見出し画像

ショートショート『汗をかくパソコン』

 なんだ? コレは。
「新製品でございます」
 意味がわからんのだが。
「このノートパソコンは最新の高性能チップを搭載し、これまでにないパワーを発揮いたします。お客様がいまお使いになっているパソコンと比べたら、まさにウサギと亀。いや、コンコルドと紙飛行機といったところでしょうか」
 ウサギは亀に負けるけどな。コンコルドなんて、もう製造終了してるし。
「ただ、これだけ高性能となると、大きな問題がひとつございまして」
 無視か。ええと、バッテリーの持ちが悪いとか?
「いいえ。大容量バッテリーを搭載しておりますので、丸一日以上でも問題なく使用できます」
 じゃあ、何が問題なんだ?
「発熱でございます」
 確かに、重いソフトとか使うと、パソコンってすぐに熱くなるよな。
「ええ。せっかくの性能が思うように活かせませんし、最悪、故障や発火などの危険もございます」
 怖い話だ。それで?
「一般的には、本体に冷却装置を取り付けて発熱を防ぐのですが」
 ああ。よく聞くな。
「装置の音がうるさい、というお客様も多くいらっしゃいまして。しかし、発熱はどうにかして防がなければなりません」
 あちらを立てればこちらが立たず。事情もよく知らずに、わがままな客もいたもんだ。
「そんなお客様の厳しいご要望にも応えるべく開発したのが、こちらの製品になります」
 コレが? どういう仕組みなんだ?
「このノートパソコンは、ある一定以上の温度になると、自動で水を出して温度調節を行う仕組みになっています」
 なるほど、人間が汗をかく仕組みと同じってわけか。・・・って、オイオイ。電気製品に水なんてかけたら、危ないんじゃないか?
「水は本体表面にのみ流れます。防水処理もカンペキですので」
 ふぅん、しっかり考えているんだな。
「水冷パソコンと違い、こちらは従来機種に後からユニットだけ取り付けることが誰でも可能です。ただし、この専用パソコンのように、しっかりと防水加工が施されていることが条件となりますが」
 気になるな。ちょうどパソコンを買い替えたいと思っていたところだし。
「いかがです? 今なら発売記念に、限定価格でご提供できますが」
 限定価格とか、弱いんだよなぁ。
「サービスとして、吸水性抜群の専用汗拭きハンカチもセットでお付けいたしますよ」
 サービスにも、弱いんだよなぁ。
「何か問題があれば、すぐに対応いたしますし、何なら新品の交換品もご用意しております」
 うむ。これをひとつ。
「ありがとうございます」

* * *

「いらっしゃいませ」
 ああ、この前の定員か。ちょうどよかった。
「いかがされましたか?」
 あのノートパソコン。外で使っていると、なぜか女性が近くに寄ってくるんだけど。
「そうでしょうねぇ」
 どういうことだ?
「パソコンから出る水には、異性を惹きつけるフェロモン効果がありまして。ご説明していませんでしたか?」
 説明書にも、何も書いてなかったぞ。
「それは申し訳ありませんでした。汗顔の至りでございます」
 汗だけにな。
「しかし、お客様にとっても、悪いことではないのでは?」
 ふむ。理由もわからず気味が悪かったが、原因さえ知れば問題ないな。
「あちらのおしゃれなカフェなど、美しい女性が多くいらっしゃっておすすめですよ」
 店員サン、話がわかるねぇ。
「恐縮です」

 ・・・ちょっと、いいか?
「いらっしゃいませ。何か?」
 あのパソコン、最近になって汗の量がめっちゃ増えたんだけど。
「作業負荷が増えたのでは?」
 いや、前と大差ないはずなんだが。
「では、緊張かストレスでしょうか」
 ストレス?
「同じ作業でも、重要度や深刻度の高い内容だとパソコンが判断した場合、万が一の熱暴走を防ぐために、通常よりも多く発汗する仕組みになっております」
 ずいぶんと至れり尽くせりだな。大した技術だ。
「わたくしどもの血と汗の結晶ですので」
 汗だけにな。
「どうしても気になるようでしたら、専用のカバーはいかがでしょう?」
 カバー?
「こちら、主要部位に吸水パッドが付いておりまして、ハンカチで拭く手間が多少は軽減できるかと」
 こんな便利なモノがあるなら、最初から出してくれよ。
「申し訳ありません。先週発売したばかりのものでして」
 まあ、いいや。これをひとつ。
「ありがとうございます」

 店員サン、店員サン。
「いらっしゃいませ。また、何か?」
 例のパソコン。最近、変なニオイがするんだけど。
「? フェロモンは無臭のはずですが」
 本当だって。ここ一、二週間の話なんだけど。
「メンテナンスは、きちんとしておられますか?」
 メンテ?
「ええ。発汗当初は無害な水も、パソコン表面に付着している微細な細菌などが原因で、酸化したり成分が変化してしまいますので」
 この前買ったカバーで、しっかり吸水してるはずだぞ。
「カバーは毎日洗濯なさっていますか? ハンカチもですが」
 洗濯? 必要なのか?
「何日も同じ洋服を着ていると、どうなりますか?」
 なるほど。言われてみれば確かに。
「できれば洗い替えに、予備のカバーやハンカチをご用意しておくとよろしいかと。以前ご購入いただいたぶんも含めて、今ならセット割引いたしますよ」
 うむ。よろしく頼む。
「ありがとうございます」

* * *

 ・・・オイ、店員。
「いらっしゃっしゃいませ。今度は、何か?」
 もう、うんざりなんだけど。
「何がでしょうか」
 毎日、こまめに汗を拭いて。お着替えさせて。洗濯して。さすがに我慢も限界だ。
「はぁ」
 少しでも放っておくと、フェロモンが出過ぎて周りが女性だらけになるし。
「天国では?」
 彼女たち、みんな俺じゃなくてパソコンが目当てなんだよなぁ。
「ままならないものですな」
 それに、パソコンから変なニオイが出てないか、始終気になるし。
「慣れてしまうと、ご自身では気づきにくいものですから」
 どれだけ高性能で作業が効率化できたとしても、それ以外で手間がかかるんじゃ意味がないだろ。
「正論ですな」
 こっちがパソコンのために額に汗して働いて、どうするんだよ。
「汗だけに、ですか」
 うるせぇよ。もう、返品したいんだけど。
「承知いたしました。代替品に交換することも可能ですが、いかがなさいますか?」
 同じヤツはご免だぞ。
「実は、似たようなご意見を他のお客様からも頂戴しておりまして。欠点をすべて改善した新モデルを、この度発売することになりました」
 そいつと交換してもらえるのか?
「ええ。差額も一切いただきません」
 そりゃあいい。いますぐもらえるのか?

「はい。こちらが新製品の『無汗パソコン』になります」

 ・・・は?
「従来の発汗ユニットの代わりに、専用の小型ファンを内蔵しておりまして」
 ちょっと待て。
「フェロモンや水の変質なども皆無ですので、余計な手間や煩わしさは一切ございません」
 それって・・・、
「今ならキャンペーンで、騒音防止の耳栓もセットでお付けいたしますよ」
 ――ふつうのパソコン、じゃね?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?