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ショートショート『キャッシュレスすぎる財布』

 いや、キャッシュレス時代に大層な財布なんていらないだろ。

「こちらは、現代に合わせた最新テクノロジーを搭載した財布にございます」
 見るからに高級そうな、この革財布が?
「はい。試しにお使いになってみますか?」
 使う? どういう意味だ?
「お客様は、いま現金をお持ちでいらっしゃいますか?」
 ああ。最近はほとんど出番がないが、念のため少しは持ってるぞ。
「では、そちらをこの財布に入れてみてください」
 なんだかよくわからんが、やってみるか。ええと、現金ってどこにしまってたっけか。
「ところで、お客様の電子マネーの残高は、現在いかほどですか?」
 ん? どうだったかな。ここに来る前にコンビニで使ったから、あまり残っていないかも。
「こまめにチャージはなさったほうがよろしいかと」
 ついつい後回しにしがちなんだよなぁ。・・・あったあった。こんなとこに隠れてたのか。
「お金は、もっと大事になさったほうがよろしいかと」
 わかってるっての。この金を新しい財布に入れて、と。・・・え?
「どうです?」
 おいおい。金が消えちまったぞ。
「驚きましたか?」
 手品の類か? 煙に巻いて金を騙し取ろうってんじゃないだろうな。
「いえいえ、とんでもない。お客様の電子マネーの残高をご覧ください」
 ・・・増えてる。
「それが、こちらの財布の持つ機能になります」
 この財布に金を入れると、電子マネーにチャージができる、と?
「他にもございます。まだ、お手持ちの現金は残っていらっしゃいますか?」
 ああ。カバンの底に、万札が一枚眠ってた。いつから入ってたのかわからんが。
「そういったものって、なんだか得した気分になりますよね」
 臨時収入みたいなもんだよな。
「その一万円で、何か買いたいものなどはございますか?」
 そうだなぁ。いま一番欲しいものっていうと、ライブチケットだな。
「ライブのチケット、ですか?」
 お気に入りのバンドのライブチケットが、確かS席一万円だったはずだ。といっても、抽選に外れちまったから、もはや手に入れるのは不可能なんだが。
「最近は、転売なども厳しく規制されていますからねぇ」
 そういうこった。まあ、転売屋なんかから買おうとしたら、とても一万どころじゃ済まなさそうだが。
「では、そのチケットを思い浮かべながら、一万円を財布に入れてみてください」
 はぁ? どういう意味だ?
「まあまあ、騙されたと思って」
 騙されるのは、まっぴらごめんなんだが。・・・って、また金が消えちまったぞ。
「そういった財布ですから」
 しかも、今度は電子マネーの残高も増えてねぇ。ホントに騙しやがったのか?
「メールをご確認ください」
 ん? なんか、届いてるな。
「うまくいったようですね」
 当選のお知らせ? これって、まさか。

「こちらの財布は、お金を入れたときに念じたものを購入できる仕組みになっております」

 念じたものを、だと?
「はい。電子マネーなら、残高のチャージを。そのほかのモノやサービスは、どんなものでも購入でき、自動でお手元に届くという具合です」
 どんなものでも?
「もちろん、入れた現金の範囲内での話ですが」
 今すぐ、コレをくれ。
「ありがとうございます。お支払いはいかがなさいますか?」
 ・・・電子マネーって、使える?

 しまった。調子に乗って、現金が無くなっちまった。
「それを、私に言われましても」
 いやまあ、そうなんだけどよ。
「銀行で下ろせばよろしいのでは?」
 そっちもほとんど残ってないんだって。仕事もやめちまったから、これ以上増えようもないし。
「お辞めになったのですか?」
 ああ。ブラック過ぎて、金を使うヒマもない毎日だったからな。
「キャッシュレス財布を使って、悠々自適の引きこもり生活、というわけですか」
 使ってない金がたんまりあったから、問題ないと思ったんだがなぁ。
「ついつい、使い過ぎてしまったと」
 そういうこった。なんとかならないか?
「実は、ぴったりの商品がございます」
 ・・・え? ホントにあるの?
「はい。こちらの財布になります」
 見た目は、キャッシュレス財布と同じだな。
「これは、『キャッシュネス財布』です」
 なんだか、紛らわしい名前だな。
「どうぞ、お使いになってみてください」
 使うって言っても、財布に入れる金の持ち合わせがないぞ。
「以前ご購入いただいたキャッシュレス財布をお出しいただけますか? 財布の同期を行いますので」
 同期? よくわからんが、ほらよ。
「少々お待ちを。はい、これでOKです」
 ん? 新しい財布の表面に、何か数字が浮かんでるな。
「その財布を持って、欲しい金額を念じてみてください」
 欲しい金額? 金なんて、いくらでも欲しいが。
「まずは、今すぐ必要な金額だけでも」
 そうだなぁ。家賃の支払いが近いから、とりあえず五万くらいか?
「では、財布を開いてみてください」
 ・・・五万、入ってる。
「数字のほうは、どうですか?」
 五万減ってるな。これって・・・、

「こちらは、お客様が貯めた『キャッシュレス・ポイント』を、現金化できる財布になります」

 は?
「ICチップも内蔵しておりますので、そのまま電子マネー端末としてもご利用いただけます」
 ポイントって、何のことだ?
「実を言いますと、当店のキャッシュレス財布は、利用金額ごとに一定のポイントが貯まる仕組みになっておりまして」
 こっちの新しい財布に表示されてる数字が、そのポイント残高ってことか。
「ずいぶんとお使いになられたようで。これほどの量のポイントを見たのは、私、初めてです」
 褒めるなって。
「呆れているのですが」
 思ってても言うなよ。でも、使った金額にしては、ポイントが多すぎる気がするが。
「おそらく、ポイント還元率が高いキャンペーン中でのご利用が多かったのでしょうね」
 キャンペーン? そんなのもあるのか?
「はい。あえて、お客様にはお知らせしておりませんが」
 いや、教えろよ。
「こちらも商売ですので」
 利用がキャンペーン期間に集中しすぎると、そっちも損ってことか。
「ええ。お客様には、偶然にも儲けさせてしまったようですが」
 とにかく助かったぜ。コレ、もらえるか?
「ありがとうございます。お支払いはいかがなさいますか?」
 ・・・このポイントって、使える?

 しまった。ポイントまで使いきっちまった。
「お客様も、懲りませんね」
 うるせぇよ。なんか、上手いことできないか?
「実は、ぴったりの商品がございます」
 え? マジで?
「マジです。こちらになります」
 また財布かよ。今度は何だ?
「これは、『キャッシュデス財布』です」
 現金(キャッシュ)です? 何の冗談だ?
「まあまあ、試しに使ってみてください」
 使うって、また同期とやらをするのか?
「いいえ。こちらはお持ちいただくだけで、すぐにご利用いただけます」
 いや、ポンと手渡されても。
「財布の表面をご覧ください」
 ん? こっちにも数字が浮かんでるな。これって・・・。
「ええ。その財布で現金化できるポイント残高になります」
 もう、ポイントは一切残っていないはずだが。
「そちらは、お客様の『クレジット・ポイント』です」
 俺のクレジット? どういう意味だ?

「これまでお客様が積み上げてきた信用や信頼、他者からの評判や名声などを数値化したものになります」

 ふぅん。よくわからんが、これも金にできるのか?
「はい。使い方は、以前のキャッシュネス財布と同様です」
 とにかく、これで生き延びたぜ。今すぐくれ。
「ありがとうございます。お支払いはいかがなさいますか?」
 ・・・ポイント払いで。

「来ると思ってました」
 うるせぇよ。これは一体、どういうことだ?
「と、言いますと?」
 あの財布を手に入れてから、不幸続きなんだが。
「不幸、ですか?」
 彼女には突然別れを切り出されるし、ダチには連絡がつかなくなるし、最近じゃあ、隣近所のやつらの目も、なんか冷たいんだけど。
「そうでしょうねぇ」
 どういうことだ?
「『クレジット・ポイント』の残高は、お客様の評価そのもの。消費すれば、相応の扱いになるのは仕方ありません」
 は? クレジットって、そういう意味なのか?
「そのご様子だと、もう残高はほとんど残っていないようで」
 くそっ、ご推察の通りだよ。
「信頼を積み上げるのは大変ですが、失うのは一瞬。とは、よく言ったものです」
 笑ってるんじゃねぇよ。なんとかならないのか?
「実は、ございます」
 そう言ってくれると、信じてたぜ。
「こちら、『キャッシュレス貯金箱』になります」
 貯金箱? 財布じゃないのか?

「これは、お金の代わりに持ち主の信頼・信用を貯めておける貯金箱です」

 信用を貯める? そんなことできるのか?
「はい。本物のお金が貯まっているように見える仕組みになっておりますので、モチベーションも上がりますよ」
 どうやって貯めるんだ?
「それはもちろん、お客様自身で評価を高めていくしかありません」
 評価を上げるったって、具体的にどうすればいいんだよ。
「ご自身のできることで、他者や社会に貢献なさるのがよろしいかと」
 社会貢献?
「ええ。他者に尽くしてこそ、相応の対価が得られるというものですから」
 それって、つまり・・・。
「仕事とは、元来そういったものですよね」
 地道に働くのが一番、ってことか。ちくしょう、わかったよ。
「貯金箱はこれまでの財布とすべて同期できますので、貯めた信用は、すぐに使えますよ」
 んなこと言っても、また使い過ぎないよう注意しなきゃならねぇけどな。
「ご利用は、くれぐれも計画的に」
 その言葉、最初に言ってほしかったぜ。まあいいや、それくれ。
「ありがとうございます。お支払いはいかがなさいますか?」

 ――信用払いって、できる?

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