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mRNAワクチン1/2 mRNAワクチンの前にワクチンのお話。

 日本でも新型コロナウイルス感染症に対する“mRNAワクチン”の接種が始まりました。ここで,高校課程の生物基礎・生物で分かる範囲で,mRNAワクチンについて考えていこうと思います。
 …が,Twitterで一度書いたことに補足していくと分量が多くなりそうなので,今回はワクチンの話に限定しようと思います。

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 mRNAワクチンの前に,そもそも“ワクチンとは何ぞや”から。高校課程の生物基礎では,弱毒化したり不活性化したりした病原体(細菌やウイルスなど)をワクチンとして注射し,身体に“免疫記憶”を成立させるために予防接種を行う―と学習します。では免疫記憶とは何か。
 ワクチンの中身そのものは,身体にとっては異物です。初めて身体に侵入した異物は,身体がそれを排除するのに時間がかかります。しかし私達の身体には,再び同じ形をした異物が侵入してきた際には速やかに排除できるよう,一度入ってきたことのある異物を記憶しておく機構があります。この仕組みが,免疫記憶です。
 この免疫記憶の仕組みがあるおかげで,例えば不活性化したインフルエンザウイルス(感染性なし)をワクチンに加工して予防接種しておくと,ホンモノのインフルエンザウイルスが体内に侵入しても,症状が出るまでに(あるいは重症化する前に)ウイルスを排除できる―そういうことです。

 もう少し免疫記憶を細かく見てみましょうか。私達の身体には,様々な異物に対してはたらく“抗体”というタンパク質があります。異物と抗体は基本的に1対1で反応します。体外に存在する異物の形は千差万別であるので,私達の身体が作ることのできる抗体の種類も膨大です。ここで,抗体は“B細胞”と呼ばれる細胞が,異物の侵入を受けて活性化することで分泌されるのですが,1つのB細胞は1種類の抗体しか作ることができません。

 ここで一つ問題です。

 例えば,私の身体の中に,新型コロナウイルスに反応する抗体を作ることのできるB細胞は,いるでしょうか,いないでしょうか。なお,私は新型コロナウイルスには感染していないものとします。

 答え:います。貴方の中にもいます。いるから,予防接種の効果があるんです。

 感染していないのに?そうです。感染していないのにいるんです。私達の身体の中では,あれやこれやの仕組みで膨大な種類のB細胞が控えていて,未知の病原体にも応答できるようになっています。ただ,その応答が十分に起こるのが,生命活動が脅かされるのに間に合うかどうかは別のお話なんです。
 さきほど,「初めて侵入した異物は,身体がそれを排除するのに時間がかかります」と書きましたね。膨大な種類のB細胞が控えている状態は,どのB細胞が生産する抗体がその異物に効くのかが分からない状態です。例えるなら,恐ろしく分厚いB細胞のカタログがあって,どれが効くかを探さないといけない状態。探し方は,カタログのページをランダムに開いてくような感じ。p.10…ダメだ,p.348…これもダメ,p.20896,これもダメ…そんなことをしている間に病原体が体内で猛威をふるえば,重症化したり,死を招いたりするわけです。
 ここで,ワクチンを使います。不活性化した病原体は体内で猛威をふるうことはありませんから,それをワクチンとして接種するということは,カタログをくまなく探すだけの時間的余裕があるということです。
 効果のある抗体を作ることのできるB細胞のページが見つかったら,そのページはカタログの中で大量に複製され,カタログのいろんなところに挿入された形で存在するようになります(実際には,そのB細胞が活発に細胞分裂します)。そうすると,次に同じ異物が侵入してきた場合,カタログのページをランダムに開いていくと,p.5698…あかん,p.47…お!コレだ!と,早く見つかる確率が上がるということです。この状態が持続するのが,免疫記憶です。あくまで確率の問題なので,予防接種をしても罹るときは罹ります。でも,感染する確率・重症化する確率は下がります。下げられるリスクは下げるべきです。手指消毒も合わせれば,リスクは更に下げることができます。

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 このように,ワクチンは私達の身体がもっている免疫のシステムを利用して,まだ感染していない病原体に対する予行演習を行わせるものです。

 「自然に罹るほうがいい」
 自然に罹るということは,不活性化していない病原体に自分の身体をぶっつけ本番で曝すようなものです。B細胞のカタログをめくっている間に,死ぬかもしれません。自然は優しくなんてありません。もしも自然が本当に優しいのであれば,免疫なんてシステムは要らないじゃありませんか。

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 ワクチンと一口に言っても,インフルエンザワクチンのように不活化した病原体を用いる不活化ワクチンや,麻しん風しん混合ワクチンのように弱毒化した病原体を用いる生ワクチンがあります。そして,日本でもやっと接種の始まった新型コロナウイルスのワクチンは,mRNAワクチンという,これまでにはなかった類のものです。
 これまでにはなかった類のものですが,ワクチンであることには変わりなく,免疫記憶を成立させて云々というところは変わりません。ヒトの遺伝子を書き換えて云々…みたいなことも起こりません(スパイダーマンじゃないんだから…)。
 新しいモノ,よく知らないモノへの不安や恐れ,忌避感といった感情は,それそのものは決して否定されるべきものではないのだと思います。私は,よく知らないモノは即ち楽しいモノだと思っていた(mRNAワクチンなんてワードをニュースで初めて聞いたときなんて,名前からちょっと仕組みを想像して興奮すら覚えました)ので,正直言ってよく分からない心の動きではあるのですが,いずれにせよ何かを感じることの自由は保証されているはずです。その手の負の感情を原動力にたくさん調べるのも大いに結構なことだと思いますが,そのとき,「これまでの科学で分かっていることを大切にする」ということを肝に銘じておいてほしいと切に願います。そして,これまでの科学で分かっていることを“より”大切にするためには,やはり中高の理科で学ぶことの知識が必要です。

 それでは次回は,今回ざっくりと説明したワクチンのうち,mRNAワクチンについて掘り下げていきましょう。

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