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先生と約束したあの日から

「ねえ、せんせい。わたしね、いつかゆかせんせいみたいなせんせいになるのがゆめなんだ」

「そっか。じゃあいつか一緒にお仕事できるのかな?楽しみだなぁ」

「うん!やくそくするよ。だからね、ゆびきりげんまんしよう」

「うん。ゆびきりげんまん🎵〜」

そう約束を交わしたあの日から、私は保育士になる夢を持つようになりました。
大好きなゆか先生と同じ「先生」になりたくて、温かくて優しい手をした先生と二人だけの指切りをしたのです。
あの日からずっと、私の夢が変わることはありませんでした。

小学生の頃に書いた未来の自分に宛てた手紙の始まりには、「素敵な保育士さんになっていますか?」そう綴られていたのです。
その手紙を見つけた時、私は仕事着のエプロン姿のまま思わず抱きしめ泣き崩れてしまったのです。
それは憧れの保育士になれたことへの喜びの涙ではなく、保育の現場で心を壊し、夢も希望も見失ってしまったが故の涙でした。

「先生、ごめんなさい。私はもう、子どもたちの前で笑うことが・・・できません」そう独り言を呟いて、くしゃくしゃになった手紙を強く抱きしめ、泣きました。
もしも子どものままだったら、先生のところに走って行って、涙を拭いてもらえたでしょう。
「悲しいよね、辛いよね。でもね、頑張っていることは先生ちゃんと知ってるよ」そう寄り添ってもらえたのかもしれません。

けれども私が働いていた園では保育士同士が支え合い、子どもたちのために奮闘することよりも互いに傷つけ合って、自尊心を守ろうとする人ばかりでした。
激務に追われ、責任の重さに疲弊して、誰もが何かしらの心の闇を抱えてしまっていたのかもしれません。

そして私も気がつけば、その一人となっていたのです。

幼い頃の私が今の姿を見たらきっと、保育士になることを諦めてしまうかもしれません。
先生と約束を交わすこともなければ、その夢を大切に心の中で育てようともしなかったかもしれません。

保育士として働く中で、生きる希望さえも見失いかけた時に救いを求めた場所が本屋さんでした。
辛い気持ちを、苦しい胸の内を、誰かが言った言葉に救われたいと思ったんです。
だから読書が苦手な癖に、本屋さんに足を運び、蛍光色で彩られた保育の棚へと向かいました。

けれども、どこを探しても保育士に寄り添ってくれるような本は、一つも見つからなかったのです。
全ての棚をくまなく探したあたりで、「参考書」と書かれた本を見つめ、本屋にいるにも関わらず涙が止まらなくなってしまいました。

結局その日は、保育の棚から離れてポツンと置かれた有名人が言った名言集に目を通し、何も買わずにお店を出て行ったのです。

それから別の本屋さんに足を運んでみましたが、保育士に向けた本は見つかりませんでした・・・。

保育士として働き始めてから数年が経っても、過去の傷が癒えたことは一度もありません。
それでも私は「先生」と呼ばれる仕事を今でもしています。
園という小さな社会の中に属すことをやめて、自分のペースで心から子どもたちと笑顔で関われる仕事をしているのです。

そしてもう一つ、私は新たな夢を持ちました。

それが文章を書くことでした。

私は読書も苦手だし、本だってほとんど読んだことはありません。文才があるわけでもなければ、言葉選びが上手なわけでもないんです。

けれども、あの時の私のように苦しんでいる保育士さんがたくさんいるのなら、その保育士さんが職場以外の「誰か」に救いの言葉を求めているのなら、その言葉を、同じ気持ちを味わった当事者として贈り続けたいと思うようになりました。

きっと本当なら、職場の人間関係に悩む必要なんてなかったんです。
子どもたちのことだけを考えて、純粋に過ごしたかっただけなんです。
ただ、それだけだったんです。

保育士さんの心に寄り添ってくれるような本が本棚にまだ一冊もないのなら、蛍光色ではない色で、私は私なりの言葉で、小さな命を必死に守る保育士さんたちに言葉を贈り続けようと思うから。

これからの未来がどうなるかは、私もわかりません。

けれどもいつの日か、保育士さんたちが心から笑って保育を楽しめるように、それだけを願ってエッセイを書き続けていこうと思います。

「先生になってよかったよ」そう誰もが言えるように。

いつの日か、保育士さんの心の救いになる本が本棚に並ぶ日を夢みて・・・。

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