神の帰還が全てを変えた〜ACミランが低迷期を脱出するまで〜

 28節終了時点でセリエAの首位に立ち、10-11シーズン以来11季ぶりのスクデット獲得の期待が高まるACミラン。UEFAチャンピオンズリーグの優勝回数においてもレアル・マドリードに次ぐ歴代2位の7回の優勝回数を誇る名門クラブであるが、2010年代に入ってから財政面の問題もあり低迷が続いた。
 昨季セリエAで2位となり、8シーズンぶりのCL出場圏を勝ち取り、低迷期を脱出することに成功したクラブの歩みを辿っていこうと思う。

1.最後のCL制覇から低迷期突入まで

 ミランが最後にCLを制覇したのが、06-07シーズンである。ブラジル代表MFカカ、イタリア代表FWフィリッポ・インザーギ、クラブのレジェンドであるパオロ・マルディーニなど世界的なタレントを擁し、決勝で2シーズン前に敗れたリバプール相手にリベンジを果たして頂点に立ったのである。
 その後、10-11シーズンにセリエA優勝を果たしたものの、2012年夏には当時チームのエースであったスウェーデン代表のズラタン・イブラヒモビッチと世界最高のセンターバックとの呼び声高かったブラジル代表のチアゴ・シウバをオイルマネーにより莫大な資金を手にしたパリ・サンジェルマンに放出した。
 2010年代に入ってからオイルマネーによりサッカー界では高額な移籍金が動くことになり、その中で競争力を失ったミランは欧州のビッグクラブという立ち位置から落ちていくことになる。

2.クラブの迷走と低迷

 イブラヒモビッチとチアゴ・シウバを放出した12-13シーズンこそ辛くもCL出場圏を勝ち取ったが、13-14シーズンは開幕から低迷。冬には日本代表のエースである本田圭佑をフリーで獲得し、低迷脱出の救世主として期待されたが、最後まで浮上の切り札を掴めず。10-11シーズンに最後のリーグ優勝をもたらしたアッレグリ監督を途中解任し、クラブのレジェンドの1人であるクラレンス・セードルフを招聘するも監督初挑戦の彼にはあまりにも荷が重く、CLはおろかELの出場権すら掴むことができずに8位という成績で終えることになった。

 このシーズンからクラブの歯車は狂いだし、CL出場圏に手が届かないシーズンが続いていくことになる。それでもビッグクラブとしての地位を一刻も早く取り戻そうとするクラブは監督交代を繰り返し、選手補強でもフィットしない選手はすぐに放出してはまた新しい選手を獲得するといった悪循環に陥り、迷走していた。

 当時クラブに所属していた本田圭佑も日本のメディアでのインタビューで「ファンやメディアが栄光の時代に縋りすぎている」と語ったように当時のクラブの財政面の立ち位置を考えずに結果と理想を求めるファンが多かったからこそ、選手への風当たりは強くなりパフォーマンスを発揮しにくい状況であったということは言えるだろう。

 そんなクラブに一筋の希望の光が見え始めたのが16-17シーズン。この年は絶対王者ユベントス相手に勝利を収めるなど序盤から欧州カップ戦出場圏争いに加わると最終的に6位でフィニッシュし、CL出場圏には届かなかったものの、EL出場権を勝ち取ることに成功した。翌17-18シーズンには中国資本の参入により、大型補強を展開。レオナルド・ボヌッチやハカン・チャルハノール、フランク・ケシエなどを獲得して戦力を整えた。

 17-18シーズンは6位でEL圏内に終わったものの、18-19シーズンは前シーズン途中に就任したジェンナーロ・ガットゥーゾ監督の元、インテルやアタランタらとの激しいCL出場圏争いに参戦。冬に補強したポーランド代表FWクリシュトフ・ピョンテクの活躍もあり、失速することなく最終節までCL出場圏の可能性を残したが、勝点1差で届かず5位で終わることになった。CLへの復帰に大きく近づくまでにチームの立て直しに成功したものの、クラブはガットゥーゾの解任に踏み切ることになった。

 19-20シーズンは前サンプドリア指揮官のマルコ・ジャンパオロを招聘するも、右サイドで崩しの切り札となっていたスソをトップ下で起用するなど不可解な采配が目立ち、7試合で4敗という悲惨な成績で早々に解任。後任としてラツィオやフィオレンティーナを率いたステファノ・ピオーリを招聘するも勝ちきれない試合が続き、クラブは二桁順位に甘んじていた。そんな中迎えた17節アタランタ戦では敵地で0-5という歴史的惨敗を喫することになる。内容でもアタランタに全く歯が立たなかったミランの姿を見た時に「ミランは完全に終わってしまった」と思ったサッカーファンは多かっただろう。筆者もその1人である。

あの男がこのクラブに帰還するまでは… 

3.神の帰還、復活の幕開け

 アタランタ戦の大敗から5日後、失意のミラニスタの元に驚きのニュースが飛び込んだ。それはかつてのエースであるズラタン・イブラヒモビッチの帰還である。ミランの最後のリーグ優勝に貢献し、その後パリ・サンジェルマンやマンチェスター・ユナイテッドでも活躍。サッカーファンから神と呼ばれるこの男が低迷を続けるミランを助けに帰ってきたのだ。加入当初、年齢的にも38歳で一度欧州の舞台から離れたことからかつてのパフォーマンスは残せないとする見方が大半であった。しかし、私はそれ以上に「イブラヒモビッチなら今のミランを変えてくれるかもしれない…」その期待の方が遥かに大きかった。

 この男の加入の効果は驚くほどすぐに現れた。加入後2試合目で初ゴールを記録すると、チームは公式戦7試合無敗を記録し、勝点を積み上げられるようになった。特に凄まじかったのがコロナウイルスによる中断明けであり、リーグ戦12試合無敗という驚異の追い上げを見せて二桁順位だったミランはEL出場圏内の6位でフィニッシュしたのである。イブラヒモビッチ自身も途中加入ながら二桁得点を記録。アンテ・レビッチやダビデ・カラブリアなど彼の加入後に大きくパフォーマンスが向上する選手が現れるなど「イブラ効果」は絶大だった。

 そんなシーズンの途中にクラブはCL復帰を目指して新シーズンからの監督交代を画策していた。ドイツのライプツィヒを大きく飛躍させた現マンチェスターU指揮官のラルフ・ラングニックの招聘である。
 クラブは当初ピオーリをシーズン終了後に退任させてラングニックに交代する方向で進めていたのだが、イブラヒモビッチの復帰に尽力したマルディーニら一部フロント陣が反発。ラングニックを招聘した場合、彼のサッカーでは構想外となるイブラヒモビッチの退団も必至であり、再建に向けて動いているマルディーニもクラブを去ることが確実であった。
 ようやくクラブに復活への道筋が見えてきている中で体制を一新することはリスク以外の何物でもなかった。CL出場権目前まで行きながらガットゥーゾを解任し、ジャンパオロで崩壊した時のように。

 しかし、クラブはシーズン終盤の戦いぶりを評価し、ピオーリを続投してイブラヒモビッチとの契約を更新する道を選んだ。結果的にこの決断は英断であり、ミランのフロントを評価すべきものだ。そして継続路線で新シーズンに臨むことになった。

 迎えた20-21シーズン、前年からの好調ぶりを継続したミランは開幕から破竹の勢いで勝点を積み重ねていく。開幕4連勝でスタートし、15試合無敗を記録。シーズン前半戦を首位で折り返す快進撃を見せたのである。
 悲願のCL出場のみならずリーグ優勝まで見えていたのだが、後半戦は負傷者の続出により急失速。インテルに首位の座を明け渡し、アタランタやユベントス、ナポリと共に激しいCL出場圏争いに巻き込まれることになった。後半戦に入り2度の連敗を喫し、33節ラツィオ戦の敗戦でついにCL出場権外の5位まで転落。クラブの悲願に赤信号が灯り始めたのである。

 しかし、ここで落ちなかったのがこのシーズンのミランだった。続くベネベント戦で勝利して迎えた35節ユベントスとの直接対決では3-0の快勝。一気にCL出場まで近づくことになった。結果的にCL出場圏争いは最終節までもつれ、ミランの最終節の相手はアタランタ。前シーズンに0-5で粉砕された因縁の相手である。負ければCL出場圏を逃す可能性もあったこの大一番でミランはフランク・ケシエの2つのPKにより2-0で勝利。結果的に2位でフィニッシュし、クラブの悲願であった8シーズンぶりのCL出場圏を勝ち取ったのである。 

 神ことイブラヒモビッチの帰還により大きく生まれ変わったACミランはついに欧州最高の舞台に返り咲き、低迷期を脱出することになった。

4.若手の飛躍、再び欧州の頂点へ

 イブラヒモビッチの加入が大きくチームを変えたことは間違いないが、ミランというクラブが優秀な若手の発掘と育成というスタイルに方向転換したこともクラブの大きな変化である。今のミランは若手主体のチームであり、十分な伸び代がある。今季もイブラヒモビッチが負傷により離脱が多くなっている中、攻撃では22歳のラファエル・レオンがキレのあるドリブルで牽引し、中盤では21歳のサンドロ・トナーリが台頭。指揮官ピオーリのマネジメントも光り、セリエAで現在首位につけている。
 開幕前は守護神のジャンルイジ・ドンナルンマと10番
ハカン・チャルハノールの退団により、不安視する声が多かったものの、ドンナルンマの後釜として獲得したマイク・メニャンが前任者以上のパフォーマンスを見せ、チャルハノールの穴もレンタル延長という形でチームに残留したブラヒム・ディアスが活躍して埋めることに成功している。ドンナルンマとチャルハノールに関しても引き留めるためのマネーゲームはせずに速やかに代役の確保に動くフロントの仕事ぶりはもっと評価されるべきであると思う。

 堅実路線でしっかりと若手を育成し、力をつけていくミラン。CLの舞台では今季グループリーグで敗退するなどまだまだプレミアやリーガのビッグクラブとの力の差はあるだろう。しかし、現在主力となっている若手選手がキャリアのピークを迎えた時、06-07シーズン以来となる欧州の頂点。そして再びミランが世界最高のクラブと言われる時が来る可能性は大いにある。ミランというクラブの未来について注目していただきたい。

 

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