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グラフィックデザイナー・大島依提亜と探る、絵本作家・石黒亜矢子のルーツ 【プロフェッショナルストーリーズ Vol.11】

映画『おらおらでひとりいぐも』を題材に、それぞれのプロフェッショナルたちを深堀する連載企画が展開中。

第11回のゲストは、グラフィックデザイナーの大島依提亜さんと、イラストレーター・絵本作家の石黒亜矢子さん。大島さんは映画ポスターやパンフレットのデザイナーとして『ミッドサマー』(19)など、幅広く手掛けられています。石黒さんの「ばけねこ」のイラストは、誰もが一度は見たことがあるはず。

『おらおらでひとりいぐも』のイラストポスターで、コラボレーションを行ったおふたりに、これまでの歩みや、映画の印象について伺いました。

なお、石黒さんと共にイラストポスターを手掛けられた丹地陽子さん・高橋将貴さんにもインタビュー。合わせてお楽しみください。

(聞き手:SYO)

絵本がすぐそばにあった幼少時代

――石黒さんは幼少期から、たくさん絵を描けるような環境だったのでしょうか?

石黒:母方の実家が建築会社で、製図用のトレーシングペーパーがたくさんあったんです。そういった意味では、恵まれていましたね。ほかのイラストレーターさんに話したら、「贅沢な環境だね」と言われました。

大島:滅茶苦茶カッコいいエピソードじゃないですか。うらやましい!

石黒:漫画も大好きで、『Dr.スランプ アラレちゃん』とか『うる星やつら』とかを模写していたので、一時期は漫画家を目指していたんです。でも漫画家ってストーリーを構築しないといけないので、難しいかなと思いはじめて。

もちろん絵本作家もお話を考えますが、漫画のような膨大なストーリーではないし、自分の中でバランスが良かったのが絵本作家だったんです。

大島:旦那さん(漫画家の伊藤潤二さん)を見ていて、大変そうだなと思う?

石黒:ストーリーを考えるのはやはり大変そうですね。
アイデアが出ないってときに、「すごいこと思いついたから使っていいよ」って言うと、たまに「じゃあもらっておこうか」と言われる(笑)。

大島:それはすごい。僕の場合は映画分野を目指していて、その勉強ができるところとして東京造形大学に進み、デザインも学んでいった形ですね。だから最初からデザイナーを目指しているわけではなかった。

ただ、父親の仕事が美術館関係だったり、兄弟全員が芸術分野の人間だったりしたから、自然とそっち方面に流れていったのかもしれません。

――当時の絵本作家ってどれくらいメジャーな存在だったのでしょう? 

石黒:あまりメジャーではなかったと思います。ただ我が家は、母親が絵本が好きで、「こどものとも」などがそばにあったんです。絵本に囲まれて育ったから、自分にとってはすごく身近だったんですよね。

大島:絵本の世界ってすごく面白いのは、60年代とか70年代に出版されたマスターピース的なものが、いまだにAmazonのランキング上位に君臨しているんですよ。ちょっと特殊ですよね。

現代の人がずっと新人みたいな、漫画とか、もしかしたら映画もそうだけど、ある種の消費されてしまうコンテンツとはまたちょっと違うのかな?という気がしますね。

子どもの世界の中でずっと循環しているような感覚もありますよね。あと面白いのは、絵本ってちょっと不安だったり恐怖だったりを描いたもののほうが、いまだに覚えていませんか?

どんな絵本の属性を好きかで、その子の今後の人格形成に影響していくところがありますよね。おどろおどろしい本が好きだと、石黒亜矢子みたいな人が生まれてしまう(笑)。

石黒:でも私、ディズニーとか好きですよ! 少年漫画で育ってきた部分もありますし。ただ、「可愛い絵を描く作家さんのほうが、怖いことを考えている」というのはあると思います(笑)。

苦悩の時期に河鍋暁斎の絵と出合い、覚醒

――石黒さんのモチーフである「創造の生き物、妖怪,化け猫」は、どのようにしてたどり着いたのでしょうか?

石黒:24歳くらいのときに、何を描いても「ダメ」って言われてすごく悩んでいた時期があったんですが、そんなタイミングで河鍋暁斎さんの「百鬼夜行図屏風」を見て、ショックを受けたんです。

そこで「ダメなんてないじゃん」と思えたのが大きいですね。ちょうど妖怪が面白いと感じていたこともあって、和風のテイストで描き始めました。そこからはもう、誰の目も気にせずに、自分で考えた妖怪などもどんどん描くようになって。そのうち、京極夏彦さんのお仕事をさせていただけるようになり……という感じですね。

――これでいく、というスタイルを確立されてから軌道に乗るまでは、割とスムーズでしたか?

石黒:いえ、全くです。相変わらずダメって言われ続けながら、ポートフォリオを持って出版社なんかを回り続けていました。絵本の編集者さんは優しかったけど、デザイン事務所とかは一番厳しかったですね。

大島:ああ……。

石黒:その中で、マガジンハウスの書籍の編集長が「何が当たるかわからないから出してみようか」って、いきなり本を出してくれたんです。

でも、本が売れることは特になくて、絶版になってしまって。そのあと岐阜に行ったり、色々あったんですが、京極さんがお仕事をくれて……という流れです。本当に京極さんには頭が上がらないですね。

あと、優しかった絵本の編集者さんが声をかけてくれて、『おおきなねことちいさなねこ』という絵本を出させていただいて……それも絶版になってしまったのですが、そのあとに『ばけねこぞろぞろ』を描きました。その辺りからようやく絵本の仕事が入ってくるようになって、いまに至ります。

大島:一見すると、猫を描くようになって世間的に認められた、という話に見受けられるけど、こうやってお話を聞いていると、あっけらかんとした明るい世界も、シャレにならないような心霊的なものも両方好きで、それが合致したうえで世の中に受け入れられたってすごいよね。

超が付くほど怪獣ものが大好き

――映画でいうとどういうジャンルのものが好きなんですか?

石黒:怪獣ものが大好きなんですよ。ゴジラとかも、大きな怪獣が出てくる作品だったら何でも観るくらい好きですね。

大島:石黒さんの描く映画のパロディもの、最高なんですよ。たまらないですね。やっぱり、映画がお好きなんですか?

石黒:大好きですね。友達があんまりいなかったので(笑)、レンタルビデオ屋に入り浸っている時期があったんです。メジャーな作品を全部観ちゃって、だんだんコアな方に移動して、いわゆる“ジャケ借り”をやってました。

大島:そのころに観た映画で、覚えている作品ってあります?

石黒:『地下鉄のザジ』(60)とか? 

大島:メジャーじゃん!

石黒:そうなの? 当時は全然よくわからなかった。

大島:確かに今は、何の情報もないまま衝突事故的に観ることが、どんどん減っちゃっていますよね。そういう機会って、結構大事だと思うんだけどな。

石黒:時間返せ!と思うときもありますけどね(笑)。モノクロで実験的な映像がずっと続いちゃってるとかだと、眠くなっちゃう……。

大島:いまってメインストリームの映画でも3時間超えとか出てきているけど、石黒さんはどう思います?

石黒:3時間でも全然オッケー、面白ければ(笑)。

映画を観ていたら、自然と泣いてしまった

――ここからは、『おらおらでひとりいぐも』について聞かせてください。今回は全部で3人のイラストレーターさんと組まれていますが、人選は大島さんが行われたのでしょうか?

大島:そうです。沖田修一監督は原作からの改変が面白くて、マジックリアリスティック的な飛躍をするじゃないですか。それが日本的なものと結びついているから、石黒さんはぴったりだと思って。

映画を観ているときに「さとり先生」が出てきて、この子を描いてほしい!と最初から考えていました。

映画のイラストポスター企画はここ数年続けていて、お任せのときもあるんですが、今回はお三方ともピンポイントで「これを描いて!」ってお願いしましたね。

【イラストポスターラフ】

石黒さんラフ0903


――石黒さんは、作品をご覧になっていかがでしたか?

石黒:すごく不思議な映画でした。突然神様が現れたり、妄想の人々が現れたり、マンモスが現れたり……でも、私にお話が来た理由もすごくよくわかりました。

ただ、大島さんのこのシリーズは傍目から見ていて「すごいなぁ」と感じていたから、じつは描くときは非常に緊張していました。これまで関わってきた皆さんのレベルがとても高かったから。

大島:そうだったんだ。素晴らしいイラストをありがとうございました。

石黒:いえいえ。こちらこそありがとうございました。

【完成版イラストポスター】

石黒亜矢子さん版P


大島:でも、作品としてはどちらかといえば、石黒さんがお好きなメジャー作品というより、アートフィルムなにおいもあるじゃないですか。その辺りはいかがでした?

石黒:そうだよね。でも、作品を観たときに泣いちゃったんですよ。主人公の桃子さんが、親の年齢に近かったこともあるし……。ファンタジーではあれど、「夫に先立たれた独居老人」というすごく重いテーマを扱っていて、「そうだよなあ、年を取って生きていくってこういうことだよなぁ」と思ったら、自然と涙が出ていました。

つくりは不思議だけど、内なる孤独の声を楽天的・肯定的に描いているから、いまの高齢化社会に対して何か明るい気持ちを持てる映画でもあったと思います。

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いまでこそ大人気の石黒さんですが、ご自身は「遅咲きなんですよ」と、下積み時代のご苦労を語ってくださいました。だからこそ、彼女の作品には見る者の心をつかむ、不思議な魅力が宿っているのかもしれません。

そしてまた、大島さんの絵本というメディアに対する洞察力や、イラストレーターの特徴を的確につかむ審美眼も、うならされました。

大島さん×イラストレーターさんの対談シリーズ、次回もどうぞお楽しみに!

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大島依提亜(おおしま・いであ)
グラフィックデザイナー。映画のグラフィックを中心に、展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。主な仕事に、映画『かもめ食堂』『百万円と苦虫女』『(500)日のサマー』『シング・ストリート 未来へのうた』『万引き家族』『アメリカン・アニマルズ』『ミッドサマー』『デッド・ドント・ダイ』、展覧会「谷川俊太郎展」「ムーミン展」「高畑勲展」、書籍「鳥たち」吉本ばなな「三の隣は五号室」長嶋有「小箱」小川洋子など。

石黒亜矢子(いしぐろ・あやこ)
1973年生まれ。絵描き。
妖怪や創造の生き物、動物を描く。
主な仕事は、絵本や装丁画、挿絵など。

映画『おらおらでひとりいぐも』絶賛公開中!



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