見出し画像

おさえておきたい進化の話

―おことわり―
・理科教育アドベントカレンダー2020に,過去記事にて恐縮ですが本稿を寄稿します。「とりあえずカレンダーの隙間を埋めてみる」の精神です。
・この記事を書くきっかけは,政権政党の制作したHPに,進化論に関するよくある誤解がそのまま掲載されたことです。
・この記事の目的は,高校課程で学習する生物の内容で以て,その誤解に反論していくことです。
・表現型可塑性や後天的遺伝子修飾については割愛しています。あと,対立遺伝子という言葉はイチから説明できていません(何かスミマセン。
・この記事の中では,改憲の是非については一切触れません。他所でやってくださいね。
・進化や生態の単元は,言葉の使い方に気を遣う単元です。公開すること自体がめちゃくちゃ怖いんですが,何かありましたら教えてくださると幸甚です。
―――――――

0. 前置き

事の発端は,次のHPでした。

憲法改正ってなぁに?身近に感じる憲法のおはなし
第1話 進化論
(以下,テキストを抜粋します)
ダーウィンの進化論ではこういわれておる
最も強い者が生き残るのではなく
最も賢い者が生き延びるのでもない。
唯一生き残ることが出来るのは
変化できるものである。
(引用終わり)

違います。

違います。大事なことなので2回言いました。
違う点は,主に2点。ダーウィンはそんなこと言っていないということ―そして,進化(論)の理解として誤りであるということです。高校課程の生物では,「ダーウィンが“当時”『種の起源』の中で何を主張したか」という歴史的な部分を学ぶことはあまりないので,この記事では割愛します。ここでは,「唯一生き残ることが出来るのは変化できるものである」ということについて,「それは違うよ」と言えるようになることを目的に,お話を進めて行こうと思います。

――

1. そもそも「進化」とは

「ポケ○ンのアレのこと?」いいえ,あれは「成長」とか「変態」,タイプによっては「羽化」といった類のものです。

高校課程の生物の教科書や学参には,次のように書かれています。

① 生物の体が,長い年月をかけて変化すること
② ある集団における,ある対立遺伝子の遺伝子頻度が,世代を経て変化すること

①は分かりやすくていいですね。②はとりあえず無視です,無視(後で触れます)。
私たち哺乳類の祖先は,中生代は三畳紀,2.2億年くらい前に生きていたネズミのような生き物(アデロバシレウスといいます)にまで遡ることができます。そのアデロバシレウスの祖先は,古生代は石炭紀,3億年ほど前に生きていた両生類から進化した,有羊膜類と呼ばれるグループに属する生き物でした。有羊膜類はその後,双弓類(後の爬虫類と鳥類が進化するグループ)と単弓類(後の哺乳類が進化するグループ)に分岐します。
中生代白亜紀末期,巨大隕石が落下し,当時地球上の様々な環境で繁栄していた恐竜類が絶滅しました。これによって,生き残った当時の哺乳類は新たな生息環境を獲得することになります。地面を闊歩するもの,水辺で生きるもの,海に潜ったもの―恐竜類がいなくなった様々な環境を埋めるように,哺乳類は分布を広げ,それぞれの環境に適応し,それぞれの環境で多様化していきます。「多様化する」とは,ある1種の生物から様々な種が分岐していくことであり,これはまさに「生物の体が長い年月をかけて変化すること」にほかなりません。

②は,ざっくり言えば①のしくみです(後で説明は試みます)。
大きな変化は,小さな変化の積み重ねです。言いかえると,生物の形の変化は,DNAの塩基配列の変化の積み重ねと言うことができます。私たちの世代の,親の世代の,さらに親の世代の,そのまたさらに親の世代の…と,何世代遡ればアデロバシレウスに行き着くのかは知りませんが(行き着くのは事実ですよ,念の為),その1つ1つの世代ごとに小さな変化を積み重ねることによって,私たちヒトはネズミのような姿から今のような姿になりました。

さて,繰り返しになりますが,有羊膜類やさらにそのその祖先にあたる両生類からすると,私たち現生の哺乳類は姿形や生活の仕方が大きく「変化」しているように見えます。一方,トノサマガエルなど現生の両生類は,当時の両生類からあまり「変化」していないように見えます。もちろん,トノサマガエルが3-4億年前から居たわけではありません。トノサマガエルはトノサマガエルで,3-4億年前の地球上にいた両生類から進化して今を生きているわけです。しかし,姿形や生活の仕方は,“ヒトと比べれば”そんなに変わっていません(ヒトだって,カエルとそこまで骨格や内臓に違いがあるわけじゃないんですけどね。ヒトの五臓六腑をだいたい頭に入れておけば,初めてカエルを解剖したときでも,だいたい何がどの臓器か分かるというものですよ)。

さてこのあたりで,「唯一生き残ることが出来るのは変化できるものである」というセリフがだんだん怪しくなってきませんか?何がどのくらい変化できるのなら,生き残れるというのでしょう。そういや,「生きた化石」という言葉もありますよね。太古の昔から,あまり姿形が変わっていない生き物を指す言葉です。「唯一生き残ることが出来るのは変化できるものである」のであれば,これまでほぼ変化せずに生き残っている生きた化石の皆さんは,いったい何なんでしょうね?

――

2. 進化のしくみ

先程,進化とはそもそも何なのかというところで,「② ある集団における,ある対立遺伝子の遺伝子頻度が,世代を経て変化すること」「②は,ざっくり言えば①のしくみです(後で説明は試みます)。」と書きました。このことについて,もう少し踏み込んでみようと思います。

進化のしくみについて,高校課程の生物レベルで理解するために,まずは次の4つのキーワードを押さえましょう。

A. 突然変異
B. 自然選択
C. 遺伝的浮動
D. 遺伝子流動

2.-A. 突然変異

「突然変異」という言葉は,割と耳にする生物用語かと思います。では,その「変異」とは何なのでしょう。変異とは,「同種の集団内で,個体間に違いがあること。もしくはその違いのこと」です。変異には2種類あり,親から子に伝わる「遺伝的変異」と,親から子に伝わらない「環境変異」があります。
例えば,ヒトには様々な肌の色がありますね。これは遺伝的変異です。また,一卵性双生児の片方にばかり筋トレを強いると,双子でも筋肉量に差が生じますね。これは環境変異です。このとき,筋骨隆々の方の子供が筋骨隆々で生まれてくることはありませんから,環境変異は遺伝しません。今後,進化の文脈で語る「変異」とは,遺伝的変異のことを指していると考えてください。

そして,遺伝的変異は「突然変異」によって生じます。つまり突然変異とは,「遺伝情報に変化が起こること」です。遺伝情報の変化―即ち塩基配列の変化は,放射線や,DNAに結合するような化学物質によって誘発することもできますし,そうでなくても偶然によって生じることがあります。いまこの瞬間も,私や貴方を構成する37兆の細胞のいずれかで,遺伝情報には変化が起こっていることでしょう。私たちの細胞には,その変化を校正する仕組みもはたらいていますが,校正には漏れがつきものです。中には重大な誤植をそのままにしてがん化する場合もありますし,軽微な誤植で内容には影響がない場合もありますし,ひょっとしたら,誤植によってかえって味が出ることもあるかもしれません。

さて,この突然変異がたまたま生殖細胞で起こり,その生殖細胞が受精して子となると,その突然変異は遺伝します(仮に筋肉の細胞に突然変異が生じても,筋肉から子が生まれるわけではないので,それは遺伝しません)。

例えば,生殖能力に関する遺伝子に突然変異が生じ,生殖器が機能不全になったならば,それは著しく生殖に不利でしょう。一方で,1個体として同じヒトがいないように,ヒトには多様性があります。つむじの回転する方向が時計回りか反時計回りかは遺伝子によって決まっていますが,どっちにしたって生存や繁殖に有利でも不利でもないでしょう?
いろいろ書きましたが,突然変異の中には,その子の生存や繁殖に有利-もしくは不利-をもたらすものもあれば,大して有利・不利がないものもあるということです。然らば,生存や繁殖に有利・不利がある場合とない場合とでは,何が違うんでしょうか。

2.-B. 自然選択

まずは,ある変異に着目し,その変異に応じて,生存や繁殖に有利・不利がある場合の話をします。このとき,変異に応じて個体に「自然選択」が起こるということを『種の起源』(1859年)で述べたのが,かのC.ダーウィンでした。当時,今のように遺伝子が云々,突然変異が云々といったことは全然分かっていませんでしたが(なにせ,メンデルによる「メンデルの法則」の発見(1865年)よりも前の話ですから…),何はともあれ彼の膨大な観察によって,「生物の集団の中に個体差があり,個体差に応じてその地域における生存や繁殖に有利・不利の差があると,生存や繁殖に有利な個体がより多くの子(その親に似た子)を遺すことになる」という自然選択の概念が,遺伝子の本体がDNAであると分かったアベリーの実験(1944年!)よりも,ずっと前に提唱されたことになります。

教科書にも載っている典型的な例を1つ挙げてみましょう。

昔々,あるところに,樹皮の白い樹々からなる林がありました。そこにはあるガの仲間がいて,そのガの翅には白っぽいもの,灰色っぽいもの,黒っぽいものといったグラデーションがありました(これが「変異がある状態」です)。この林では,樹皮が白い樹々が多いため,白っぽい翅をもつ個体の方が鳥などの天敵に見つかりにくく,生存に有利であるという状態が続いていました(これが「変異に応じて有利・不利がある場合」です)。この林にいるガの集団では,白っぽい翅をもつ個体の割合が多く,黒っぽい翅をもつ個体はごくわずかでした。
あるとき,この地域は工業化が進み,工場からは排煙がもくもくと上がるようになりました。環境への配慮といった概念は今ほど発達しておらず,近隣の林の樹々の樹皮は黒く染まってしまいました(環境が変化したということです)。すると,今まで鳥に見つかりにくかった白い翅の個体は逆に目立つようになってしまい,今度は黒い翅をもつ個体が生存に有利になりました。白っぽい翅をもつ個体は捕食されて数を減らし,この林にいるガの集団は,黒っぽい翅をもつ個体の割合が高くなりました。めでたs…。

このとき注意しておきたいのは,林の樹々の樹皮が黒くなる前から,翅の黒っぽい個体がわずかでもいたということです。つまり,環境が変化する前から,この個体はすでに黒っぽかったということです。
何となく言ってしまいがちな,「新しい環境に適応するよう変化する」といった言葉の危険なところはここにあります。黒っぽかった個体は,樹々の樹皮が黒くなる前から,すでに黒かったんです。環境が変化してから黒くなったのではないんですよ。

「唯一生き残ることが出来るのは変化できるものである」という言葉の誤謬の1つは,ここにあるように思います。これは暗に,環境の変化に対し柔軟に対応したものが生き残るという意味を含んでいるのではと考えていますが,それは環境の変化が柔軟な対応に先んじている点で,自然選択を誤解したものに過ぎません。

もう一歩踏み込んでみましょう。この辺で一度,「自然選択によって進化が起こるということ」について触れておきたいと思います。
「新しい環境に適応」したのは,翅の黒っぽい個体でしょうか。それとも,翅の黒っぽい個体の割合が多い集団でしょうか。答えは後者,即ち集団です。
翅の黒っぽい個体は,単に生存や繁殖に有利であっただけに過ぎません。自然選択によってそのような個体が文字通り選択されます。その結果として,集団における黒っぽい個体の割合が増加します。これが,「環境の変化に適応した集団」と呼ばれます。

さてここで,初めの方に確認した進化の定義について,もう一度確認してみましょう。

② ある集団における,ある対立遺伝子の遺伝子頻度が,世代を経て変化すること

「ガの集団における,翅の黒っぽい個体の割合が増加した」ということは,言いかえると,「ガの集団における,翅を黒っぽくする遺伝子の割合(=遺伝子頻度)が増加した」ということです。これが進化です。進化とは,個体の性質が変化することではありません。冒頭で述べた通り,それは変態だとか成長だとか言われるものです。進化とはあくまで,集団の性質が変化することです。
自然選択は個体に起こり,進化は集団に起こる―すなわち,「進化する」や「適応する」の主格は,個体ではなく集団である―すごく大事なことですから,覚えておきましょうね。

2.-C. 遺伝的浮動

次に,ある変異に着目し,その変異に応じて,生存や繁殖に有利・不利がない場合の話をします。ダーウィンの『種の起源』の発表から100余年後の1965年,木村資生は「中立説」を発表します。
大きな変化は,小さな変化の積み重ねです。それは分子レベルの変化であり,その変化の多くは生存に有利でも不利でもありません。例えば,ヒト赤血球表面の分子の形である血液型。ヒトのABO式血液型は,何型であろうと基本的には生存や繁殖に有利でも不利でもありません。A型,B型,O型,AB型の割合は国や地域によって偏りがあり,日本のようにA型が多い国もあれば,B型の多い国,O型の多い国もあります。繰り返しになりますが,各血液型に応じて生存や繁殖に有利・不利の差はないので,黒っぽいガの例のように,自然選択によって特定の血液型が選択されたわけでもありません。ならば,この偏りや,集団間の血液型の割合の違いは,一体どのようにして形成されたのでしょうか。

その答えとなるのが,「遺伝的浮動」です。極めて雑な説明になることを承知で,耳慣れた言葉を使って言い換えるなら,「偶然」です。

そう,偶然です。昔々アフリカで出現したヒトは,世界各地に分散し分布を広げていきました。今,A型の多い地域は,その地域を定住地に選んだかつてのヒトの集団に,“たまたま”A型の個体が多かった地域なのでしょう。
いまここに,赤,青,緑,黄色の4色のボールが10個ずつ,合わせて40個入った袋があるとします。このとき,袋の中の赤,青,緑,黄色の割合は25%ずつです。では,この袋から,目を閉じてボールを4つ取り出した場合,各色のボールは必ず1個ずつ取り出されるでしょうか。答えは否です。赤2つ青2つであったり(赤:青:緑:黄色=50%:50%:0%:0%),青3つ緑1つであったり(0%:75%:25%:0%),場合によっては黄色4つになることもあるでしょう(0%:0%:0%:100%)。最初は25%ずつだったのに,偶然によって特定の色に偏って“選択”される場合があるということです。ボールを生き物として考え直すと,偶然によって,黄色い色の個体ばかりからなる集団ができあがる(当然,黄色い色の個体からは,黄色い個体が生まれやすいでしょう)というわけですよ。これはまさしく,2.-B.の自然選択の項目の最後に触れた,遺伝子の割合が変化する現象―すなわち進化を表します。

そうなんです,自然選択が起こらなくても,偶然によって集団内の遺伝子の割合は変化するんです。自然選択と並んで,特定の遺伝子が集団内に広まっていく原因となるそれを,「遺伝的浮動」と言います。

2.-D. 遺伝子流動

最後に,遺伝子流動について触れておきましょう。遺伝的浮動と言葉が似ているのでややこしいのですが,こちらは「集団と集団の間で,遺伝的な交流が行われること」を指します。

例えば,血液型がA型しかいない集団と,B型しかいない集団があったとします。ここで,前者から後者へ,まとまった数のヒトの移動があったとします。すると,前者は変わらずA型ばかりのまま維持されますが,後者の集団内にはA型の割合が増加し,B型の割合が相対的に低下します。これも,2.-B.の自然選択の項目の最後に触れた,遺伝子の割合が変化する現象―やはり進化を表します。

突然変異によって集団内に変異があると,変異に応じた有利・不利があろうとなかろうと,自然選択あるいは遺伝的浮動によって,集団内の遺伝子頻度は変化します。また,そうしてできた個々の集団間で遺伝子流動が起こることでも,集団内の遺伝子頻度は変化します。高校課程の生物では,簡単のために,ダーウィンのまとめた自然選択によっておこる進化を「適応進化」と呼び,木村資生のまとめた遺伝的浮動によっておこる進化を「中立進化」と呼んでざっくりと区別します。

はぁー,ややこしいですねぇ。

――

3. 進化の誤謬

ダーウィンの進化論ではこういわれておる
最も強い者が生き残るのではなく
最も賢い者が生き延びるのでもない。
唯一生き残ることが出来るのは
変化できるものである。

たぶん,進化は個体に起こるものだと考えているんだと思います(繰り返しますが,自然選択は個体に生じ,進化は集団に起こります)。そしてたぶん,適応進化のことを言いたかったんだと思いますが,新しい環境の成立を受けて個体が変化するわけじゃない(繰り返しますが,黒っぽいガは,すでにいたんです)ので,やはり違います。そもそも「生きた化石」という,太古の昔からほぼ姿を変えていない生物の存在が,何より分かりやすい反例になるでしょう。

「進化って,そもそも何ですか?」これは,私がこの単元の導入時に必ず聞く言葉です。「環境に適応するために…」いやいや,生き物はそんなこと考えていません。言葉の使い方の甘い人の答案は,勉強不足をすぐに見破られてしまうのが,この単元の怖いところです。教科書では最後の方の単元であり,駆け足になってしまいがちな単元ですが,言葉の使い方には一番気をつけなければならない単元だと思っています。

黒っぽいガがわずかながらいたからこそ,ガの集団は全滅を免れることができました。黒っぽいガは,林の樹々が黒くなるまでは,その特徴は何の役にも立たなかった(むしろ鳥に狙われて邪魔だった)でしょう。

生物学の話を安易に人間社会に応用すると,ロクなことにならないのは歴史の証明するところです(今回の件が生物屋の皆さんの地雷を見事に踏み抜いたことは火を見るよりも明らかでした)。それでも敢えて,敢えていくつか言わせていただくならばまず,多様性のある社会の方が,環境の変化に対して生き残る個体がいるという意味で頑健です。そして,今現在役に立たないことであっても,将来何かとんでもないことに寄与するかもしれません。

色んな人が,無駄なことをしながら生きていける―そんな余裕のある社会であってほしいものだなぁと説に願います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?