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寝る前に聞く小説:米津玄師 のLemonが好きな人向け~読み上げはASMRで~

短編小説:レモンの記憶

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3分程度の音読となります。


彼女は、その日もまた夢を見ていた。目が覚めると、涙が頬を伝い、冷たい枕に染み込んでいた。彼のことを忘れることができればどれほど楽だろう、と彼女は思う。でも、心の奥底に閉じ込めたはずの記憶は、夜になるとまた現れ、彼女の夢の中で鮮やかに甦るのだった。

夢の中で、彼女は何度もあの場所に戻っていた。古びた校舎の一角、二人がいつも一緒に過ごしていたあの教室。彼女はゆっくりとその教室を歩き回り、埃が積もった机や椅子を一つずつ触れていく。ふと、彼がいつも座っていた席に目をやると、彼の笑顔が浮かび上がり、二人の思い出が一気に蘇った。

「戻らない時間があることを、最後にあなたが教えてくれた…」彼女は小さくつぶやいた。彼との最後の会話が、まだ心に深く残っていた。彼女が隠していた過去の傷も、彼と出会わなければ癒されることはなかった。彼と一緒にいたからこそ、辛かった過去も少しずつ光を帯びることができた。

その日、彼女は一人で校庭を歩いていた。雨がしとしとと降り続き、彼女の制服を濡らしていたが、彼女は気にせずに歩き続けた。ただ、歩くたびに彼との思い出が胸に込み上げ、心の中に苦いレモンの香りが漂っていた。その香りは、彼女にとって愛と悲しみの象徴だった。

「きっともうこれ以上、傷つくことなんてないんだ…」彼女は自分に言い聞かせた。けれど、彼と過ごした日々の記憶は、彼女の心に深く刻まれ、忘れることができなかった。

彼女はふと立ち止まり、体育館の入り口を見つめた。そこは、彼と一緒に練習したバスケの試合が行われた場所だった。思い出が胸を締め付け、彼女は一瞬息が詰まるような感覚に襲われた。彼女は体育館に入り、彼がいつもプレーしていたコートの端に立った。雨音が響く中、彼女は彼との時間に想いを馳せた。

彼女は、彼と過ごした時間がどれほど大切だったか、改めて痛感した。彼がいなくなった後、彼女の心はいつも彼を探し求め、彼がいた日々を追いかけ続けた。彼が今どこかで同じように涙を流しているなら、彼女は心の中でそっと呟いた。「私のことはどうか忘れてください…」

それでも、彼女の心には彼が光のように存在し続けた。彼女が思い出すのは、彼の笑顔や優しい言葉、そして一緒に過ごした日々の温もりだった。彼女は、あの日々が二度と戻らないことを知っていたが、それでも彼の存在が彼女の心に光を与え続けた。

彼女は体育館を出て、再び雨の中を歩き始めた。彼との思い出が胸に込み上げてきたが、彼女はそれを振り払うように顔を上げた。彼と過ごした時間は終わったけれど、その思い出は彼女を強くしてくれると信じた。彼女は深呼吸をして、雨の中をまっすぐに歩き続けた。

それでも、心の中には消えない苦いレモンの香りが漂っていた。けれど、彼女はその香りを抱きしめ、彼との思い出を心の奥深くに大切にしまった。そして、その記憶が彼女を支えてくれると信じて、新しい日々を歩み始めたのだった。


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