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オンライン授業は箱入り娘か!?今回はネオラッダイト運動もあり!!

「教育のIT化、差別助長も」の記事を読んで箱入り娘、箱入り息子の言葉が思い浮かびました。結局、そういうことなのではないかと。

確かにコロナのおかげで学校に行くことも出来ずに、オンラインばかりの授業を受けるはめになりました。

また大学に至っては高い授業料を払って入ったのに何の醍醐味もなくオンラインばかり。これでは自分が行きたかった大学に入った意味がないとも思った人がたくさんいることでしょう。

仕事でもそうです。在宅でもできる仕事に「気づき」、出社することは費用も時間もかかる上に安全の要素も含まれます。

さらにエドテックとして、最近では授業にも最新テクノロジーのVRまで登場しました。それなら、わざわざ行かなくても良いということになります。

しかし、本当にそれだけで良いのでしょうか?だから、箱入り○という言葉が思い浮かびました。結局、そういうことなのではないかと。

生成AIが登場してから、ネオラッダイト運動激しく世界で仕事を奪われないかと抗議する人たちがいます。

全部に賛同ではないですが、上に書いたような意味で本当にその方向で良いのだろうか?という疑問視が私の中ではあります。

記事の中ではデジタルデバイド(情報格差)、歯止めの利かない排除、甚だしい不平等、意図せぬ悪影響、そして人間より機械と利益を優先する学習モデルの台頭が危惧されています。

それもあるでしょう。それよりも私は「挑戦」というものがなくなるような気がしてなりません。

ダーウィンは「生き残るのは強いものでもなく、知的なものでもなく、変化に適応したもの」が生き残るという明言を残しました。

それに付け加えるなら、私は「挑戦」と入れたいです。人類史は「挑戦」をしてきて生き残ってきたと思います。

明治維新も「挑戦」だったはずです。内にこもって失敗から避けようと思っていても失敗はいずれくるでしょう。

安易にドラえもんの四次元ポケットを得たと思わない方が良いのかもしれません。
#エドテック #VRゴーグル
#生成AI   #オンライン

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