市民オペラに参加するということ 9
話が逸れたが、そんなわけでこの日は若手の指導者のもと、合唱練習が行われた。前回とは違って、練習は2時間だったので、だいぶ楽だったが、そのせいで合唱祭で歌うはずの「乾杯の歌」と「行け、我が想いよ黄金の翼に乗って」の練習時間は十分ではなかった。大丈夫かな、と私は心配になる。だって私はこの会でいちばんの新人なのに、実は翌週の練習も休むことになっていたのだ。翌週の練習も休むとすると、合唱祭本番までにはあと練習の機会が、本番前日の一度しかない。それなのに私は、まだ譜読みもろくにできていないのだ。間に合うのだろうか。
そんな私の心配をよそに、休憩時間になると、合唱祭当日の注意事項についての説明が始まる。当日の流れや衣装についての説明だ。衣装はなんと、ドレスだという。足が見えないロングのカラフルなドレス。そんなものは持っていないなあ、着る機会がないもの、と思っていると、合唱団が持っている貸衣装があるという。ドレスのない新人や、持っていても借りたい人は、それを借りればよいということらしい。私と、もう一人最近入ったという高校生は、見本の写真から、いくつか着てみたいドレスを選んだ。女性にとってそういう時間は楽しいが、ドレスを頼んだりして、ろくに歌も練習できてない合唱祭が、ずいぶん大ごとになっているな、と思う。大丈夫だろうか。夏の公演でやる「愛の妙薬」の譜読みはいいから、目先の合唱祭に注力してほしいと思うが、むろん私の思い通りにはいかない。
翌週の練習は出られなかったので、出席した仲間に、いよいよ差し迫った本番は暗譜でやるのかどうか、確かめてもらった。舞台用の、表紙裏が黒い楽譜を使うので、おそらく暗譜はしなくてよいことだろうとは思う。こっちは日本語で歌う「乾杯の歌」でさえ歌詞がままならないのに、「行け、我が想いよ黄金の翼に乗って」に至ってはイタリア語で、私は歌詞の読みさえあやふやなのだ。もっともイタリア語なので、おそらくは会の他のメンバーにとっても、歌詞を覚えるのは負担になるはずだが。
ところが返ってきた回答は無情にも、暗譜とのこと。私は絶望的な気持ちになった。当日出演する最終的な人数を、合唱祭事務局に届けないといけないので、もし出演を取りやめる人がいたら今日中に連絡してほしい、というメールが来た時、私は思わず取りやめます、と連絡してしまったほどだった。いくら合唱の一員とはいえ、さすがに3、4回歌ったことがあるだけの歌を、今から暗譜して本番で歌うのは無理がある。
結果的に、暗譜というのは先生の勘違いで、楽譜を見て歌っていいことになったので、予定通り私も出演することになった。暗譜よりはずいぶんマシとはいえ、今の状態では私はまだ譜読み段階だ。これでは舞台には立てない。まあなんとかするしかないだろう。私は半ばあきらめの境地だった。あと1回とはいえ、本番までに練習はあるのだし、いざとなったら口パクだ。合唱だと誤魔化せるから助かる。合唱においては、本番で音を外したり、歌詞を思い切り間違えたりするくらいなら、口パクの方がましなのだ。どうせマスクで口元さえ見えないのだし。
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