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何のスマート化か。-読書感想文「スマート・イナフ・シティ」

スマートシティという言葉自体、現在バズワードになって久しく、
政府がデジタル田園都市構想によって、都市のスマート化を後押ししている。

よく引き合いに出されるトロントにおけるスマートシティの失敗について、
政治的なプロセスが全く行われずに、提携企業が選定されたことが原因として挙げられている。*1
こういうことが起きないように市民と合意形成をしながら、スマートシティ化を推し進める必要がある。

*1

それはまさしく「スマートイナフシティ」にて指摘している点である。

本書において、市民を置いてけぼりにしてはいけないとしている。
引き合いに出すのは、自動車と交通システムが相互に連携し合い、都市として最適な交通を作り上げ、信号機や渋滞のない状態を目指した「インテリジェント街路灯」である。*2

*2 https://response.jp/article/2018/12/19/317347.html


本書では、絵空事を描いても市民はついてこないし、交通と自動車が完全にリンクした世界において、人間はその効率性を壊さないようにひっそりと暮らすことしかできず(道路を渡ろうもんなら、効率性を遮るものとして、疎まれるかもしれない)、それって本当に幸せなの?と警鐘を鳴らす。


そもそも渋滞は道路によって作られるという性質もある。つまり、道を広げても、それに収まる程度の車が流入してきて(高速を使っていた人が下道を使ったり、渋滞を避けて通勤していた人がその時間で通勤したりする)、拡張前と同じように同程度渋滞をするというものである。*3

*3

いわゆるオフピーク通勤なども同様に、改善は限定的だと言われている。
道路というのはあくまで社会システムの一部でしかなく、公共交通機関よりも所有車のほうがいろいろな面で便利な点や郊外での居住に対する選好を変えない限り、変わらない。
また人口動態や経済活動によっても混雑具合は変化する。*3
その複雑系システムにおける影響すべてを検討したうえで、渋滞のない世界を実現するのは至難の業だといえる。

また本書において、そういったスマートシティ化を行うためのテクノロジーにおけるデータに潜むリスクも提示する。
予防警備におけるバイアスの再生産(データはあくまでそのデータの収集者の恣意性が否応なく含まれる点)*4や物体の偽陽性率を下げるために有意水準の再設定を実施したあとに通行人との接触事故*5(統計的に帰無仮説が棄却されるからといって、完全にその可能性が排除されるわけではない)みたいなことが起こりえると示唆する。

*4

https://rss.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1740-9713.2016.00960.x

*5

民主的に都市を組み上げるなら、そのあたりも民主的にあるいは情報公開しながら、取り組む必要があるように思う。どの程度の有意水準を設定するか、予防警備における元データが何かなど。逆に言えば、それらがすべて可視化される意味ではいいのかもしれない。

とはいえ、同書「スマートイナフシティ」で指摘されるように、テクノロジーによって、市民の政治関与がより積極的になるわけではない。市民の手で道路の不具合を写真で撮って、減災につなげるアプリは結局市民の積極的関与を生むわけではない。
同書であげられるNYC311アプリのレビューを見ても、散々で、「レポートしたが、何もやってくれなくて、知らぬ間に「Solved」マークがついている」という声も上がっていて、テクノロジーによって行政側がより能動的に減災に向けて取り組めるようになるわけではないということを示している。

本書で語られるオルタナティブは、「参加型予算」だったり、「HOV レーン、HOTレーン」だったりする。これらの導入に際して、テクノロジーが使われるみたいたあり方である。
テクノロジーによって、問題を矮小化するのではなく、解決策の検討はあくまで民主的に行い、あくまで実現の手段としてのテクノロジーである。

参加型予算に関しては杉並区で試験導入されているみたく、その導入にあたり、民意を拾うためのツールの一つとしてweb投票というのがあった。(このwebサイトの投票システムにおける脆弱性が議論を招いているが)
こういう立ち位置でテクノロジーが存在するのがあるべき姿なのだろう。

スマートだからといって、テクノロジーを諸手を挙げて賛同するのではなく、より厳しく見ていく必要がある。
スマート化・データ化はやはり手段でしかなく、市民が実施内容とその意思決定プロセスに合意をしない限り、意味がない。その意味では、何も変わらない。むしろより複雑となる政治プロセスに我々市民はより一層知識や時間をかけて取り組み、スマートになる必要がある。

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