省略した話②30年会っていない父

 母は私が6歳の頃、父と離婚した。妹は4歳で弟は2歳だった。

 父は、母に対して殴ったり電話機を投げつけたりするという酷い暴力、専業主婦で子ども3人いる家庭に月15万円しか渡さないという経済的暴力、言葉の暴力というありとあらゆる暴力を振るった暴力の権化のような人物だ。加えて不倫し、不倫相手を妊娠させたというのだから救えない。でも、まだ父の救えない話は終わらない。
 なんと父は養育費を払わない馬鹿野郎だったのだ。しかし、離婚して強くなった母は、家庭裁判所で取り決めた養育費を払わない父に対して給料を差し押さえる強制執行制度を利用した。(この制度を利用するためには離婚前に家庭裁判所で手続きをするか役所で公正証書を作る必要があるはずで、離婚をお考えの方は一刻も早く縁を切りたいだろうが、子どものためにも養育費に関する手続きは踏んだ方がいい)
 強制執行のことで逆上した父が夜中に我が家を訪ね、けたたましくドアをノックしたりチャイムを押したりしながら、大声で喚き散らしていた恐怖は今も覚えている。本当に怖くて、私たちきょうだい3人は必死で母にしがみついていた。その後、約束通り養育費は振り込まれ続けた。当然の義務なのだから、最初から払えばいいものを。
 ちなみに、これら離婚のストレスで私はてんかん発作を発症した。発作自体は小学校1年生の時期にしか発生していないが、小学校の間はプールにも入れず、ずっと薬を飲み続けていた。私の小学校時代が暗かったのも頷ける。(小学校時代の話は『英語の辞書と美川憲一』に少し書いてある)

 そんなとんでもない父親なので、離婚後すぐに一度だけ会って、それからは会っていない。私と妹だけで父の住む家に遊びに行き、マリオカートをやったことが父との最後の思い出である。
 そして、父と何の連絡も取らない、会わない、どこで何をしているのかも分からないし、関心もないまま30年が経った。

 2022年11月に弟が自死して、弟のSNSを遡って見ていた時のことである。ふと見ると、父と同姓同名のアカウントから弟に対して返信があった。原文を抜き出してしまうとすぐに特定されてしまうので、そのまま書くことはしないが、どうやら弟の
「やってられねー」
という旨の一言に対し、
「頑張れ!」
という旨の返信がなされていた。
 弟は本名でSNSを運用していた上、自分の写真を載せていたので、父はすぐに特定できたのだろう。
 父のSNSを見ていると、私や妹の名前を呟き、弟が所属していた社会人スポーツサークルにまで練習を見に行きたいという旨の返信をしていたことが分かった。

 母や私たちの人権を何度も何度も踏みにじるようなことをしてきて、どの面下げて弟のSNSに返信したのだろう。運動会すら見に来たことがないのに、社会人サークルの練習なんて見たいのだろうか。父はコープのバームクーヘンよりも厚い面の皮をお持ちのようだ。繊細な私からすれば大層羨ましいことである。
 弟はその父の返信に対して、何も反応していなかった。見なかったのか、見たけど反応しなかったのか。前者であって欲しい。男親がいないことで最も苦労した弟の心が、父によって乱されたとは思いたくない。
(DMのやり取りをしていたということはなさそうだ。父にしても弟にしてもDMのやり取りをしていたら、そのことを遠回しに呟かずにはいられない性格だから)

 父のSNSを見て分かったことだが、どうやら定年退職した年を境にギャンブルにはまっているようだ。
 ああいう人なので、もしかしたら再婚相手と子どもに逃げられたのかもしれない。父がどう生きていようと構わないが、どうやら寂しくてSNSで子どもを探し、絡みにいったのだろう。
 羽海野チカ『3月のライオン』の11巻にひなたのこのようなセリフがある。
「お父さんは自分でよその家のお父さんになる事を選んだんだから そこでちゃんと 責任持って生きて!!」(白泉社,2015,11巻p.122)
 ひなたちゃんの言う通り、自分で選んだ先で責任を持って生きていけばいいのではないだろうか。

 父は弟が亡くなったことを知らないと思う。戸籍を見れば分かるが、改姓した女性ならともかく男性が戸籍を取る場面は少ない。いつか知ったとしても、何もできないし、しないだろう。

 私も、妹も、弟も親の所有物ではない。寂しさを紛らわせる都合の良い道具ではないのだ。それに、30年も会っていない人に対して何らかの感情をもつことは不可能だ。私にとって父は道端の石と同じ存在だ。

 このように心が少し乱されたことはあったものの、今日も明日も楽しみを見つけながら生きていきたいと思っている。この頃は蒸し暑く不快な日が続いているので、これからガリガリ君を食べる。今年もガリガリ君のチョコミント味は発売されるだろうか。今から楽しみで仕方ない。

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