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Q.なぜ和文化を伝えたいのか?

前回の続き。

私は、おばあちゃんmadeなんだという話し。そして、おばあちゃんがどんな暮らしぶりであったか、具にいつもおばあちゃんの隣で見てきた私に、おばあちゃんが受け継いできた継承のバトンが渡されている…ようなことをお伝えした。

おばあちゃんが祖先から受け継いだ日常のルーティーンは、おばあちゃんがコレをしていたら間違いないと信じていたものばかり。こうしたら、神様が守って下さるという自分の願いを神や仏に伝える日々。毎日毎日、休む事なくお経を唱え、願いを伝える繰り返し……コレって誰よりも自分を信頼するための暗示で、典型的な心理学を活用した方法。そうか、おばあちゃんは自己啓発を人生に正しく取り入れていたんだ!

おばあちゃんが毎日、神仏への水の浄化で一日の始まりと終わりの儀式を執り行うと前回お伝えした。仏花や榊も綺麗にして、蝋燭に火を灯し、お線香に火をつける。炊き立てのご飯も装ってお供えが整うと、おじいちゃんが神前に立って柏手を打ち、仏前に座ってお経を唱え、その後ろにおばあちゃん、私が座って後に続く。お線香は煙を燻らせ、私の嗅覚から五感に擦り込まれた記憶は頑丈で、今でも京都のお線香屋さんの前を通ると、タイムスリップしたかのように、あの祖父母の朝晩の儀式の光景が舞い戻る。思えば、祖母は決めた事をやり通す人だった。お陰様で、私は九九も時計も、平仮名も漢字も、祖母に繰り返し繰り返し教えられたから、学校で困ることは一度も無かった(……少なくとも、その頃までは)。祖母が教えてくれる時に怒られた記憶は無い。常に、「いや〜、玲ちゃんエライなぁ。賢いねー。さぁ、頑張らなくっちゃね!」と、『頑張らなくっちゃ』という歌(たぶん祖母オリジナル)を口ずさんで励ましてくれる。おはじきを10個か20個並べて、私の学びに毎日寄り添い、励ましてくれたから、ピアノも国語の教科書の暗唱も、難無く出来た。

祖母は、祖母自らも学ぶ姿勢を見せてくれた。字が上手くなりたいと言って、ボールペン習字を通信で習うと、やはり毎日毎日、お手本に習って書き連ねて練習した。練習の紙がもったいないからと、広告の裏紙に定規でキチッと線を引き、練習を繰り返していた。また、写経を私とやるために、先ずは自分がスラスラと書けるようにとお東さん(東本願寺)で写経の用紙を買ってきて、それを小筆で写していく。それは楽しげに、充実感に満ちた表情で。私は、そんな祖母の横顔を見るのが大好きだった。祖母は写経に慣れた頃に、私にも一緒にやろうかと声をかけてくれた。常からあんなに良い表情で取り組む祖母を見ていたから、やりたいに決まっている私は、返事より先に祖母の傍で小筆を受け取った。それから二ヶ月くらいかけて練習を重ねて出来た写経を、祖母と一緒にお東さんの山門の上の部分に納めに伺った。納められた場所を祖母と二人で見上げていたら、祖母がこう言ったのを良く覚えている。

「あそこに、おばあちゃんと玲ちゃんが、書いた写経を納めてくれてはるからね。頑張らなあかん時は、あそこ見にきたら良いよ。」

そうやな、おばあちゃん。note書いていて今、改めて思い出した。今度、京都の撮影に行ったら見てくるわ。

五感に擦り込まれた記憶がどんなに鮮やかにその瞬間を思い出させてくれるか、の話をしたくて祖母の事を話題にしたものの、私自身の気づきに至ってしまった。

だから続きはまた次回に。

#わたしの回想録


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