん! さあ立ちなよ!

青治
  寒い……あなたは?

感マゾ
  上を見ろよ。青空が広がってるぞ! 入道雲が立ち上がり、蝉が啼いている。

 舞台上方は暗く、音は先程のゴウゴウという音だけ。風も吹いている。

青治
  蝉の声なんて聞こえないよ。聞こえるは、エアコンの駆動音だけ。

感マゾ
  それは見方次第だね。確かに今、蝉しぐれは聞こえないし、青空もない。でも僕たちが鍛え上げた「素晴らしい夏休み」を幻視する力を使えば見えるはずだし、幻視することは出来なくとも、叶わない世界に焦がれる心の防御装置は動き出すはずだよ。

青治
  何を言ってるのか、全く分かんないんだけど!

 語気を強めた青治は少し力を得て、体を起こす。

感マゾ
  分からないかぁ……(笑)どうだろう、つらい寒さがだんだん心地よくなるなんてことない?

青治
  ……寒い……ものは、寒い……よ。

 青治、力が抜けて先程よりも体が震える。

感マゾ
  あ! もしかして青治くん、僕の分のガリガリ君食べたでしょう? (青治、首を必死に振る)食べてない? そう……

 上手から大塚製薬社中1がボトルを満載した手押し車を曳き、大塚製薬社中2と3が踊りながら青治と感傷マゾヒストの方へやって来る。

大塚製薬社中  (三人揃って)夏の熱中症対策に人間の体液に近い電解質を含んだ水よりも吸収しやすいポカリスエットをどうぞ! 現在無料で一本配布しております! どうぞ!

 青治の頭の辺りにポカリを置く。大塚製薬社中、下手に退場。

感マゾ  青治くんにも、辿りつけない夏への感傷をマゾヒスティックに消費する力が備わっているはずだよ。忘れる訳はない。頭を冷やして思い出すのを待ったら良いよ。

 軽やかに感傷マゾヒスト退場。

青治  寒い……

 暗転。


第二場 墓参り

 中央に青治が毛布を被って横たわっている。上手より一〇年代の亡霊が登場。

亡霊  私は亡霊。死んだ本人であり、語り部であり、遺族である。

 亡霊、青治の方を見る。

亡霊
  体調が悪そうに見えるけれど、大丈夫か、青治くん?

青治
  あなたは?

亡霊  私は亡霊だよ。君は夏休みが始まって、七日が過ぎたのに、一日も外に出ず。毛布を被って寝ているばかりらしいね。

  青治、体を起こして胡坐を掻く。

青治  父と母に外出を禁じられてしまったから、仕方なく家で大人しくしているんです。家は寒いから、毛布が無いと凍えてしまう。

亡霊  どんなに安心安全な環境にいても、こう寒くては健康的とは言えないよ。

青治  でも禁じられているんだから仕方ないじゃないですか?

亡霊  仕方ないことはない。青治くん、私と一緒に墓参りに行こう。私と一緒ならご両親も許して下さるだろう。

  上手側にスポットが当たると青治の父と母が立っている。

  墓参り! 先祖供養! 大変結構じゃないか!

青治  え!?

  お盆にお墓参りへ行くのは大切なことよ。熱中症に気をつけていってらっしゃい。

青治  そんな……

亡霊  ほら、墓参りに出掛けよう!

  父と母、闇に消える。青治は未だ立たずに地面に座っている。

青治  墓参りって誰の墓なんですか?

亡霊  私たちが眠っている墓だよ。

青治  「私たち」ってあなたもお墓に入っているんですか?

亡霊  入っているとも言えるし、入れずにいるとも言える。

青治  ということは、あなた、幽霊なんですか?

亡霊  亡霊だと名乗ったじゃないか! 私は墓に眠る者たちのなかで、ただ一人いまも世を彷徨う亡霊なんだよ。

青治  亡霊と出掛けるなんて、ぞっとするな……

亡霊
  良いから良いから。ささ、出掛けよう!
青治  えぇ……

  亡霊と青治、退場。少し遅れて上手から女生徒2(大塚製薬社中1)が登場。何かを探すように辺りを見回している。

女生徒2  あの人、どこ行ったんだろう? 一緒にプール行くって約束したのに。忘れちゃったのかな? 迷子?

  女生徒2、下手に退場。ほぼ同じタイミングで上手から女生徒3(大塚製薬社中2)が登場。

女生徒3  あの人、どこ行ったんだろう? 一緒に映画に行くって約束したのに。忘れちゃったのかな? 迷子?

  女生徒3、下手に退場。同じタイミングで上手から女生徒4(大塚製薬社中3)が登場。

女生徒4  あの人、どこ行ったんだろう? 一緒に家でゲームするって約束したのに。忘れちゃったのかな? 迷子?

  女生徒4、下手に退場。同時に上手から感傷マゾヒストが登場。舞台中央で後方に下がり観客を眺める。

感マゾ
  僕の夏休みは空白だらけだった。学校の友人たちは皆部活動で忙しくしていて、僕と遊ぶような余裕はない。僕は毎日家で過ごしていた。外は暑いのに中はクーラーで冷えていて、とっても快適だった。夏休みが始まって一週間が過ぎた頃、家に幼馴染の彼女が訪ねて来た。「折角の夏休みなのに遊ばないのもったいないよ」と言う。「何して遊んでいいか分かんなくてさ」と僕が当惑した感じで応えたら、彼女は「じゃあプール行こうよ、今から」とすぐに言った。僕たちはプールへ行き、映画へ行き、家でゲームをした……

  女生徒2、3、4が一緒に下手から登場。先程と同じく何かを探すように辺りを見回している。

女生徒たち  あの人、どこ行ったんだろう? 一緒にプールに行くって、映画に行くって、ゲームをするって約束したのに。忘れちゃったのかな? 迷子?

感マゾ  夏休みも残り五日になった頃、僕たちは河原で花火をした。

  女生徒たち、「見つからないね」と話し合いながら線香花火に火を点け、囲んで見つめる。

感マゾ
  種々の花火を終えて最後に線香花火をすることになった。その時の線香花火は、やたらに寿命が長かった。三十分は花火を見つめていたんじゃないかと思う。線香花火の間、僕と彼女はずっと互いを見つめ交わしていた。「夏休み」の思い出と言えるものは、それきりしかないと言っても差し支えない。僕の一生のための記憶だ。
まぁ、全て妄想だけどね(笑)

  女生徒たち一斉に感傷マゾヒストの方を振り返る。三人一緒に立ち上がり、感傷マゾヒストの周りをゆっくり五回、検分するように睨みながら回る。
 回り終えた三人は顔を見合わせ、首を傾げて上手に退場。感傷マゾヒストは苦み走りながら恍惚とした表情で彼方(客席後方)を眺めている。暗転。

 明りが灯ると下手から一〇年代の亡霊と青治が登場。

青治  亡霊さんたちはどうして死んでしまったんですか?

亡霊  寿命だね。仕方ないね。

青治
  みんな寿命で死んだんですか?

亡霊
  みんな寿命で死んだ。私も寿命で死んだ。

青治
  亡霊さんが生まれた時ってどんなでした?

亡霊
  私が生まれた時のことか……何も憶えてないなぁ。青治くんは生まれた日のことを憶えてる?

青治
  僕の生まれた日のことですか? ……何も憶えてないですねぇ(笑)

亡霊
  そういうものだよ(笑) いや、生まれた日のことを少しく聞いた記憶はある。そう、私の生涯は大災厄から始まった。

青治
  大災厄?

亡霊
  そう、災厄は地の底から、海の果てから、空の高くから押し寄せた。私の生まれた日はそんな感じ。

青治
  みんな悲しみましたか?

亡霊
  災厄には悲しんだろうね。

青治
  そうですか……じゃあ、亡霊さんの人生で最良の日はどんな日でしたか?

亡霊
  人生最良の日か……子供の生まれた日かしら。

青治
  子供がいるんですか!?

亡霊
  そんなに驚くことないじゃない。子供くらいいるよ。三人ね。さ、もうすぐ墓所に着くよ。

  亡霊の言葉を合図に舞台右手に「一〇年代ここに眠る」(注:「一〇年代」の部分は擦れて判読し難くなっている)と書かれた墓石が立ち現れる。墓石は少し苔生し、花は枯れてはいないが萎れかけている。

青治
  これが亡霊さんのお墓ですか。

亡霊  そう、これが私の墓だよ。済まないけど、掃除するのを手伝ってくれる?

  墓の後ろに隠してあるバケツやタワシ、柄杓を取り出して墓の掃除を始める。

青治  ついでに聞くんですけど。亡霊さんの人生最悪の日ってどんな日ですか?

亡霊
  人生最悪の日か。仲間が殺された日かな。

青治
  仲間が殺された!?

  青治、思わず手が止まる。

亡霊
  手を動かして。

青治
  あ、ごめんなさい。

  暫く黙々と墓石を磨く。

青治  どうして殺されちゃったんですか?

亡霊
  分からない。暴漢に殺されたんだけどね。もしかしたら恨みを買ってたのかも知れない。無差別な殺人かも知れない。

青治
  どんな人だったんですか? その仲間って。

亡霊
  「たのしい日常」という名前の良い奴だった。

  青治、思わず手が止まる。

青治
  随分変わった名前ですね!

亡霊
  日が暮れちゃうから、ちゃんと手を動かして。

青治
  あ、すみません。

亡霊
  「たのしい日常」は幸福な世界が延々に続く未来を希望していた。そのために時間を引き延ばして幸福な時間を長くしようとした。

青治
  はぁ?

亡霊
  でも、その幸福な時間から零れ落ちる者もいたのかも知れない。「たのしい日常」はそんな落伍者に恨まれて殺されたんじゃないか。私は、そう考えていた。

青治
  よく分かりませんね。

亡霊
  分からないだろうね。仕方ない。

青治
  その「たのしい日常」? さんもこの墓の中で眠っているんですか?

亡霊
  いや、彼はあっちの墓に眠っている。

  舞台中央の慰霊塔のような巨大な墓石に光が当たって姿を現す。石には「たのしい日常の慰霊碑」と大きく書かれ、その下に「繋ぎます、必ず。」と書かれている。献花台には花々が積み上げられている。

青治  これが、「たのしい日常」さんの墓。

亡霊  みんなに愛される素敵な奴だったよ。

青治
  すごいですね。

亡霊
  すごいだろ? 私たちの墓を参ったら、彼にも手を合わせよう。

青治
  はい。

  二人はタワシを使って黙々と墓石を磨く。溶暗。


第三場 宿泊

  時刻は日暮れ。もう外は闇夜に充ちているが、月明かりで多少明るい。舞台中央に事務机が置かれ、ポカリスエットの段ボール、ペットボトルが幾つも乗っている。「ポカリスエット」という幟も見える。机の後ろには障子戸がある。上手側にはトイレの小さな建物(木造のボロいやつ)もある。
  頭を抱えた青治と亡霊が下手より登場。

亡霊  すっかり遅くなってしまったな。掃除に時間を取られ過ぎた。青治くん大丈夫か?

青治
  頭が痛い。

亡霊
  そうか、出掛けた疲れが出たのかも知れない。今日はどこかに泊まって、明日帰ることにしよう。

青治
  はい……

亡霊
  宿らしきものはないかしら(辺りを見渡す)

  青治、ポカリの机を見つける。

青治
  なんかポカリがあるんですけど、貰って良いんですかね?

亡霊
  さぁ、分からない。聞いてみたら?

青治
  すみません!

  障子戸から大塚製薬社中が登場。

大塚
  (三人揃って)いらっしゃいませ!

青治
  このポカリは貰っても良いやつですか?

大塚1
  はい、こちらは無料で提供しておりますポカリスエットでございます。

青治
 そうですか。じゃあ遠慮なく。

  青治、ボトルを取ってガブガブ飲む

大塚2
  随分と喉が渇いていたんですね。

青治  墓参りに家を出てから殆ど飲み物を飲んでいなかったので……

大塚3
  それは大変ですね。でも人間の体液の成分に近く、水よりも吸収しやすい弊社のポカリスエットを飲めば、もう安心ですよ。

青治
  そうですか。

大塚1
  何か他にお困りのことはありますか?

亡霊
  今晩の宿を探しているんですけどね。見つからなくて困っているんですよ。

大塚3
  それなら弊社の宿泊施設をご利用なさいますか?

亡霊
  宿泊施設なんてあるんですか?

大塚2
  ええ、こちらに。(後ろの障子戸を指す)

亡霊
  泊めて貰えるなら助かります。さすが大企業は大したもんだ。(青治と肩を組む)

大塚1
  ではご案内致します。どうぞ。

青治
  すみません。ちょっとお腹が痛いんですけど、お手洗い借りても良いですか?

大塚2  えぇあちらに(上手の木造建屋を指して)ございます。

青治  じゃあ亡霊さん、先に行って下さい。

  亡霊と大塚製薬社中は障子戸のなかに、青治はトイレの建物に入る。暫くして「ジャーッ」という水の流れる音がする。音と共に障子戸から山姥のように髪を振り乱した大塚製薬社中が登場。大塚製薬社中1は幟を振って、大塚製薬社中23は『「青春を貫徹せよ」の歌』に合わせて踊る。青治は歌が始まるとトイレの扉から顔を覗き出して一部始終を見る。

『「青春を貫徹せよ」の歌』
  青空に希望の雲が湧く
  なんだか青春したい気分
  やるなら負けずにやり通したい
  負けず嫌いな私たちだから
  夢は待っても叶わない
  奇跡を起こす気概で
  努力の果てに希望はある
  誰かに指図なんてさせない
  仲間の力で掴んだ時
  涙と汗が煌めく
  必ず青春できるはずさ
  La La La……

 青治、恐怖に打ち震えながらトイレから出て障子戸の方へ行く。

青治  亡霊さん! 亡霊さん! 何かヤバそうだから帰りましょう。亡霊さん!

  亡霊、トイレの後ろから登場。青治、腰を抜かす。

亡霊  何してるの? ささ早く帰るよ。

青治  はい!

大塚1  お待ちください、お客様!

亡霊  走れ!

  青治、亡霊、大塚製薬社中、全員上手へ退場。

  全員が退場してから少し間をおいて、下手から感傷マゾヒストが登場。

感マゾ  みなさんにはこれまで、二度僕の彼女の記憶をお話したと思います。まぁそれは全て妄想だったんですけど(笑)
 僕は「あの夏」を探しているのです。「あの夏」とは具体的な記憶の像がある訳じゃない。自分が体験した夏なのかも分からない。だから架空の思い出を様々作り上げることで、その実像に迫ろうとしているのです。たとえ「あの夏」の実像などというものが存在しないにしても、その虚像が見られるなら大いに結構。だからみなさん、もう少し僕の架空の思い出話に付き合ってください。

  感傷マゾヒスト、舞台中央の事務机の上に腰掛け、ポカリのボトルを手に弄びながら観客に向けて話し始める。

感マゾ  小学生の頃僕には幼馴染の女の子がいた。その子とは、いつも一緒に帰ったし、一緒に放課後遊んだ。大した遊びや冒険をした訳じゃない。でも僕たちは特別いつも一緒だった。
 僕の家の裏には小さな山があって、頂上に人気のないお寺があった。僕らは夏休みが始まると、一日中その寺で遊んでいた。ゲームを持ち込んだり、キャッチボールをしたり、何でもその寺でやった。
 ある時、僕らは寺で一夜を明かすことにした。互いの親には互いの家に泊まると嘘を吐いて、お堂にタオルケットを持ち込んで二人並んで、星月夜眺めた。「僕たちはいつまでも二人一緒にいるよね。きっと」と僕は空を見つめて言った。そしたら、その幼馴染は「いつまでも一緒じゃないよ。いつか別れる時が来る」と言った。どうしてそんな悲しいことを言うのだろうと、僕は驚いて涙の出ない目で隣の女の子を見つめた。彼女は暫く空を見つめていたけど、僕の方を向いて「いつまでも一緒じゃないけど、いつまでも友達だよ」と笑った。僕はその言葉が嬉しかったのか、悲しかったのか涙をボロボロ零した。
 その日以来、僕らの間には微妙な空気が流れていた。夏休みの終わるまで一緒に遊んでいたけれど、今までの親密度は失われてしまったような気がした。
 その感覚はあながち間違いでもなく、僕らはその夏を限りに少しずつ疎遠になった。中学も高校も違う所に行くことになって、関係の終焉は決定的となり、次第に僕は彼女のことを忘れていった。
 そんな幼馴染と成人式の時に再開した。十年近くぶりにあった彼女は、記憶のなかの女の子とは全然違って、大人の女性になっていた。僕は余りにも見違えた幼馴染に話しかけ辛くて、遠目に見ていたのだけど、彼女の方から僕に気付いて、話し掛けてくれた。
 「最近はどう?」「ぼちぼちやってるよ」と下らない会話を何往復かした後に彼女は少し得意気に「言った通りになったでしょう?」と言った。僕は何のことか分からずに「え?」と返してしまった。「ほら、夏休みにお寺でお泊りした時に、私が「いつまでも一緒じゃないよ。いつか別れる時が来る」って言ったの。本当になったでしょう?」
 僕はどうしてあんなにショッキングな言葉を忘れていたんだろうと愕然とした。「憶えてる。憶えてるよ!」僕は必死に答えていた。その日はラインを交換して別れた。幼馴染のラインのアイコンは、都会の夜景をバックにした彼女自身のポートレートだった。
 僕はアニメのキャラクターが「よろしくね!」と言っているスタンプを眺めながら、あの時彼女の言ったもう一つの言葉「いつまでも一緒じゃないけど、いつまでも友達だよ」も真実なのだろうかと考えていた。

  手に持ったポカリを感傷マゾヒストが一口飲み、吐き出す。

感マゾ  そう、これも私の妄想。でも私が懐かしむ何かに限りなく近いもの。

  感傷マゾヒスト、ボトルを机に置き、トイレの中に消える。
 暗転。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?