現実は、あとからついて来るもの?

昨日、Twitterで、こんなツイートを見ました。

実際にはそうでなくても肩書を名乗る、ようは「肩書を名乗れば、現実はあとからついて来ますよ」という内容です。

実績がないのに肩書を名乗る――ということに、たぶん多くの日本人は抵抗があるんじゃないかと思いますし、実際、私自身もそうです。
でも一方で、このツイートにも一理ある、とも思えるのですね。

人は人をラベリングすることで、安心感を得ている部分があると思うのです。
リアルでもそうでしょうが、ネット上では顔が見えない分、更にそうだと思うのです。
つまり、「何をやっている人なのか、よくわからない」よりも、はっきりと「〇〇をやっている人だ」とわかる方が安心できるのかなあと。
ましてや、金銭の発生する仕事を依頼したりする場合だと、このツイートにもあるとおり、「漫画家志望」よりも「漫画家」と断定してしまう方が、仕事の話を持ちかけても大丈夫だな、と思える部分が大きいのではないでしょうか。

で、そんなことを意識して、かつて私がここで自分の仕事について書いた記事をふり返ってみます。

いやもう……超自信なさげですよね……。
そもそも、私のプロフィールに書いてある肩書からして、「ものかき」って何する人かよくわからないですよね……。
あの肩書は、言ってみれば、苦肉の策的なものなのです。
ネットで長年小説を書いてるけど、最近はイマイチ、パッとしなくて、オンノベ作家とすら名乗れない、というか、そう名乗るのも痛々しいじゃん自分、みたいな発想から、とりあえず「文章を書く人」ってことで「ものかき」と名乗ってたわけなのです。
けど、やっぱそれじゃあ、あかんのかな~とも、上記のツイートを見て思いました。
なんの実績もなくて、恥ずかしい気持ちはすっごいあるんですけど……とりあえず、「作家、エッセイスト、ブロガー」あたりでどうかな~と。

今、ここに書いただけでも、なんかスゲー恥ずかしいんですけど。
っていうか、上記のツイートの人は、実績とか尋ねられたりしなかったんですかね。
いやまあ、私もネットに上げてる無料の小説とか無料の記事なら一杯ありますよ。
一応、電子書籍で売ってるものもありますが……それを実績と言い張っていいんでしょうか。
それとも、それを実績と言い張る図太さが必要ってことなんでしょうか。

よくわかりませんが……しばらく、心の中で(自称)とつけつつ、上記の肩書をつけてみようか……と思ったことでした。

■追記
上記の記事を書いて公開したあとで、こんな記事を見つけたので、これもこちらに埋め込んでおきます。

この記事を読んで、例のツイートの人にとっては「究極の理想の形」が「漫画家」だったのかな~と思ったりしました。
それはともかく、ネットで仕事をしたい・する人にとっては、とても参考になる記事ではないかと思いました。

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