デジタルがもたらしてきた功罪から考える、今後のマーケティングに必要なこと
※本シリーズはMarkezineでの連載【マーケティングとブランドのシアワセな関係 〜アフターデジタル時代に向き合うマーケターに向けて】全5回の転載となります。第1回となる今回は、デジタルが可能にしてきたものが何かを考えます。
デジタルがもたらしたものを考えてみる
皆さんはじめまして、オプトの鈴木智之と申します。皆さんはオプトと聞くと「デジタルエージェンシー」「ダイレクト広告の会社」など様々なイメージをお持ちだと思いますが、私はオプトの中でも少し異質な仕事をしています。具体的には、マーケティングストラテジー部という組織を立ち上げ、クライアントのマーケティング戦略立案や活動の支援、事業戦略の立案などに携わっています。
実務に携わっていると、いろんなことを思ったり、考えたりします。本連載では、その中でたどり着いたマーケティングにおけるデジタル活用の新たな視点、そしてブランドを理解するために必要なことを解説していきます。
最初となる今回は、デジタルがもたらした功罪について考えます。
たとえば、デジタルによって生まれたことの一つに「効果の可視化」があります。この可視化とは、広告が、広告を見た人に望ましい行動(サイト誘導やECサイトでの購買など)を促したかどうか、データをもとに証明するというものです。
投じた広告費に対して、望ましい行動を促した数がわかるので、いわゆるCPA(Cost Per Action)という指標が生まれ、この指標によって、広告活動の良し悪しを評価することが可能になりました。
それまでの広告、たとえばテレビCMの場合、投下したGRP(Gross Rating Point=延べ視聴率)はわかるものの、その効果はアンケート調査などを通じて認知率や購入意向などがどう変化したのかを推測するに留まっていました。しかし、デジタルによって具体的に引き起こされた行動まで測ることができるようになったのです。
「効果の可視化」はデジタルが可能にしたことの代表的な事例ですね。
CPAの最適化は何を生んでいるのか
広告とは、マーケティングミックスにおけるプロモーションを担う一つの手段です。ですから、デジタルはマーケティングにも様々な影響を及ぼしています。コトラーによるとマーケティングとは、価値を創造する交換過程をつくる活動(※)、と定義されています。いい言葉ですね。
※Kotler, P, and K. L. Keller (2008)『Marketing Management (13th edition)』, Prentice Hall.
ここで先ほどご紹介したCPAという指標を、マーケティングは価値を創造する交換過程という定義を踏まえて評価してみましょう。
・企業が交換の対象としたもの:広告の訴求内容
・生活者が交換の対象としたもの:その人自身の行動(商品やサービスの購入)
この活動をCPAという指標によって最適化した場合、もたらされる結果は行動の最大化です。仮に目標とする行動をECでの購買と設定すれば、購買行動の最大化となりますね。これを先ほどのマーケティングの定義に当てはめて評価してみると、喚起された行動が「価値を創造しているか」が重要となります。
「行動が価値を創造しているか? と言われてもピンと来ない」という方もいると思います。次のページでは、僕がラーメン屋に行った経験から行動が価値をもたらしている状態について考えます。
ラーメンを食い終わるまでに、どんな価値が生まれている?
僕はラーメンが好きです。自分の好みにあった美味しいラーメンを食べるために、遠出することもあります。そのときの流れを以下に記してみました。
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1.まず、日本中のラーメン屋の評価を事前に調べます。
2.口コミの評価をもとにラーメン屋をある程度リストアップし、その上で味やメニュー、店舗や立地などを細かく調べて、行きたい店舗を決めます。
3.行き先が決まったらあとは行動のみ。場合によっては何時間も費やして目的の店舗を訪れ、たいていの場合行列があるので順番が来るのを気長に待ちます。
4.順番が来て着席し注文。着丼後にようやく、食べることができます。一口食べて美味しかったら並んだ甲斐があったな、などと言ったりします。
5.とても満足して、食べ終わったらお代(800円くらい)を払います。
6.その経験を翌日仲のいい同僚に話したり、お店を教えたりします。
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この流れを、ラーメン屋の視点からマーケティング活動として捉えた場合、僕とラーメン屋が交換したものは何で、その交換はどのような価値を生んだでしょうか。
ラーメンの代金(800円くらい)に加え、並んだ時間やラーメン屋までの移動費や時間、さらにいうと下調べの時間や手間、これらが僕の交換しているものです。それにより僕は、満腹感と満足感、いい店を見つけたというちょっとした優越感をラーメン屋さんから得ています。
もちろん、このラーメン屋には僕以外にも多くのお客さんがいるので、その数だけ様々なものが交換されています。その度に多くの満足(場合によっては不満)や優越感(場合によっては失望感)が生まれているわけです。
CPAだけ追いかけることの弊害
これこそまさに、コトラーの価値を創造する交換過程そのものだ、ということがおわかりいただけましたでしょうか。そして、この交換過程で喚起されるものは行動だけではないことがわかると思います。
つまり、このプロセス(交換過程)で生み出された様々な行動は、創出された価値を構成する一つの要素であり一部です。ですから、その一部のみの最適化を図るのは必ずしも正解とは言えません。たとえば、デジタルでCPAだけを追いかけ続けていると、行動以外の何かを毀損する可能性もあります。
ラーメン屋の例で言えば、たくさんの人で行列ができているのだから、席数を増やし、オペレーションを最適化することでラーメンの提供時間を早めることができれば、お客さんの待ち時間は減るし、時間あたりの収益を増やすことができる。いいことづくめだと、考えるかもしれません。
結果、もたらされるものは行列がなくなったことにより何かしらの価値が毀損され、以前ほど注目されるお店ではなくなった、なんてことは容易に想像がつきますよね。
行動の最大化を目的にCPAという指標で最適化を図ることのリスクは、ここにあります。
いかに価値を創出するか。
CPAに準ずるような投資対効果の考え方は、企業の投資判断に大きな影響を及ぼしました。
「この広告に使った費用は、何をもたらしているの?」という問いに対して、販売数で答えることはとても明瞭で、通りやすい。「自分の施策によって製品の売上がこれだけ増えました!」と答えられれば、どんなに楽なことでしょうか。
この想いは、我々のような事業会社のマーケティングを支援する立場よりも、事業会社側の方たちのほうが実感できると思います。でも、売上一つ取っても今売れていることと、この先も売れるのかどうかは別の問題で、それを行動の結果だけでひとくくりに説明することは不可能です。
行動を喚起することは大切です。しかし、それだけを生み出すことがマーケティングの目的ではない。これも事実です。
「じゃあお前、どうすればいいのさ」って?
それは、目に見える行動だけではなく、目には見えない体験という価値も含めて指標にしていくことが重要になってきます。
答えは、体験価値にある
「品物も多くなり、ユーザーの価値観は多様化してリテラシーはどんどん高くなり、改善することを念頭に置いただけでは、あっという間に他社に超えられてしまう。昔ながらのマーケティング活動では太刀打ちできなくなっている。どうすれば、唯一無二としてユーザーに選ばれ続けられるんだろうか?」
実際、このような相談をいただくことが増えています。
コモディティからいかに抜け出すか。それを実現するための鍵は「体験価値」にある、と僕は思っています。
このベン図は、企業が創出すべき価値は、経済価値だけではなく社会価値も含めたものであるべきということを示しています。経済合理性を追求しているだけでは、コモディティからの脱却は果たせません。経済価値と社会価値を満たしてこそ、CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)やカテゴリー・イノベーションが実現できるのです。
下の図では、社会価値を含めた体験価値を、マーケティングによってどうやって創出するか、を説明しています。
ラーメン屋の例で言えば、僕が代金以外にも交換しているものがあると記載しましたが、それら交換しているものすべてが上の図のCBBE(Customer Based Brand Equity)にあたり、これを体験価値と定義しています。そして、この体験価値を創出する企業活動としてSTRATEGYとマーケティングミックス(7P)を並べています。
本連載では、これらについて順を追って説明していきます。次回はコモディティという現象とそこからの脱却について、価値創出の視点から触れていきます。
それでは次回をお楽しみに。
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