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ピュラトス | つくっているのはチョコレートではなく顧客価値。

生活者が「食」に求めるものが増えている。
私たちは栄養価や美味しさを手に入れられるようになって久しい。トレーサビリティ(生産・流通過程の追跡可能性)がうたわれるようになり、農家の顔が見える野菜はすでに当たり前になった。応援消費と呼ばれる消費行動も東日本大震災を契機に一般的になった感がある。つくり手の思いや信条への共感、もしくは、つくり手が抱える課題を解決するために「応援したい」という気持ちから生まれる消費のことだ。また、1990年代半ばから2000年代に生まれたZ世代の特徴は「エシカルショッピング(倫理的な買い物)」だといわれる。購買するという行動が「社会的に良いこと」「世の中に『Giving Back』すること」に紐づくか否かを吟味して買い物するのが当然なのだ。そして、さまざまな分野におけるサスティナビリティ(持続可能性)を実現させるSDGs的な視点も、生活者の消費行動を大きく左右する要素になっている。

生活者のそんな消費行動に寄り添うような製菓材料をつくるメーカーがある。ベルギーに本社を置き、製菓・製パン材料をグローバルに供給しているピュラトスは、直近数年でにわかに盛り上がってきた生活者の消費行動を先読みして、25年前(の1996年)から準備を進めてきた製菓材料を今年リリースした。当然ながら、スーパーマーケットやコンビニエンスストアで販売する商品をつくるメーカーにとって、生活者の消費行動は商品を企画する際の最重要項目だが、製菓・製パン業者向けの材料を製造するピュラトスにとって、生活者の消費行動がどんな意味を持つのだろうか?

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「カカオ・トレース」と「60DAYS」が、チョコレートの世界に新しい“体験”を提供した

2021年7月1日、日本では世界に先駆けてまったく新しいチョコレート体験を楽しめるようになった。ピュラトスが25年前から構想を温めてきたチョコレート「60DAYS」がリリースされたのだ。これは収穫した原料のカカオを、産地であるベトナム国内で60日以内にチョコレートにしたもの。製菓業者向けの材料だ。従来のチョコレートでは長いものだと約2年かかっていた製造期間を大幅に短縮した結果、マンゴーやパッションフルーツのような香りと、まるで採れたてのフルーツを食べているような風味が生まれた。フレッシュな状態で食べるとカカオの果肉は甘酸っぱい。その味がそのままチョコレートになっている…という評価もある。「60DAYS」は世界に先駆けて国内の先行モニターとなったパティシエにデリバリーされ、それぞれがオリジナルのケーキなどとして商品化している。2022年からは世界中で「60DAYS」が供給される予定だ。

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もうひとつは「カカオ・トレース」と呼ばれるチョコレートのサステナビリティ・プログラムだ。カカオの産地で生産者の栽培技術を支援し、独自のカカオ発酵技術により価値を高め、生産者の収入・生活水準の向上をサポートするという仕組み。2014年にベトナムで、2017年にコートジボワールでそれぞれローンチされ、2021年現在、フィリピン、パプアニューギニア、メキシコ、ウガンダでも実施されている。これまでに小学校や浄水施設などを産地に新設したほか、生産者にもボーナスを還元している。

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美しすぎる「B to B to C」モデル

ピュラトスにとっての直接的な顧客である製菓・製パン業者も、エンドユーザーである生活者もともに“良きこと”に参加できるプラットフォームとして機能する「カカオ・トレース」。これは、シンプルかつ美しく社会課題を解決できるSDGsの見本のような取り組みだ。長年のあいだ「味」「価格」だけで選ばれてきたチョコレートだが、「トレーサビリティ」や「サスティナビリティ」も購買に直結する顧客価値になる。

そして圧倒的な鮮度によって今までにないチョコレートの風味を実現した「60DAYS」は、材料自体に話題性があるだけでなく、まったく新しい味覚を生み出したという“事件性”まで帯びている。そのため、パティスリーにとっては「60DAYS」を使うだけでプロモーションコストが下がることも想像に難くない。

いずれも、製菓・製パン業者にとっては自らの商品を売りやすい状況を生み出し、生活者にとっては新しい(もしくは社会的に意義のある)“体験”となり、お金を支払ってでも得たい価値となる。

生活者(消費者)を相手にした製菓・製パン業者の商売を支援する…という「B to B to C」モデルで商売する材料メーカーとして、その本分を全うし続けるピュラトス。いったいどのようなプロセスを経て「カカオ・トレース」や「60DAYS」は生まれるのだろうか?

カカオの発酵を徹底的に見直す

ピュラトスジャパン株式会社マーケティング部でパティスリー・チョコレート部門を担当する長瀬真弓さんによれば「カカオ・トレース」も「60DAYS」も、チョコレートの製造工程のうち、カカオの発酵過程が抱えていた課題に目を向けたことが出発点だったという。

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「カカオの木が育ちやすい生育環境は主に赤道の南北緯度20度以内にあります。そんなわけで(ピュラトスが取り引きしている)主産地は、西アフリカのコートジボワールやベトナムなどの国なのです。いずれも途上国。カカオの実は収穫後できるだけ早くに発酵過程に移行させる必要がありますので、必然的に収穫地で発酵させることになります…」

釈迦に説法になることは承知のうえで、念のため一般的なチョコレートの製造過程をここでおさらいしておこう。

①収穫…カカオポッドと呼ばれるラグビーボールのような実を収穫する

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②摘出…カカオポッドの中の白い果肉(パルプ)に包まれたカカオ豆を取り出す ※ひとつのカカオポッドには20~40粒のカカオ豆が入っている

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③発酵…成分を変化させるために現地特有の高温多湿な環境で1週間程度発酵させる ※多くの場合はバナナの葉でカカオ豆を覆って発酵させている

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④乾燥…水分を減少させるために天日乾燥させる。乾燥が完了するとカカオ豆がチョコレートのような色合いに変化する

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⑤輸送…十分に乾燥させたカカオ豆を麻袋に入れて船便(10〜20トンのコンテナ単位での海上輸送)でチョコレートの製造地(主に消費地)へと運搬する ※運搬効率上、コンテナが満載になるまで乾燥後のカカオ豆を保管する必要があるため、保管と輸送に1年以上かかることもある

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⑥製造…製造地(主に消費地)で、カカオ豆の殻の中にあるカカオニブを取り出し、ローストやすり潰し工程を経てペースト状にしたカカオマスを使ってチョコレートを製造する

さて。話を戻そう。上記の工程のうちカカオの収穫地で行われる作業は①〜④だ。そしてその中で最も重要そうに見えるのはカカオが変成する③の発酵だろう。実のところ発酵を経るからこそチョコレートはあの味になる。

「必然的にカカオ豆は収穫地で発酵させなければなりませんが、その方法はとても簡易的なことが多いのです。バナナの葉を広げ、カカオ豆をのせて、別のバナナの葉を上から被せて放置するだけ。この発酵の工程に改善点が隠されているのではないか? というのが、私たちの読みでした」

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その当時、ピュラトスの社内にもカカオの発酵についてのノウハウは実はまったく無かったという。まずは良いカカオを栽培する方法から始まり、カカオを発酵させるためにアカシアの木箱を揃え、最適な発酵工程を科学的に研究し…という具合に試行錯誤を重ねた結果、カカオ豆を2段階に分けて発酵させるという手法にたどり着く。

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「まずは収穫して数時間以内のフレッシュなカカオ豆を用います。それをアカシアで作った木箱に入れ、バナナの葉の上から麻布を被せることで酸素を取り込まない環境をつくり、1次発酵を行います。これはカカオ豆を覆うパルプ(果肉)に含まれる糖と天然の酵母が結びつき、アルコールと二酸化炭素を産むアルコール発酵です。アルコール発酵は嫌気性なので、酸素を遮断する必要があるのです。続く2次発酵は好気性の酢酸発酵なので、木箱を入れ替えることで酸素を取り込みます。それをきっかけにして1次発酵で生み出されたアルコールと天然の酢酸菌が結びつき、エネルギーが産出され(温度が上昇し)、pHが下がるため、カカオニブに含まれる酵素が活性化します。カカオニブにはテオブロミン・糖・たんぱく質・ポリフェノールなどの成分があり、酵素と微生物の働きで、それぞれが分解されて、アロマの元(前駆体)が醸成されます。これらは、その後カカオ豆を乾燥・ロースト・コンチングすることによってアロマとして引き出されて、チョコレートとして味わうことができるようになります」

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日本酒やワイン、味噌やビネガーなどの調味料など、およそすべての発酵食品は発酵過程にこそ細心の注意を払ってつくられる。しかし、カカオの場合はそうではないケースもままある…ということに驚きは隠せないが、ピュラトスでは温度・時間を厳格に管理しながら発酵過程を進めるという手法を採用した。発酵に続く乾燥工程も独自のマニュアルに基づいて一元管理し、最適な香りを生み出したピュラトスのカカオ豆でつくったチョコレートは、当然ながら国際的にも評価されることになる。ユーザーにも価値が認められ、安定して取り引きされるようになった、というわけだ。

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その利益の一部を産地に還元するというサステナビリティ・プログラム「カカオ・トレース」は、このようにして誕生した。現在、ピュラトスではコートジボワール、ベトナム、フィリピン、パプアニューギニア、メキシコ、ウガンダのカカオで「カカオ・トレース」を実施している。

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生産者の家庭に家電が増え、後継者も確保。「カカオ・トレース」の波及力。

「ベトナムの産地には2度赴きました。いずれも同じ生産者を訪ねたのですが、1回目と2回目とでは生活が明らかに異なっていたのに驚きました。例えば、家電が増えていて、暮らし向きが変わっていたんです。いいカカオをちゃんとつくれば確実に高く買ってくれるんだ、とその生産者は言っていました。印象的だったのは、その家庭の子どもがお父さんの農園を継ぎたいと言っていたこと。これはすごいことですよね」
そう話してくれたのは「パティスリー アプラノス」(埼玉県さいたま市)のオーナーシェフ、朝田晋平さんだ。

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朝田さんが使っているのは「カカオ・トレース」の認証を受けた「ショコランテ・ベトナム」。雑味がなく酸味も強くない。ダイレクトかつストレートにチョコレートの味が出ている材料のため使いやすいのだそうだ。そして「その価値に対して価格が抑えめ」だとも。そんな朝田さんの手による商品が以下の3つだ。

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焼きショコラ“極” 520円(税込)
チョコレートの味わいをストレートに感じてもらいたい。そんな思いから軽やかな食感と口溶けの良さを重視したため、小麦粉を使わず、少量のアーモンドパウダーと卵とチョコレートのみのサンファリーヌ生地で仕立てた。ムースでもなく焼き菓子でもない、軽快な舌触りのためか、チョコレートの存在感が軸となる味わいだ。

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ショコラトリー 1,200円(税込)
小麦粉の量を控えてパウンドケーキとしてしっかりと焼いた一品。「ストレートにチョコレートの味を出したかった」と朝田さん。実は冷蔵庫で冷やしても、温めてアイスクリームと一緒に食べても美味しい。

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トロワガーデナー 510円(税込)
前出の「焼きショコラ“極”」の生地を土台に据え、チョコレートムースとシャンティショコラを重ねた作品。ナッツの香ばしさが時折顔を見せつつ、濃厚なチョコレートの重奏感を楽しめる。常連客のファンが多いそうだ。

「カカオ・トレース」が顧客との会話のきっかけに


朝田さんは、ショウケースの商品POPでは「カカオ・トレース」について敢えて明示していないという。その理由を問えば、顧客との会話のきっかけとしてとても「ツカえる」からだとか。「チョコレートの原料や製造方法、そして産地の様子については当然ながらご存じないお客さまのほうが多いのですが、カカオ・トレースについて口頭でご説明すると多くのお客さまが関心を持ってくださるんです」

「鮮度」という概念をチョコレートにも

「カカオ・トレース」プロジェクトが始動したことで、カカオの収穫地における時間・温度を管理して適正な状態を保つ発酵・乾燥技術が整った。と同時にピュラトスはさらなる高みを目指すことになる。ピュラトスの長瀬真弓さんに話を続けてもらおう。
「実は、私たちは“チョコレートの鮮度”という新しい概念に気づいたのです。課題は加工後のカカオ豆の輸送でした。カカオの収穫地で発酵・乾燥のクオリティを上げられはしたものの、それをチョコレートにするためには、当社のメインブランドである『ベルコラーデ』のベルギー工場まで船で輸送しなければなりません。輸送時のコスト効率を計るため、加工後のカカオ豆をコンテナに満載しなければならず、加工を終えたカカオ豆がまとまった量になるまでは収穫地で保管されるのです。その期間は長ければ1年。そのため、カカオの収穫から最長で2年ぐらいの月日を経たのちにチョコレートになる…というのが一般的なのです。もしもチョコレートの製造までカカオの収穫地でできれば、最短の時間でチョコレートにすることが可能になります」

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その発想は、ベトナムにチョコレートを製造するカカオマス工場が建設されることでカタチになった。実はベトナムにも同社のチョコレート工場はあり、それまでも製造はしていたのだが、カカオマス加工工程は国外で行っていたのだ。2019年に念願のカカオマス工場が完成し、この発想が現実のものとなる。その後、約2年間の試行を重ねた結果、トリニタリオ種のカカオのみを使い、収穫後60日でチョコレートに仕上げることで、理想的なフレーバーを得られることもわかった。そのようにして出来上がったのが「60DAYS」だ。

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製品名は「ショコランテ・60デイズ・ベトナム・ダーク74%CT」。ベトナムの「カカオ・トレース」農園のカカオを使用し、自社で発酵・乾燥・カカオマス加工・チョコレート加工まで行って仕上げることで、「カカオ・トレース」のチョコレートに“鮮度”という価値が上乗せされることとなった。

「これはもう、ホントにフルーツ」

「実に果実味があるチョコレートです。酸味も感じますが、なによりジューシーさ際立つ…。フルーツを食べているような感覚になるんです」と「60DAYS」のチョコレートを評するのは「ラ・リヴィエ・ドゥ・サーブル」(茨城県つくば市)のオーナーシェフ、植﨑義明さん。

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少し大袈裟かもしれないが「60DAYS」の鮮烈なまでのフルーティさは、人類がまだ体験したことのない味わいだ。そこで植﨑さんは、何も手を加えず「60DAYS」をそのまま味わって欲しいと考えた。
「現在お客さまにご提供しているのは、そのままのチョコレート。材料としての『ショコランテ・60デイズ・ベトナム・ダーク74%CT』はコイン状に成形されているため、改めてテンパリングしてキャレとして成形しましたが、何も加えていません。60DAYSのチョコレートは確かにオレンジやレーズンのような香りを感じますので、ドライフルーツなどとの相性は悪くはないでしょう。でも、そうなると香りや酸味の由来がチョコレートなのかドライフルーツなのかがわからなくなってしまう。60DAYSのフルーツのような味わいを、まずはストレートにお客さまに伝えることが大切だ、と思ったんです」

「パレ60DAYS」864円(税込)

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顧客の反応も「ものすごく良い」と植﨑さん。チョコレートの製造過程を改めて顧客に説明する機会も得られたということだ。このようにして、まずはカカオの収穫後60日以内にチョコレートとして製品になったその味わいを顧客に体験してもらい、それが浸透してきたら加工をするという計画を植﨑さんは練っている。
「バレンタインに向けて新商品として売る計画はあるんです。チョコレートと生クリームで構成するシンプルなボンボンショコラが良いと思っています。強くうたえるストーリーを持った材料は強い。ピュラトスさん、面白いことやるよねえ。カカオ・トレースも含めて、すごくいいことをしている」

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改めて、材料メーカーの本分とは?

「60DAYS」はコイン状態のものより、タブレット状にテンパリングした後のほうが風味は際立つ。前出の「パティスリー アプラノス」の朝田さんも植﨑さんと同意見だ。実は朝田さん、どうしても「60DAYS」でつくりたい商品があるのだが、まだ納得がいっていないのだという。

「テリーヌショコラ」2,500円(税込)

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「チョコレートのテリーヌなんです。みっちりとした濃厚な味わい。敢えて言えば、チョコレートの羊羹みたいなイメージの商品なんです。ポイントは舌触りで、とにかく滑らかな食感に仕上げたいんですね。今のところカカオ・トレースのチョコレートでは納得のいく仕上がりになっており、販売もしているのですが、60DAYSのチョコレートでつくるとどうもその滑らかさが足りない…。カカオ分なのか? コンチング工程なのか? それとも水分量の違いなのか? その原因を探っているところなのですが、それがわかるまでもう少し時間が必要かな(笑)。60DAYSはテンパリングしたほうが風味の出方が違う。それがわかっているからこそ『美味しくしたいーーー!』と思ってしまうんです。フルーティな60DAYSでつくれば、この商品が新しい次元にたどり着くはずなんですよ。…もはや趣味ですね(笑)」

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朝田さんが「納得している」と自負する「カカオ・トレース」のチョコレートでつくられた「テリーヌショコラ」を味見させていただいた。口に入れた瞬間は濃厚で重さすら感じるが、食べ終わりは軽快。まるで、上品なキャラメルをなめているかのように滑らかな数秒前の記憶が、食感として追いかけてくる感覚だ。十分に美味しい。しかし「60DAYS」を使って朝田さんがつくる「テリーヌショコラ」は是が非でも味わってみたい。そんな欲望が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。

職人のクリエイティビティを刺激し、生活者の欲望を沸き立たせる。ひとつの材料で両者の体験価値を高めるという仕事をしているのが、ピュラトスという材料メーカーの本質なのかもしれない。

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■Patisserie APLANOS /パティスリーアプラノス
048-826-5656
埼玉県さいたま市南区沼影1-1-20 フィオレッタ武蔵野103
10:00-19:00
火定休
http://aplanos.jp/

■La Rivière de Sable/ラ リヴィエ ドゥ サーブル
029-828-6929
茨城県つくば市みどりの東21-13
10:00-19:00
水定休
https://riviere-de-sable.com/

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■ピュラトスジャパン
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-2-22
https://www.puratos.co.jp/ja