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誰にとってのレジリエンスか?

組織レジリエンス研究会の北郷陽子です。
普段は事業継続マネジメント(BCM)にかかわる仕事をしています。

以前、「レジリエンスという言葉」という記事で、レジリエンスには様々な定義があり、言葉の解釈に関する議論が続いているということを紹介しました。今回は、「誰にとってのレジリエンスか?」というテーマで、レジリエンスの持つ意味を考えてみたいと思います。

【記事要約】
レジリエンスを高める取り組みにより、利益を得る主体とそうでない主体の事例を紹介し、「誰にとってのレジリエンスか」という視点の重要性について述べる。

レジリエンスは誰にとっても平等なものか?

「レジリエンスを高める取り組み」という表現を聞くと、何となく良いこと、プラスの結果をもたらすものをイメージされるのではないだろうか。少なくとも、当該取り組みを推進する立場においては、そうなることを目指しているはずだ。一方で、レジリエンスを高める取り組みは誰にとってもプラスのものなのか?レジリエンスを高める取り組みによって、デメリットを被る人が出てこないか?というのが本稿を執筆する上での筆者の関心事項である。

このような関心を持つきっかけは、以前、筆者が東アフリカのウガンダを訪れた際、首都カンパラ付近のスラムで以下のような話を伺ったことにある。そのスラムは湿地帯に位置することから河川の氾濫に度々見舞われてきたが、政府の計画した幹線道路建設に伴い土地を失った住民は河川の氾濫に対してより脆弱な環境で暮らさざるを得なくなったという。もちろん、政府はスラムに住む人々をもっと脆弱にするために幹線道路を計画したはずもなく、幹線道路がプラスの効果をもたらすことを期待して建設したはずである。しかし、その恩恵を受けるどころか、マイナスの影響を受け、より脆弱な住環境を選ばざるを得なかった人もいた。誰かにとってプラスになることが、他の人にとってはマイナスになるという、物事の二面性を強く感じた話であった(注1)。

このような話は程度の差はあれ割と身近に存在するのかもしれない。例えば、ところ変わって日本では、最近注目される流域治水も現状では近しい事情を抱えるように見える。昨年の夏に滋賀県長浜市を襲った豪雨では、霞堤(かすみてい)と呼ばれる田畑を遊水池にして集落を守る仕組みが機能したことが取り上げられた。これにより、住宅地は被害を免れたものの、遊水池として機能をした田畑の所有者には補償がされず、被害を引き受けるかたちとなった(注2)。霞堤により被害が軽減された地域にとってはレジリエンスが高まった、という表現ができるかもしれないが、一方で、被害を受ける田畑の所有者にとっては、経営や家計への負担となり、脆弱性を高めることにつながりかねない。すでに検討は始まっているが、十分な補償がされる仕組みができることを願ってやまない。

自社の生き残りと、お客様への供給責任

最後に、本研究会の研究対象でもある、「組織」のレジリエンスについても取り上げたい。過去の記事で述べたとおり、当研究会は組織のレジリエンスを評価する手法を開発することを目的に活動しており、特に災害や事故などに対する組織のレジリエンスに焦点を当てている。

各組織が自組織のレジリエンスを高めるモチベーションは様々だと考えられるが、企業の場合、災害や事故で被害を受けたとしても企業として生き残り雇用を守ること、株主の期待に応えること、そして、お客様への供給責任を果たすことが主要なモチベーションと考えられる。そして、当該企業とその株主、お客様である需要側との間で、レジリエンスに対する期待が異なる可能性がある。

需要側が気にするのは、当該企業がレジリエンスを高めることで、自社への供給を継続できるかどうかである。災害や事故などに対するレジリエンスがどの程度か、アンケート調査や監査等で把握に努める企業も多い。一方の株主にとっては、当該企業の経営が傾かず、利益を出し続けられるかが関心事項であり、それが達成されるのであれば、一部のお客様(需要側)への供給が中断しても致命的にはならない。

事業継続マネジメント(BCM)は、災害等で事業活動を営むのに必要なリソースが被害を受け、リソースに制限がある中でも、優先順位をつけて事業を継続・早期復旧することを目的とする。したがって、平常時と同じ水準で事業を継続することは求めておらず、企業の生き残りのために優先順位を付ける過程では、特定のお客様・商品を優先し、他のお客様・商品については供給を中断することが容認される。これは、有事の選択だけでなく、平時の事前対策においても適用される考え方である。ゆえに、事業継続の分野でレジリエンスを高める取り組みは、必ずしもすべてのお客様(需要側)に恩恵をもたらすものではないといえる(注3)。

「レジリエンスを高める」というどこか耳当たりの良い表現で安心するのではなく、誰にとってのレジリエンスなのか、気にしてみることも時には重要と考える。

【注釈】

  1. 本事例については、以下の文献でも触れられている。
    Richmond A, Myers I, and Namuli H. (2018), “Urban Informality and Vulnerability: A Case Study in Kampala, Uganda,” Urban Science, 2(22) 
    https://www.mdpi.com/2413-8851/2/1/22

  2. 京都新聞「豪雨からまちを救った「霞堤」 なぜ、農地の被害に公的支援ないのか?」
    https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/901934(2023年7月14日アクセス) 

  3. 被害そのものを軽減するための防災の取り組み であれば、すべてのお客様(需要側)に恩恵をもたらすものにつながる可能性がある。一方、取り組みのために多額な投資をした場合、株主にとってはデメリットになりかねない。

一般社団法人レジリエンス協会 Web サイト
http://www.resilience-japan.org
組織レジリエンス研究会のページ
https://resilience-japan.org/category/research/organization/