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メインは飾れないけど、欠かせない野菜、きゅうりの話

前半はもともと農業が大嫌いだったしなやんさんが、ある出来事をきっかけに、農業に対する価値観が180度変わり農業を始めたお話をご紹介しました。

後半ではしなやんさんが栽培している”きゅうり”についてご紹介します。実は農家さんの間では、きゅうり栽培は大変といわれているんです。そんな中、なぜ新規就農できゅうりを選んだのか。きゅうりに対するこだわりを聞いてきました。

しなやん(阿部俊樹)|しなやかファーム
三重県四日市市出身。
しなやんと言う名前は、”しなやか”と”三重弁(○○やん)”を掛け合わせたもの。世界中から見られても自分をすぐに特定し、簡単に覚えてもらえるように名付けたそう。

あえて、栽培が大変と言われる「きゅうり」を選んだワケ

食卓で主役になることはないけれど、スーパーで見かけたらついつい手を伸ばしてしまう”きゅうり”。サラダには必ずと言っていいほど、入っていますよね。

そんなきゅうりを栽培するのは、実はとても大変なんです。他の作物よりも病気になりやすかったり、虫がつきやすかったり。栽培する上で難易度が高いため、きゅうりを栽培することを避ける農家さんが多いのが現状です。

そんなきゅうりを専門に栽培することを決めたしなやんさん。農業をする上でのテーマ「生産者と消費者の壁を壊す」を達成するために、あえてきゅうりを選んだと言います。

「いざ農業を始めようと思ったものの、何かを作りたくて農家になったわけではなかったので、色んな人に相談しました。アドバイザーの方からは『トマトやいちごだったら、四日市市で栽培している人が多いので、サポートも受けやすいからオススメだよ』とアドバイスいただきました。けれど、逆を言うと”ベテランがいるから、新たに自分が作っても、何年経ってもベテランのポジションにはなれない”と思ったんです。ですが、作る人が少ないという理由でニーズが無いものを選んでも、ビジネスとしては成功しません。なので、ニーズがあって、他の人が作っていないものは何かと考えた時、きゅうりが思い浮かんだんです。幸い私が農業を始めた三重県四日市市は、農業が盛んな地域で畜産・米・野菜など何でもあるんですが、きゅうりだけを専門に栽培している農家は一軒もありませんでした。そのことを知り、きゅうりを作ろうと決意しました。」

きゅうりに感じた可能性

きゅうり栽培を勢いで始めたもののノウハウは0だったので、失敗の連続だったそう。
「一作目は家庭菜園をやっている人でも分かる病気にも気づけず、次の日ハウスに行ったら病気が全体に広がっていて。虫も付き、ハウスを全滅させてしまったんです。けれど、その経験があったからこそ、自分の畑の状況は自分の身体で理解できるようになりましたね。予備知識がなかった分、失敗することにより、必要な状況を身体で覚えていけました。その積み重ねのおかげで、今があると思ってます。」

失敗を積み重ねても、しなやんさんは一度もきゅうり栽培を辞めようと思わなかったそう。その理由をしなやんさんは、こう語ります。
「今までに作物を栽培したことが無くて、単純に比較対象するものが無かったので、どれだけ大変でも『こんなものか』としか思わなかったんです。それよりもきゅうりへの可能性しか感じていなくて。栽培を始めてから、実はきゅうりの品種、名産地、ブランドなど、きゅうりに対して世間の関心が薄いことを知りました。競争率が低いからこそ、自分が入り込めるポジションがあるのではないかと感じましたね。」

ブルームきゅうりとの出会い

初めは他の人が作っていないという理由で、手段として栽培を始めたきゅうり。しかし自身が作るきゅうりが美味しいと言われるようになり、もっと美味しいきゅうりを作りたいと思うようになります。

「初めはきゅうりはどれも一緒の味だと思っていたんですよ。けれど、実はこだわって意識的に作れば、より美味しいきゅうりが出来るのでは、と思い始めたんです。ですが、どうやったら特別感がでるのか、差別化できるのか、明確な答えが見つかりませんでした。」

そんな時「八尾森のエリー」という漫画を読んでいて、”ブルームきゅうり”というきゅうりの品種について知ったしなやんさん。その出来事が答えになったと言います。
「漫画の中にブルームきゅうり”がでてきて、美味しさについて紹介されていたんです。そこでブルームきゅうりのことを初めて知り、とても興味を持って。調べたら、ブルームきゅうりは、果実表面にブルームと呼ばれる白い果紛かふんがあることが特徴で、30年ほど前はブルームきゅうりが主流だったそうなんです。しかし、その白い粉に対して『見た目が悪い』『農薬が付着しているようだ』などのクレームが寄せらたことから、クレームのリスクを避けるため、ブルームきゅうりを栽培する生産者が激減したことが分かりました。その後、ブルームが出ないよう品種改良が進み、現在は市場やスーパーに並ぶきゅうりの約97%がブルームレスきゅうりになったという背景を知りました。」

そして、しなやんさんはすぐに付き合いのある種苗メーカーから苗を取り寄せ、実際に栽培し、試食をしたと言います。
「試食して今まで食べていたきゅうりとは確かな違いを感じました。ネットで検索した際に、ブルームきゅうりは果粉がきゅうりを守る役割をしてくれるため皮が薄くて柔らかく、果肉が引き締まっていて、えぐみや苦みがほとんどない、と書かれていたんですけど、まさにその通りで。味が凝縮されていて、きゅうり独特の苦みもなくて。きゅうりの本来の美味しさを味わいましたね。」

実際に食べ、その美味しさを実感したしなやんさんは、ブルームきゅうりを栽培することを決意します。
「もちろん、世間から敬遠され、消費者の認知度が低いブルームきゅうりを専門的に扱う経営リスクはあります。一般的にきゅうりはきゅうりとしか思われていなくて、その奥まで知ろうとする人は中々いない。しかし、このきゅうりを栽培すれば、差別化できると思ったんです。ブルームきゅうりを食べた人に美味しさを感じてもらうことで、きゅうりに対する意識が変わるきっかけになればと。産地に目をつけたり、生産者に目を向けたりする変化が生み出せたら最高ですね。そんなきゅうり業界全体が盛り上がるきっかけを作れればいいな、と思っています。」

ブルームきゅうりは”農”に関心を持ってもらう為のツール

ブルームきゅうりの栽培をスタートして2年。しなやんさんは「まだまだ納得がいくきゅうりはできていない」と話しますが、着実にファンは増えてきているそう。

「実際にきゅうりを食べたお客様から『きゅうり嫌いの子供がこのきゅうりだけは食べられる』と言っていただけたり、指名買いをしてもらえるようになったり、徐々にファンが増えてきているという実感はありますね。やっときゅうりが市民権を獲得した感じです(笑)ブルームきゅうりを知ることで、きゅうり選びを楽しんでいただけたらな、と思います。そしてブルームきゅうりを栽培する農家さんが今よりも増えれば、面白いですよね。」

そんなしなやんさんに今後についてお聞きしました。
「今後はブルームきゅうりをブランド化していきたいですね。より多くの人に知ってもらうきっかけづくりができればと。しかし、あくまでもブルームきゅうりは農業や農家に興味・関心を持ってもらうためのツール。私の農業人生のテーマである”生産者と消費者の壁を壊す”を達成するために、きゅうり栽培だけではなく、あらゆることに挑戦していきたいです。」

昔は農業が嫌いだったしなやんさんが、今はその農業を盛り上げるために人生をかけて行動しています。一人の人の価値観を大きく変えるほどの魅力が農業には詰まっている。そう感じていただければ嬉しいです。

前編

しなやかファーム HP

しなやんさん Twitter