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誰かに恋したの?それは仕方がないことだ

恋愛すること。
今、1番恋愛するに適した時期やと思われる。
大学生であること、若さ、快活さ全て含めて。
それやけど、腰が重い。

恋するということは、傷つくことを恐れないことやと思ってて、愛するということは、執着せず相手に何かを捧げられることやと思ってる。

Twitterでよく、すごく信頼し合ってたり愛し合っているような日常ツイートをよくしている人で、載せている部分で判断できることは少ないかも知れんけど、容姿も中身も素敵に見える。
そんな人でも、幸せな生活と引き換えに傷つく様子が散見される。浮気されたとか実は自分が不倫相手やったとか、他の人に自分のことを侮辱するような言動をしてたとか。

何を“しあわせ”と定義するかはほんまに各々次第やと思ってるねんけど、それでも俺は愛を諦めたくないと思ってる。
愛を諦めないということが必ずしも恋愛なわけじゃないと思う。それでも人生で一回くらい自分で決めた人と結婚をしてみたいかもしれん。

結婚というのは恋愛や性愛を通じて行われるものやと一般的には定義されてるような気がする。
たとえば、この前読んだ「正欲」では、パートナーができるということは、自分がこの世界にいる意味ができたというふうに書いてた。
また、映画「怪物」では“誰かにしか手に入らない幸せなんて、しょうもない”って田中裕子が言ってた。

どうなんやろう、結婚はしたくてもできひん人もおるし、パートナーも欲しくてもできひん人もおると思う。ほんで、もし結婚できたりパートナーができても“絶対的な幸せ”はない、とドラマ「こっち向いてよ向井くん」でも話されてた。

それでも、みんな恋や愛を諦めたくないのはなんでやろう?いま3作品出したのはそれぞれ話してる内容は似てても終着の仕方が違うと感じたから。自分はこの相反する3つ全てを両立させた愛が欲しい。

残されたのは自分が自分のためにこの世界に居れる意味を見つけるしかないのかもしれない。

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