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リミッターのはずれた、その先にあるもの。 NHK『グレートレース』

練習していないことは、本番では出せない。
自転車競技に取り組んでいたころ、いつも感じていた。

レースのなかでは、ライバルと駆け引きをしながらコース状況を適切に判断する。もし途中ですべての力を出し切ってしまうと、足が攣ったり、判断ミスをしたり、転倒したり、かならずどこかに支障が出る。つねに頭とからだをコントロールできる、ギリギリのラインを保つ。

だから、ギリギリを越えてしまうレースの存在を知ったとき、新しい世界を見た気がして、とても興奮した。

NHK『グレートレース』というドキュメンタリー番組がある。

ヒマラヤの奥地やモンゴルの荒野などの大自然を舞台に、世界中の屈強なアスリートたちが、ランニングや自転車、カヌーやハンググライダーなどでゴールを目指す。

番組タイトルをいくつか並べてみる。

「絶壁を越えろ!アルプス縦断250km」
「ヒマラヤの自転車レース 天空を駆ける330km」
「完走率4%!非情のレース ニュージーランド216km」
「大帝国の荒野を走れ モンゴル242km」
「激突!男たちのモンブラン UTMB2019」

大自然の映像は美しく迫力があり、見ているだけで清々しい気持ちになる。なにより、想像もつかない大会にチャレンジするアスリートの熱意に心打たれる。

イギリス大荒野 霧の彼方のヤツを追え

グレートレースは過酷な耐久レースで、走るも休むもランナー次第。極限まで睡眠時間を削り、ふらふらになりながらゴールを目指すランナーたちを、猛烈な暑さや寒さ、悪路が苦しめる。

毎回、ドラマチックなレースが展開される。白熱する先頭争い、不運なアクシデント。どの回も強烈であるがゆえ、どんなレースだったのか思い出せない。

ただ、印象に残っているシーンがひとつある。
それは冷たい風が吹く薄暗い草原で、立ったまま眠るひとりのランナーの姿だ。たしか「眠らない男」と呼ばれていた気がする。寒さと疲れと眠気に耐えながら佇む姿は、まるで厳しい修行をする僧侶のように見えた。

そしてなぜそこまでしてゴールを目指すのだろう。

片っ端から調べてみたところ、イギリスを南北に貫くペナイン山脈を舞台にした『イギリス大荒野 霧の彼方のヤツを追え~厳寒のノンストップレース420km~(2017年03月25日放送)』のようだ。

美しく険しい尾根を真冬に走破する、全長420キロの耐久レース。
イギリス特有の濃霧がもうろうとした意識に追い打ちをかけ、判断力さえ奪われる。体力、気力の限界を超えるレースに挑んだ猛者たちのしれつな戦いを追う。

NHKアーカイブスより一部引用
https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201703250900001301100

わたしが覚えていたのは、かつてこの大会で2連覇を果たしたチェコ人で「眠らない機械」との異名を持つパベル・パロンシーさんだった。

そのパベルさんと優勝争いをしていたのはスペインの陽気な男、ユージーニ・ソレさん。彼はライバルを執拗に付け回すので「コバンザメ」と呼ばれていた。

そんなふたりが繰り広げるレースは思いもよらない結末をむかえる。
名作回。再放送があったらぜひ、もう一度見たい。

順位じゃない、それぞれの思い

レース終盤、体力と気力の限界を超えたランナーたちはボロボロになりながら、それぞれの思いを胸にゴールへむかう。

いまの自分を超えたい。
愛する家族の喜ぶ顔が見たい。
あたたかいベッドで眠りたい。

タイムも順位も関係ない。ただそれぞれが持つ何かのために、前へ進んでいる。リミッターがはずれたランナーたちから伝わってくるのは「生きること」を渇望した、シンプルな感情だ。

みんな最高にかっこいい。
優勝しても、優勝できなくても、リタイアしても。


訳あって激しい運動競技ができなくなった。だからどこかでレースが恋しいのかもしれない。アスリートたちへのあこがれと自分に対するもどかしさで、胸がすこし疼く。

グレートレースは、今なお夢中になれる「なにか」を探すわたしにとって、勇気をくれ、背中を押し、導いてくれる存在だ。

オープニング曲は『FIGHT WITH LOVE』。
けんかも争いもしない。愛をもってたたかう。生きることに繋がっている。

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