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オリジナルブランドを始めたきっかけ_vol.01『イタリアへの浮気心』

こんにちは、Oriori-japanの藤川です。
”初心忘れるべからず”ということで、約2年前にさかのぼってブランドの誕生のアレソレを書き留めておきたいと思います。

学生の時から旅好きだった私。夏休みや春休みはもちろん、お金を6万円貯めては1~2か月海外を回るという学生時代を過ごしていました。(どんだけ極貧旅だよw

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△お金がついに底をつきかけ、幼虫の揚げたのしか買えなくなり、それを食べようとしてる図。

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そんな学生生活も卒業間近、独り卒業旅行に決めた場所はイタリア。
これまで発展途上国と言われる国ばかりを好んでいましたが、イタリアを選んだ理由は、バイト先の店長がイタリアで修行をしていて勧められたことと、イタリアワインが好きだったという安易な理由でした。さすがにこれは6万ではいけなかったので「わしゃ金づるか…」と言われながらおばあちゃんにお金をいただきました。ありがとう。

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そして実際に行ってみて、イタリア人の気質や文化、食べ物、土地がすごく好きになって、それ以降海外に行くといえばイタリア、みたいになっていました。

で、時は流れ…
大好きな生まれ育った京都を離れて、山形県遊佐町へ移住した私。大きな理由は恋愛です。
遊佐町で地域おこし協力隊というお仕事をしている間に、次のキャリアについて考えるようになります。恋愛もうまくいかなくなっていたので、住む場所を変えないといけないなあ…と思っていました。
で、京都に帰るのもなんか違うし、かといって行きたい地域もないし…という考えと同時に「そうだ、イタリアへ行こう!」という思いが募りました。その瞬間、イタリア行きのチケットを購入していました。(笑)

ここで選んだ場所が、イタリアの南部にある「シチリア島」です。ワインにはまりまくった私はいつもラベルを見るようになっていて、美味しいと思ったワインがシチリア産のものが多く、これはもう

「シチリアが私を呼んでいる」

って思いました。(笑) 実際周りにもそう叫んでいました。イタイ…
B級グルメの美味しいお店がないなと思っていたので、「居酒屋かんな」でもやるかな~なんて。
お好み焼きとたこ焼きでイケるやろって思ってました。

チケットを購入したのが確か秋ごろで、春のフライトを予約。実際はその半年の中でいろんなことが起きたので、”移住先を探すためにイタリアに行く”というわけではなかったのですが、遊びがてら行くことに。

―― 前置きが長くなりましたが、ここからです。
シチリア島の旅は最強でした。治安はいいし食べ物も海鮮が多くて美味しいし、海もきれいで温かい。

最初はフライトの関係で都市に行くのですが(成田ーローマーシチリア)、私はニッチな場所が好きなので、ミラッツォという小さな町へ。いつものようにAir bnbで宿を予約して、ホストとそのお友達とパーティをしたり、ピクニックに行ったり。

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私は現地の食材で料理をするのが大好きで、みんなにも日本食を振る舞いたかったので、定番のお寿司を手巻き寿司スタイルで行うことに。寿司パーリーです。泊まっていたBnBもお家に畑があって、すべてオーガニックというナイスすぎるお宿でした。

その日のお昼頃、仲良くなった友達からある展示会に誘われます。(イタリア人の運転はまじでクレイジー。でも嫌いじゃない♡)

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そこで出会ったのが、展示会のキュレーター、ジュゼッペラスパーダ

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大学でデザインの教授をしながらフォトグラファーとして活動してる、彼のまっすぐな想いと作品の美しさに圧倒されます。2年前にこう書いてる↓↓

偶然、ある写真家さんと出会ったのですが、こんなにも作品の美しさ以上に、強いメッセージとか、考え方とか、発する言葉の表現の美しさに感動したことってあったかな。ってくらい彼からインパクトを受けました。
強いメッセージを持った人に共感する人たちが引き寄せられて、それがものすごいシナジーになる。だから伝わるのか、と(すごい抽象的だけど)感じたというか。なんだかエモイことを言ってますが、自分の人生とか在り方とか、生かせられてる地球のことを考えずにはいられなくなったというか。
使命感とかvalueについて見つめ直すきっかけになりました。

彼との出会いがきっかけで、小手先でなんかするんじゃなくて、大きく物事を捉えたいなって思うようになりました。

でで、この写真を見ているときに、

「僕は日本が大好きで、将来の夢は、着物を着た日本人が海に飛び込んだ写真を撮ることなんだ。」

と言われたんです。ただただ「いいね~~~」みたいな感じで受け答えしていました。そして、私の友達がジュゼッペを寿司パーティに誘います。(実はジュゼッペはミラッツォの出身)

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ここでまた彼の熱い想いを聞くわけですが、もう聞き入りすぎて首の角度がすごいです。
みんなお腹いっぱいになったので、地下にある部屋に集まりピアノを弾いたりしてまったり。

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△私も混じって坂本龍一さんの「戦場のメリークリスマス」を弾きました。


すると、急にジュゼッペから興奮気味に
「かん奈!なんで坂本龍一の曲を弾いたんだい!?なんでだ!これは運命か!!」と叫ばれました。


僕は2010年に坂本龍一と一緒に日本でプロジェクトを行って、3.11の震災では彼とチャリティームービーをつくった。彼からたくさんのことを学んでほんとうに尊敬している。日本のことも大好きになった。かん奈、今日話した僕の夢を覚えているかい?もしもかん奈がモデルをしてくれるなら、夏にシチリアの海で一緒にプロジェクトをしよう」と。


「い~~~やいやいやいや、またまたそんなことを~~~、I hope !!」とかいって、とっても嬉しかったですが雰囲気で流していました。

そして帰国の日を迎えます。
どうなる!?

(続きはvol.2にて…)



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100年続くヴィンテージの着物地を使用した、子や孫に受け継ぐことができるものづくりブランド【Oriori-japan】を起ち上げました。 想いや関わってくださる方々について綴っていきます。