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カッコウの鳴き声

 5月になると農家は、その鳥の鳴き声を待ちます。
カッコウです。
カッコウの鳴き声は「もう豆をまいて良いよ」の合図なのです。

オリベの豆やの畑では、毎年5月25日頃にカッコウが鳴きます。なので、毎年その頃になると「まだ鳴かないかな、もう鳴いても良いと思うけど…」とソワソワします。家族がひとりでも「昨日カッコウ鳴いたね」と言いだすと、「いつ?どの畑で聞いた?何回鳴いた?」と、色めき立ちます。そして「1回だけ?…だったらまだ駄目だ。カッコウの初鳴きには気をつけないと…」と、豆をまく日を慎重に判断します。それほどカッコウの鳴き声は重要なのです。

 北海道に嫁いで初めての豆まきのとき。生まれて初めてカッコウの鳴き声を聞きました。
「あっ!これがカッコウの鳴き声?本当にカッコウ、って鳴くね!」と言うと、夫が「カッコウは『豆まき鳥』って呼ばれてるんだよ。カッコウが鳴いたら、もう豆をまいても良いんだ。」と教えてくれました。

 鳥が豆をまく時期を教えてくれる。と言うよりも、鳥の鳴き声で豆をまく日を決める…。
都会育ちの私には衝撃でした。
大きな大きな機械に乗って広い畑を数時間で耕し、1週間後の天気も天気予報でわかる…こんな便利な時代になっても、大切な「いつ豆をまくか」はカッコウの鳴き始めを待つ…

今なら少しわかります。大切だから、鳥の声に従うのです。
「あの山の雪が解けたからもう畑に入れるぞ」
「アオバトが鳴いたから明日は雨だね」
「あっちの空が晴れてるから、この雨はもう少しで止むな」
農家は、自然からいろいろなことを教えてもらいます。先人たちが残した伝承や、我が家だけの言い伝え。すぐお隣の農家にさえ当てはまらない自分だけの経験則。たくさんの「こういう時はこうする」がありますが、それはほとんど自然から教わったものがベースになっています。「農家は自然が相手」。この言葉が、仕事の隅々にまで浸透していると感じます。

 けれど、自然から教えてもらっているつもりでも、最後に判断するのは人間です。
「いつ豆をまくか」「本当に今日で良いのか」
私は毎年、少しだけ不安を感じながら豆をまきます。自然から教わることに、まだ慣れていないからかもしれません。

 だから、豆をまいて数日後、土が割れて発芽の気配がするときが一番好きです。無事に土の上に芽が出たときは、心からホッとします。
 カッコウの鳴き声を聴いて、豆をまく。あとは豆の力を信じて手入れをする。今日の作業を、去年のカレンダーを見て決めるのではなくて、豆の声を聴いて決める。

オリベの豆やは、そんなふうに畑の豆を育てたいと思います。

カッコウは、夏のあいだ鳴き続けます。
 5月に「もう豆をまいて良いよ」と聞こえた鳴き声は、「もう豆はまいた?」になり、7月には「豆は元気か?」に変わります。
 

 静かな土の中から少しだけ外を覗いた豆も、カッコウの声を聞くのでしょうか。そして、「あぁ良かった。カッコウが鳴いてる。このまま伸びよう」と、さらに土を押し上げるのでしょうか。

 6月の豆畑は、カッコウの鳴き声と、豆の力と、豆をまいた人たちの喜びで溢れています。

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