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用語の用法に拘るということ―発酵・酵素・酵母って,“要するに”何なんだろう?―

 早速ですが,いくつか問いを出してみることにします。

 問 次の(1)〜(3)に挙げた用語について,それらの違いが分かるよう,それぞれの意味を答えよ。
  (1) 発酵 酵素 酵母
  (2) DNA 遺伝子 染色体 ゲノム
  (3) 放射線 放射能 放射性物質

 いかがです?聞いたことはあるけれど,違いが分からん…という方はおられませんか?今回は主に(1)について考えてみたいと思います。とりあえず,簡単に答え合わせからいきましょう。まずはとりあえずダラダラと書くので,面倒になったら先に進んで下さい。

(1) 発酵:① 生体内で起こる化学反応(代謝)の1つ。酸素を使わずに有機物を分解してエネルギーを得る一連の反応であり,酵母や乳酸菌などが行う。② 微生物が繁殖した結果,人にとって都合のよい食品などができること(⇔腐敗)。③ チャノキの葉の酸化によって,紅茶等に用いる茶葉を生産する過程。紅茶の茶葉では②のような微生物の繁殖は伴わなず,茶葉の中に含まれる酵素によって進む化学反応。阿波晩茶のように茶葉の製造過程で乳酸菌を添加するものもあり,ともに「発酵」と呼ばれる。
酵素:タンパク質を主な構成要素とする触媒分子。生体内で合成され,生体内外で起こる様々な化学反応を触媒する。細胞内ではたらくもの,細胞外に分泌されて血液中などではたらくもの,消化管内に分泌されて体外ではたらくものなど,種類は多岐にわたる。
酵母:① 単細胞性の時期をもつ真菌類の総称。② ①の真菌類のうち,特にSaccharomyces cerevisiae(←学名)。また真菌類のモデル生物であり,様々な研究に利用される。近年では,酵母菌体内で観察されるオートファジーの研究で,大隅良典氏が2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 宣言通り,とてもダラダラと書いてしまい恐縮です。教科書を読んだり,ネットで調べたりすると,概ねこのようなまとめ方になるのではないかなと思います。しかしこれでは要点がどこなのか分かりにくい。しからば,こういう場合にどこに注目して用語を整理するか。

 理科―特に生物では,そこで学ぶモノ・コトの名称や,その定義,そしてモノ・コトどうしの関連性について把握することを求められます。「生物は暗記科目ではない」と口では言いつつ,「覚えなければどうしようもないこと」というのは確かにあって,その体感での膨大さ・要点の分かりにくさは私とて常々感じるところです。
 しかし,体感での膨大さはともかく,要点の分かりにくさの方は工夫の仕方がありそうです。そこにアプローチする上で大切にしたいことが,「それは“要するに”何なのか」「それは“そもそも”何なのか」という問いかけです。

 些細なことではあるのですが,さっきの問いの答えを書く上で,ちょっとだけ拘ったことがあります。それは,最初に“要するに”あるいは“そもそも”の部分を記すこと。冒頭部分を抜粋してみましょう。

(1) 発酵:① 生体内で起こる化学反応(代謝)の1つ。
酵素:タンパク質を主な構成要素とする触媒分子。
酵母:① 単細胞性の時期をもつ真菌類の総称。② ①の真菌類のうち,特にSaccharomyces cerevisiaeのこと。

 記述の正確性を期すために,実はこれでも拘りきれてないのです。私の頭の中にある,これらの用語のラベルは,たぶんだいたいこんな感じ。

(1) 発酵:化学反応
酵素:物質。タンパク質
酵母:生き物

 だいぶ違いが分かりやすくなりませんか?「それは“要するに”何なのか」という問いかけを大切にしたいというのは,こういうことです。
 教科書やネットにあるような文章に対し,自分で「それは“要するに”何なのか」と問い,そして一言…ないしせめて二言三言くらいで表現する。そうすることで,教科書等に書かれた内容の要点をおさえていく。そして要点をおさえてから,肉付けの部分を腑に落としていくさぁこのとき,肉付けの部分に,要点と矛盾がないか・要点から導けるものであるかを確認することも肝要です。話を続けてみましょう。

 例えば,薬局の健康食品コーナーなんかに行くとよく売っている,「酵素ドリンク」などと称される商品の類。酵素について調べてみようということで,とりあえず「酵素ドリンク」で検索すると上位にくる,こちらのサイトを読んでみましょう。

ファスティング、クレンズダイエット、置き換えダイエットにおすすめの酵素ドリンク7選!【2020年冬最新版】
>酵素は体を支える基礎エネルギーです

 違います。酵素は物質なので,エネルギーではありません。「酵素とは何か?」を問う受験生物の論述問題で,「体を支える基礎エネルギー」なんて書いたら0点ですよ。高校生の皆さんは気を付けてくださいね。

 用語の用法をよく分かってない人が書くと,こんな風に冒頭で転びます。要点である「酵素:物質。タンパク質」をおさえていれば,「酵素はエネルギーです」というテキストは矛盾するので,排除することができます。
 しかし,ここで1つ問題点があります。「酵素はエネルギーです」を排除するためには,「物質」と「エネルギー」が異なるものであることを分かっていなければなりません。“違うでしょ”と言える人はいいのです。問題は,そう言えない人です。疑似科学の類にカモにされるのは,そう言えない人の方なのですから。

 本当は,義務教育程度の理科で学習する内容で以て,理由はともかく“違うでしょ”と言えるくらいには,一度納得するようにはなっているはずと考えます。例えば,物質としての化石燃料の燃焼によって取り出された熱エネルギーが,水を温めて水蒸気とし,タービンを回す運動エネルギーを経て電気エネルギーに変換されること―このとき,蛍光灯に直接天然ガスを吹きかけたって光は灯らないこと―そういった事例から,物質とエネルギーが別の概念であることは分かるようになっているとは思います。わざわざ異なる名前があてられているのだから,別のものなんだろうという推測でも構いません。もしここで,例えば,温められた水のもつ「熱エネルギー」は,その名の通り熱エネルギーなのか,水分子の運動エネルギーなのか―といった問いを挟めるくらいなら,もう言うことはないでしょう。

 高校や大学で学習する内容は,義務教育で培った(はずの)知識に立脚しています。したがって,復習したり,学びなおしたりするときは,どこから分かっていないかを自覚してそこまで戻るようにしましょう(足し算ができないのに積分はできないでしょう?他の教科・科目と同じですよ)。
 自分で教科書などを読みながら勉強するときも,“要するに”の部分をおさえておくことが学習の助けになります。「酵素がタンパク質である」という要点をおさえておけば,タンパク質は熱や酸で形が変わってしまうということと結びつけることで,酵素も熱や酸によって機能を失ってしまうことも腑に落ちるというものです。「茹で卵は生卵に戻らない」といった,タンパク質という言葉に関連付けて知っている内容を,酵素という言葉に紐づけることができるということです。

 現に「酵素はエネルギーだ」と書かれたwebサイトがあるのだから,世の中には酵素のことを全く「分かっていない」のに,商品広告を書いちゃう人・読んで疑問を持てない人がそれなりに居るんでしょう。
 ここで言う「分かっている・いない」は,「知っていて,使える・知っているが,使えない」と同義ととらえてください。酵素や物質やエネルギーといった言葉や,その意味するところをなんとなく知ってはいても,「酵素はエネルギーです」というテキストに矛盾を感じないようでは,それは「分かっていない」と言うのです。
 理科を勉強すると疑似科学に騙されないようになる―と,口で言うのは簡単です。それでは具体的にどうすればいいのか。「それは“要するに”何なのか」を把握し,目の前のテキストとの整合性を判断するというのは,その方法のうちの1つであると思います。

 ちなみに,前回の投稿では,それってどういうこと?を問うことについてお話しましたね。酵素ドリンクについては,次のようなことが言えそうです。

 酵素ドリンクを飲むということは,酵素を消化管に通すということです。
 酵素はタンパク質ですから,酵素を消化管に通すということは,酵素は胃酸でアミノ酸にまで分解され吸収されるということです。
 酵素がアミノ酸にまで分解されるということは,酵素が本来もっていた機能は失われるということです。
 酵素がアミノ酸にまで分解されて吸収されるということは,タンパク質がアミノ酸にまで分解されて吸収されるということと同じです。つまり,他の食品中に含まれるタンパク質を消化・吸収することと同じということです。

 タンパク質は胃で消化される。酵素はタンパク質である。よって酵素は胃で消化される―という単純明快な構造は,耳にされた方も多いと思います。まぁ本当は,話はそこまで簡単ではなくてですね。例えば牛海綿状脳症(BSE)の原因であるプリオンはタンパク質で,これは例外的にタンパク質のまま血液中に取り込まれてしまうようです。こういう例外も知ると,教科書の記述を作るのも,なかなか難しいものだなぁと思うところです。


***

 用語の用法に拘るというのは,理科を学ぶ上で非常に大事なことです。用語の用法に拘るためには,1つ1つの用語の定義をおさえる必要があります。その際には,「それは“要するに”何なのか」という要点をまず見極めることが肝要です。そうやって要点をおさえると,その後より深く知ろうとしたときや,何か怪しいテキストに出くわしたときに役立てることができます

 逆に,知らないが故に用語の用法に拘ることのできない方は,その言葉に説得力を失います。要点を間違えていると,その用語の使い方に矛盾を含んでいても,そのことに気づきません。
 しかし,「まずは定義をおさえ,そこから出発する」「定義をおさえていなければ,定義をおさえるところから始める」…ひょっとしたらそういう勉強とはしんどいものになりがちなのかもしれません。かなり前の段階に戻らないといけない学習者に対して,指導者はどのようなアプローチをすればいいのか…これは,私自身の喫緊の課題でもあるのでしょう。

 そういえば,上方漫才のコンビに,「大木こだまひびき」という方々がいますよね。ツッコミのひびきさんが言う「目を盗む」「足が棒になる」という慣用句に,ボケのこだまさんが「目は盗めへんで~」「足は棒にならへんで~」と返すのです。
 あれに何故私たちが笑っているかというと,“要するに”何なのかを知る―つまり,目とは何か,足とは何かを知っていることで,「目を盗む」という行為がいかに恐ろしいか,「足が棒になる」という現象がいかにありえないかが分かるからでしょう?
 私たちはきっと,要点をおさえて何かの妥当性を判断する能力は持っているけれど,勉強の場面においてそれを発揮できていないだけなのかもしれませんよ。ちゃんと定義から学べば,復習も,学び直しも,きっと大丈夫です。きっと。

 お手元に理科の教科書や,あるいは昔使っていた学参がある方は,ちょっと目次のところを開いていただいて…とりあえず目次に書いてある単語,全部説明できそうですか?
 例えば,「代謝」って“要するに”何ですか?どこで何が起こっていますか?それはどんな仕組みですか?こういう質問にもし答えられそうになければ,Let's復習です。さぁ。さぁ。

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