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ショートショート『骨董品、製作中。』

 おや、お若い方が骨董とはめずらしい。

「テレビ番組に影響されまして」
 どんな理由にせよ、興味を持っていただけるのはありがたい限りですな。
「ここは、骨董品店であってますよね」
 看板にもそう書いてありましたでしょう?
「ええ。近くまで来ないとわかりませんでしたが」
 あまり騒がしいのは好きじゃなくてねぇ。このとおり狭い店ですから。
「それで、骨董品はどこにあるんですか?」
 そこの棚に並んでいるではありませんか。
「いや、どれも新品じゃないですか」
 そちらの棚は、いままさに骨董品を作っておる最中でして。
「作ってる?」
 はい。この店に置いてあるものは、すべて時間の進みが早くなっておるのです。
「どういう意味です?」
 言葉の通りですよ。一時間おけば十年、二時間だと十二年、三時間だと十二年と三ヶ月といった具合で、だんだんと効果が少なくなってしまうのですが。
「このラベルは?」
 それぞれの経過時間ですな。毎日貼り替えるのがそれはもう大変でして。
「じゃあ、この壺は百年ものってことですか?」
 ええ。店を譲ってくださった先代によると、そのあたりが限界のようです。
「そんなふうにはぜんぜん見えませんけど」
 いまは新品同様でも、ひとたび店の外に持ち出せば、あっという間に骨董品に早替わりといった具合で。
「まるで玉手箱ですね」
 上手いことおっしゃる。
「なんでも骨董品になるんですか?」
 そこらのものを置いても、ただの古いガラクタが出来るだけですが。
「品選びに目利きが試されるのですね」
 そういうことです。
「商品はどんなものがあるんですか?」
 そちらに並んでおるもの以外にも、いろいろ取り揃えてございますよ。たとえば、あちらにドアがあるでしょう?
「重厚そうな扉ですね」
 あの向こうはワインの貯蔵庫になっています。
「なるほど。ヴィンテージワインを作っているのですね」
 個人的にも楽しませてもらっております。
「しかし、年代を偽って売るのはマズいんじゃないですか?」
 いえいえ。製造年月日を偽装するなんてことはいたしておりませんよ。
「そうなのですか?」
 この店の仕組みをご存じの方にのみ販売しておりますから。最近はネットでの取引がほとんどで、お店にいらっしゃる方はほとんどいなくなってしまいましたが。
「たしかに、僕がここを見つけたのも、偶然と気まぐれが重なり合ったようなものでしたからね」
 この奇跡のような縁を大切にしていきたいものですな。
「でも、昔に作られたものでなければ、どれだけ古く見えても価値はないのでしょう?」
 一般的にはそうかもしれません。ただ、これが意外と評判がいいのですよ。
「はぁ」
 作られた年代が新しいのに、何十年もの時を経た風合いを出すものというのは、おいそれと手に入るものではございません。希少価値という意味では、むしろ従来の骨董品より高いとも言えますな。
「そう聞くと、すごく魅力的に見えてきました」
 どうぞ、お好きなものをお手に取ってご覧ください。

「よし、決めた。これにします」
 ずいぶんと悩んでおりましたね。
「いやあ、優柔不断なタチでして。予算もあまりなかったものですから」
 こんなに長くお店にいらした方は初めてですよ。
「ご迷惑ではなかったですか?」
 とんでもない。むしろ渡りに船でした。
「? じゃあこれください」
 ありがとうございます。しかし、本当に良かったのですか?
「はい。ちょうど玄関に飾る小物が欲しかったので」
 いえ、商品のことではなく。
「? 何のことです?」
 こんなに長くお店にいて、大丈夫なのかなぁと。
「何の話ですか?」
 最初にご説明しましたでしょう? この店のものは時の進みが早くなっておると。
「ええ」
 見た目にはわからなくても、店の外に出せばたちまち骨董品に早替わりすると。
「それがどうかしたんですか?」

 ――あなた、もう一時間以上この店にいるんですよ。

「え?」
 およそ十年ですか。私のような年寄りと違って、お客様のような若い方にとっての十年は恐ろしく貴重な時間のはずです。
「もしかして……」
 まあ、店の外に出なければ変わらずに歳をとっていけますが。私のようにね。
「あなた、も?」
 せっかくですから、この店を継いでくださいませんか? なあに、近ごろは外に出なくても快適に生活する方法などいくらでもありますよ。
「ちょっと、待っ」

 ――いやあ、寿命が来るまでに後継者が見つかってよかった。よかった。

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