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オリジナルブランドを始めたきっかけ_vol.03『破門レベルのことをしてまで、成し遂げたかったこと。』

こんにちは、Oriori-japanの藤川です。
”初心忘れるべからず”ということで、約2年前にさかのぼってブランドの誕生のアレソレを書き留めています。今回は第3弾。
第1弾
第2弾

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さて、イタリア・シチリア島の滞在も後半戦。
シチリア島のミラッツォという町では、日本人の観光客が町を歩くことも珍しく、ましてや着物姿なんて注目の的でした。

ただ、その経験がプロジェクトの困難を招くことにもなり、後々のブランド起ち上げへと繋がるのでした・・・。

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△ 泊まっていたBnBでは、ホストやその友達&家族に着付けをしたり。

△ジュゼッペはいろんな展示会やパーティに私たちを招いて紹介してくれました。


そんな中、とあるセレブが集まるパーティに呼ばれます。なんでも、イタリアの名誉あるデザイナーたちが集まる会とのこと。

私は正直、参加したくありませんでした。
なぜなら、私には何の肩書も名誉もなく、ただモデルで来た(この時点ではまだ海にも飛び込んでいない)ジャパニーズレディーなだけで、自己紹介をするのが億劫だったからです。
(常に『勝ちゲー』しかしたくない、プライドの高い私には屈辱的…。)

しかし断ることができず、いつものようにユミさんに着付けをしていただき、パーティへと向かいました。

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でもこの時、気づいたのです。

― 誰でも、何にでもなれる。質が高く丈夫な日本の織物は、何にでもなれる原石でした。

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と…。

ユミさんが日本から持ってきてくださった振袖と着物たち。その着物は全て正絹(シルク100%)で織られたものでした。
その質の良さと光沢、気品がセレブたちを惹きつけ、私たちは一気に注目の的でした。
セレブたちがこぞって着物を触り、「素晴らしい!」「webサイトはあるのか!?」「着物をつくってほしいんだがどこにアクセスすればいい?」「今買えるのか?」と言ってきたのです。

なんの肩書もない私に、日本の職人さんがつくった着物が自信を与えてくれました。
こんな体験は初めてでした。

そして隣を見ると、
「50年着物に携わってきて、こんなに着物が尊敬されいているところを見たことがない」と言い涙を流すユミさんの姿がありました。
その様子に私は強く胸を打たれました。突き動かされるものがあったのです。

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そんな体験から一夜明けて…(シチリアの太陽は熱い。そんなときは浴衣を。)

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昨日までのアンビリーバボーな体験もあり、ユミさんからある不安が生まれます。
「ほんとうにあの振袖で海に飛び込むの?浴衣じゃだめかな…?」
と、ジュゼッペに聞いてほしいと言われました。


ユミさんが提供してくださる予定だった振袖は、ユミさんのお母様がユミさんのために織ったものでした。


しかし、振袖で挑みたいジュゼッペ。
私はただただ2人の気持ちを通訳するだけで、何も言えませんでした。

丸一日経って、ジュゼッペが次のように発します。

「この振袖を写真で見て、この素晴らしい振袖だからこそ『やろう!』ということになった。だから2人を呼んだんだ。いざ飛び込む前になって、他の着物や浴衣を提案されても、それはフェアじゃない。」

しばらく悩みましたが、この言葉を聞いて、納得してくださったユミさん。
正絹の着物を来て飛び込むなんて、業界では破門レベル。ほんとうに覚悟のいる選択だったと思います。のちに、ユミさんは以下のように話してくれました。

「この話を相談されて、最初はびっくりしたわよ。でも、もし誰かに責められたらこういうわ。”じゃあ、あなたは日本の着物文化を本気で良くしようと何か行動を起こしたことがありますか”ってね。私は本気だった、だから後悔はないわよ。」と。

カッコイイです、ユミさん……(涙)。ほんとうにありがとうございました。
そして、ついにプロジェクトチームが動き出します。

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撮影には、ジュゼッペの他にドローン担当のカメラマン、撮影補助2名、そして私のライフセーバーに2名、の計6名が同行してくださいました。
(この時のいろんな裏側の写真を撮ってないのがほんとうに残念!)

まずは撮影場所の海までボートを走らせます。すでに振袖は着用していました。

撮影前、
「海の中の蝶のように舞ってほしい。」「指先までしなやかに」「自信を持って」とジュゼッペに言われました。この瞬間ゾッとしたのを覚えています。役者でもない、表情も乏しい私に務まるのかと。直前になって事の重大さをひしひしと感じました。

そして「ユミも飛び込んで2人を撮るのはどうか」という話にもなり、緊張し始めるユミさん。ただ、重たい着物を着ての海中なので、まずは私が試しに潜ってみようということに。

ボートから海へそ~っと入り、まずはプカプカ浮いてみました。意外と浮く!危険はなさそうでしたが、逆に想定していたよりも浮きすぎて、自力で海底へ潜ることができませんでした。

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そこで、ライフガードの兄ちゃんに頭の上から思いっきり海底へ押し込んでもらう方法を試してみることに。

ここで悲劇が起きるのですが、
”『3、2、1、GO!』の『GO!』で押すから、思いっきり息を吸って!”
と言われたので「OK!」と返事をして構えてたら、
「OK!?OK!?」といきなり言われ、とりあえず準備はOKのつもりで「YES,OK!」と答えた瞬間に、ものすごい力で頭から押され、瞬く間に海の底へ……!!!!!

死ぬわ!!

って本気で思いました。準備ができていなかったので無我夢中で海面へ上がります。この一瞬の出来事がトラウマになり、ちょぴっとパニックに。

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そこで今度は、足から引っ張ってもらうことになりました。このほうが安心感もあり、圧迫感がなかったので、この方法でGOすることに。
引っ張ってもらってからスタッフさんが画面から消えるまでの時間は耐えなくてはなりません。ただ、その間に振袖の袖がまとわりついたり、脚元が常に開いてしまったりと、優雅な感じを表現するのは難しかったです。


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そのため、海底をあきらめ、海面での撮影が中心となりました。

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水中の中でも、振袖はとても美しかったです。
(この時の記憶は、必死過ぎてあまり覚えていないのが正直なところ。)

約2時間にわたる海中撮影を終えて、ボートに上がろうとしたときには、重さで縫い目がほどけ、色落ちしていました。ユミさんはずっとボートの上で待ってくれていました。
「思ったよりキツイかもです!ユミさんは潜らない方がいいと思います」とだけ伝えて、海岸へ。

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↑ユミさんオフショット。ちょっと…いろいろ面白いです。

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海岸ではドローン撮影や、ジュゼッペからのオーダーで「Pray for 3.11」の撮影が続きました。
海中撮影からこの時まで、何も考えられませんでした。ほんとうに頭の中は真っ白だったんだと思います。記憶もない…。

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そんなこんなで…終了!

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正直なところ、終わったあとの安心感と、海中へ潜ったり表現者になれなかった悔しさが残っていました。これだけの人が関わってくれて、それに見合う作品になったのかと。
今更、髪の色はこれでよかったのかとか考えてしまいます。

などなど、不安はありましたが、悔やんでも仕方がないのと、総じて、「やってよかった!」と心から思えたので良しとすることに。

日本へ帰ったらジュゼッペと一緒にエキシビジョンをしたいという思いが募り、いつかタイミングが来たときに企画してみたいと思っています。

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後日談ですが、帰国後すぐに次のキャリアが具体的に見えたわけではありませんでした。よし!ブランドを起ち上げよう!と思ったのは帰国から数か月後。

次回からのnoteでは、起ち上げようと決めてから創設までの具体的なことも綴っていこうと思います。
何事も初心者だったので、とにかくやってみないと分からない!と一年間走ってきました。そこで、ほんとうに大切にしたいことなどが見えてきました。

会社も2年目に突入。このタイミングで改めてコンセプトやビジョンなどを見つけたいという思いがありました。

自分だけで内省することもしますが、こうして公開することにも意味があると思っています。

まずは第一弾~第三弾までお付き合いくださり、ありがとうございました!


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100年続くヴィンテージの着物地を使用した、子や孫に受け継ぐことができるものづくりブランド【Oriori-japan】を起ち上げました。 想いや関わってくださる方々について綴っていきます。